52話「こわい」
──いっそわたしも、そんな体質だったら
わたしは実際にそれを口に出したわけじゃなかった。
でも綾人には伝わってしまった。
あんなことを言うはずじゃなかったのに。
ただ、綾人にももっと将来のことを考えてほしかっただけなのに。
正直、あの時の言葉はわたしの中にたしかにあったもので。人並み以上になんでもこなして、できないことも仕方ないって言われて。
ずっとそんな人の隣にいたから、少し息苦しかったのも事実なんだけど、でもその息苦しさは嫌いじゃなかったのに。
──ああ、これは言い訳だ。
伝わってしまったらなかったことにはできない。
「好きです。付き合ってください」
一晩経った今でも、綾人のその声が鮮明に思い出せる。
いつも余裕ある綾人が、珍しく余裕のない顔でわたしに言った言葉。
いいよ。そう言いかけて、怖くなって。
怖くなったらもう止まらなくて。
綾人は何も悪くないのに。
そう考えて、気がついたら朝になってた。
わたしは心配する家族に「大丈夫」とだけ言い学校に向かう。
教室で綾人の顔を見て泣きそうになったけど、頑張って目を逸らして耐えた。
でも、それから授業中も休み時間も綾人を見る度に泣きそうになって、それを寧々ちゃんに見られた。
それで、昼休み、人気のない空き教室に美波ちゃんとか寧々ちゃんと愛華ちゃん。仲のいい女の子達で集まって話を聞いてもらうことにした。
「──ってことが昨日あって。
わたし……わたし……」
なんとか泣きながらも経緯を説明し切る。
すると、3人は目を見合わせてから、揃ってわたしに頭を下げた。
「「「ごめんっ!」」」
「え?」
急な謝罪に、わたしは間抜けな声を出す。
すると、一番初めに顔を上げた美波ちゃんが、説明をしてくれる。
「私たち、ずっとダメだって分かってたの。でも、くるみが決めることだからって言い訳して──いや、その方が面白いかも、なんて思って何も言わなかったの。だから、ごめんね」
「それって……」
「……くるみが、加賀谷くんとエッチなことして、それで幸せになろうとすること。それが、正しくないって、わかってたんだ。
でも何も言わなかった。ほんとごめん」
美波ちゃんの説明を、寧々ちゃんが噛み砕いて教えてくれる。
「誰だって別れるのは怖いよ。別れないように全力を尽くすのもわかる。
でもね、それを怖がってばかりじゃ何もできないよ」
諭すようにゆっくりと、愛華ちゃんが話す。
「くるみはさ、すっごくいろいろ考えてるんだと思う。だけど、肝心なことを忘れてるよ。
結婚してる人のほとんどは、まずある程度の期間付き合って、やっと結婚するんだよ。
別れる人も別れない人も、最初は付き合った状態から始まるものなの。それを飛ばしていきなり結婚しようとするのは、強引すぎるよ」
「でもっ! でも……」
何も言えない。
わかってた。
わたしのしようとしてることは変なことだってわかってた。
でも……認めたくなかった。
だって、綾人と別れるかもしれない。そんな未来を考えるだけで。そんな可能性があるというだけで、
「こわい」
体が引き裂かれそうなほど、こわい。
「だって、こわいの。綾人がいなくなるかもなんて。そんなの……こわいの」
わたしの全部を受け取ってくれたら、きっと怖くなくなるから。
だから、押し付けてでも受け取ってほしくて。
でも、本気で押し付けて拒絶されたら立ち直れないから、「恥ずかしい」なんて言い訳をして服すら脱げなくて。
「どうすればいいの……こわいの。もう、何かをすることもこわいの」
綾人の告白を断って綾人が離れるのも。
付き合ってから、綾人と別れるかもしれないことも。
全部、こわい。
「……くるみちゃん。それは、加賀谷くんに言ったらいいよ。正直に全部言ったらいいよ。
私たちがいくら大丈夫って言っても、きっと怖いままだから。加賀谷くんに言ったらいいんだよ」
そう、寧々ちゃんは優しく言ってくれる。
「でも……もし、嫌って言われたら……」
「くるみ。恋愛に絶対大丈夫な保証なんてどこにもないんだよ。でも、みんな怖くても告白して、付き合って、別れたり結婚したりして。それが恋愛ってものなんだよ。だからね、怖くても我慢しなきゃいけないんだよ」
美波ちゃんの言うことは、少し突き放しているようにも聞こえた。でも、それがわたしを思ってのことだって、こんな臆病なわたしが変わるために必要なことだって思ってるのはわかるから。みんなわたしのために言ってくれてるんだってわかるから。
「……怖いよ。やっぱり、こわいよ。
でも──ありがとう。怖いけど、少しだけ頑張ってみる。だから、もしダメになったら、また慰めて」
それが、精一杯だけど。
これだけ言われても、少ししか頑張れないけど。
少しなら頑張るから。
──綾人は、応えてくれるかな。
──わたし、素直になれるかな。
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