7話「驚異のポジティブガール」
「ただいまー」
「おかえり~」
いつものように家に帰って、いつものようにただいまを言うと、何故かリビングの方から声が返ってきた。
なんで同じタイミングで学校終わってるのにくるみがもう家にいるんだよ。という疑問はもう何度目だろうか。
そんなことを考えながら部屋に荷物を置いてリビングに戻ると――何故か、扉のすぐ近くにくるみが立っていた。それも、制服にエプロンを付けて。
「ごはんにする? お風呂にする? それとも……あ、た、し?」
「……くるみ、僕は洗濯物取り込むからツッコミ入れるのはその後になるけど、少し待っててね」
「……ごはんにする? お風呂にする? 洗濯物取り込む? それとも……あ、た、し?」
「いや、別に洗濯物取り込むのを選択肢に入れたらツッコむとか、そういうのじゃないから」
「突っ込む……? ナニをドコに?」
「もうだめだこいつ」
僕は授業を受けて疲れている。しょっちゅう昼寝をしているくるみとは違って、僕は真面目に授業を受けているのだ。疲れていないわけがない。
だから、そんなことにいちいちツッコミを入れている余裕はない。休みの日に来て――いや、休みの日もやめてほしい。もっと健全な会話をさせてくれ。
「ちょ、無視は酷いと思う。ほら、かわいい幼馴染が制服にエプロンなんて恰好してるんだから、何か思うところはないの?
綾人のフェチズムに何か引っかからない?」
「いや、別に。だってエプロンだし。しかも、そのエプロン普段僕使ってるやつだし」
「まじか。ちなみに、わたしはいっつも料理してる綾人見てちょっと興奮するけど」
「その情報、知りたくなかった情報ランキング二位だわ。一位は、『くるみの母親に僕とくるみが付き合ってると誤解されてる』って情報」
「まじか。ランキングの上位わたしが独占してる」
「ヤバイこの子めっちゃポジティブ」
驚異のポジティブさを持つ幼馴染に恐怖を覚えつつ、僕はベランダに出て洗濯物を取り込む。
それに何故かくるみもついてきて、一緒に洗濯物を取り込んでくれる。
「今日は手伝ってくれるんだ。珍しい」
「うん。今日はそういう日」
「ふーん。よくわかんないけど……手伝ってくれてありがと」
「ふふーん。褒めたたえよ」
「はいはい、すごいすごい」
「何その子どもにする雑な対応。あーあ、傷ついちゃった。くるみちゃん泣いちゃう」
そう言って、わざとらしくなく演技をするくるみ。
「泣かないで、今日の夕飯はくるみの好きなビーフシチューだから」
「やった。たくさん作ってね」
「チョロッ……ていうか、食べてくんだね。まぁいいけど」
「うん。今から夕飯いらないって連絡する」
「わざわざ家の夕飯をキャンセルしてまで家で食べてこうとするのか……」
「あ、そうだ。家で思い出したんだけど、お母さんが『今度綾人君うちに連れてきてね~』って言ってた」
「たしかにしばらく会ってないけど……顔合わせるの気まず……」
「なんで?」
「主に君のせいだよ」
まだ付き合ってるって誤解されたままだろうし、しかもその付き合ってる相手の家に娘が入り浸っているときた。
どんな顔して会いに行けばいいんだ。インターネットの海の中には何か情報があるのだろうか。
……ないだろうなぁ。
「いいじゃん。来てよ来てよ」
「……まぁ、最近会ってないし行こうかな」
「いえい。樹が勉強分からないってうるさいから、教えてあげて?」
「樹君が? 教えるのは全然いいんだけど、くるみが教えればいいんじゃない?」
「あいつ、『姉ちゃんは教えるの向いてないよ』って言ってた」
「あー……」
「なにその全てを察したみたいな顔」
「いやまぁ、うん。わかった。樹君のために行くよ」
くるみは勉強ができないわけじゃないんだけど、教えるのは致命的に下手なのだ。具体的に言うと、あまりにも感覚的すぎる。
僕もそれほど教えるのが上手いわけじゃないと思うけど、少なくとも数学を教えるのに「どうしてこの値になったかって? なんとなくだよ?」とか言っちゃうくるみよりかは向いているはずだ。
弟も同然の樹君のために行ってあげることとしよう。おばさんはちょっと苦手だけど。どういう距離感で接したらいいかわからないんだよなぁ……頻繁に会うわけでもないし。
「『樹のために』っていうのが癪だけど……まぁいいや。じゃあ、明日迎えに来るね」
「別に勝手に行くからいいんだけど。家知ってるし」
「いや、迎えに行くから」
「……じゃあ家で待ってるよ」
お互いの家を知らないわけでもないし、なんなら文野家の人はみんな知っているのだけれど、そこまで言うなら一緒に行くことにしよう。
別に一緒で困るというわけではないしね。
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