12話「やる気出ない」



 2学期制の我が高校では、前期の中間テストは6月に行われる。

 というのも、学期の変わるタイミングが10月なので、中間テストにいい感じの時期は6月なのだ。どうもどうやら他の地域では3学期制のところが多いらしいけど、僕としてはそちらの方が馴染みがない。


 ともかく、衣替えが終わってから少しした時期、僕たち学生はテスト勉強を強いられていた。


「はぁ、やる気出ない」


 リビングで僕の隣の席に座っているくるみは、ノートの上に顔を乗せながらそう言う。


「いや少しは頑張れよ」

「だって数学訳わからないんだもん。

 あーもうやだー、やーりーたーくーなーいー」


 基本的に頭のいいくるみだが、どうも数学だけは理解できないようで、中学の頃からテストのたびにこんなふうに面倒臭い感じになる。


「……なんかご褒美あったらやる気も出るんだけど」

「……ちなみに聞くけど、何が欲しいの?」


 なんとなく答えの想像はつくが、一応そう尋ねてみる。

 すると、くるみは「よくぞ聞いてくれた」みたいな顔をして、


「綾人の身体」


 と言った。

 想像どおりのそれに、僕はため息を吐く。


「一回脳みそ取り替えてきた方いいんじゃないの?」

「どちらかというと正常じゃないのは綾人の方」

「適当なこと言わないの」


 柔らかいくるみの頬をつついて遊びながらそう言う。


「いや、綾人はおかしいでしょ。こんなに女の子が誘惑しても釣れないなんて。本当にアレ付いてるの?」

「付いてるから。ばっちり付いてるから」

「ほんとにぃ? ほら、わたしに見せてみな?」

「どんな辱めだよ」

「そのままわたしを押し倒してくれてもいいんだよ?」


 上目遣いであざといポーズをしながらそう言ってくるくるみ。その額を指で弾いて、僕はため息を吐く。

 まったく、僕の風邪が治ったと思ったらこれだ。


「ほらほらおいで、かもーん」

「いや、いかないし」

「ならわたしから……」

「いまは勉強の時間でしょ?」

「勉強の時間じゃなくても拒否するくせに!」

「いやだってしたくないし」

「ひどい!」


 そう言ってわざとらしく泣いたふりをするくるみ。

 僕はそれを最大限冷たい目で見てから、勉強に戻る。

 くるみもかまってくれないことがわかったのか、大人しく勉強を再開する……と思いきや、僕に体を寄せてきて、上目遣いでいつものくるみらしからぬ甘い声を出した。


「保健の勉強……しよ?」

「…………」


 僕はそれを見て、くるみの両肩に手を置き……ぐいっと引き離した。

 ちくしょう、くるみのくせに。ちょっとドキッとしたじゃんか。


「しないです〜。

 ほら、なんの点数にもならない実技のことはいいから、テストが間近に迫ってる数学をしなさい」

「ちぇー」


 くるみは元の場所に戻ると、大人しくペンを持って教科書に向かい……数秒で「わからない」と救援要請をだしてくる。


 ……はぁ、さすがにさっきのはドキッとした。心臓に悪い。

 ほんと、僕だって男なんだからあんまりああいうこと言うのはやめてほしい。

 僕はそんなことしないと信じてくれてるからやるんだろうけど、ぶっちゃけ、ほんと理性が持たなくなりそうだ。


「綾人?」

「あ、ごめん。どこ?」

「ここ。この数式」

「あー、それね。それは中学の時に習ったこれを……」

「何それ知らない」

「……この公式はね、こうして……」


 ほんと大丈夫なのだろうか?

 いやまぁ、赤点回避できるくらいまでは頑張って勉強させる気でいるけど。とはいえ難しくなった高校数学を上手く教えるのが僕にできるのか……


「やっぱり、ご褒美あればわたしめちゃくちゃ頑張れるのに。ほら、綾人がいい点取ったらわたしからご褒美あげるから、わたしがいい点取ったら綾人がご褒美ちょうだい」

「ちなみに、僕にくれるご褒美っていうのは?」

「わたしの身体」

「僕に要求するのは?」

「綾人の身体」

「だと思ったよ! 想定通りすぎて逆にびっくりしたよ!」

「想像できるくらい何回も似たようなやりとりしてるんだから、そろそろ1回くらいいいじゃん!」

「いやだね!」

「頑固!」

「そっちだって!」


 お互いに睨みながらーー本気で睨んでるわけではないけれどーー見つめ合うこと数秒、どちらともなく勉強を再開する。

 ……なんだかんだ言って、二人とも真面目なんだよな。


「……80点」

「え?」

「全科目80点取れたら、ご褒美にスイーツ食べ放題の店に連れてってあげる。僕の奢りで」

「いいの!?」

「だめなら言わないよ」


 父親から生活費として毎月結構な額が振り込まれているのだが、それほど使っているわけではない。

 単純に普段からあまり高いものを食べたりしないだけなのだが、あまり減っていないことに父さんが気付くと、「大丈夫か!? ちゃんと3食食べてるか!? なんか嫌なことあって食欲ないのか!?」とめちゃくちゃ心配してくる。ただ安く済んでるだけなのにそう言われるのは少し面倒なので、定期的にいいものを食べたり、こっそりゲームとかに使ったりしている。

 で、今月もだいぶお金に余裕がありそうなので、ご褒美としてくるみにごちそうしようかと思ったのだ。


 ……僕も甘いの好きだけど、あの店男一人だと入りにくいし。


「よし、そうと決まればやる気出た。やるぞっ!!

 綾人! ここ教えて! 早く!」

「はいはい、わかったよ」


 ちょろい幼馴染に少し呆れると同時に、思わず笑みが浮かぶ。

 まったくもう、仕方ないなぁ。

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