5話「家族で作戦会議」



「綾人君ってかっこいいよね~」

「わかる~」


 中学の修学旅行、同じ部屋の子たちと恋バナをしていたら、いつの間にか綾人の話になっていた。

 かっこいい?

 ……あまり気にしたことなかったけど、よくよく見てみればたしかにかっこいいかもしれない。芸能人というほどではないにしろ顔立ちは整っているし、色白で足は長め――な気がする。そんなに身長が高いというわけではないけど、割合的に足が長い気がする。

 それに、性格も決して悪くはない。基本的に穏やかだし、悪いことをすることもない。少し捻くれていて変わり者ではあるかもしれないけど、それがいいっていう人もいるだろう。

 ――なるほど、こうして考えると確かに綾人は「かっこいい」のか。


「ねぇ、綾人君とほんとに付き合ってないの?」

「うん、付き合ってない」

「そっか~。じゃあ私も狙っちゃおっかな、なんて~」


 明らかに冗談交じりのそれにわたしは――自分でも驚くほど動揺した。

 今まで、綾人が別の人と付き合うということを考えなかったわけではない。だけれど、あくまでもそれは想像だけの話であって、実際にそういうことを言っているのを聞くのは初めてだった。


 端的に言うと――気が付いてしまったのだ。

 今みたいに当たり前のように綾人と一緒にいる。それは決して当たり前ではない・・・・・・・・ことに。

 ずっと、わたしと綾人は大人になったら結婚して子どもを作って、老後には二人でお茶をすすって生きていくと当たり前のように思っていたのだが、それは当たり前ではないことに気付かされてしまった。


 気付かされてしまってからは、とても不安になった。当たり前だと思っていたことが当たり前でなくなるというのはとても怖いことだ。

 綾人を、確実にわたしのものにする。

 言うのは簡単だが、その方法は全く思いつかなかった。

 今すぐわたしのものにするのであれば、告白してしまえばいい。今ならきっと綾人は受け入れてくれるという自信はある。だけど、大抵のカップルは付き合ったら別れるものだ。もちろん、高校生で付き合ってからそのまま結婚まで行くカップルもいるだろうけど、それは非常に稀だろう。

 だったら、婚約してしまえばいい。

 婚約してしまえば相当なことがない限り別れることはないだろうし、綾人は一度した約束は守ってくれる人だ。それならきっと大丈夫だろう。

 だが問題は付き合うという過程を飛ばして婚約する方法だ。


 暫く悩んだ結果、別に婚約というカタチにこだわる必要はないと判断した。

 要は、綾人と最終的に結婚できればいいのだから、精神的に向こうが結婚するしかない場面に持っていけばいい。


 そう考えた時、わたしは――たまたまネットで18禁の漫画の広告を見かけていたのもあって――一つの結論に達した。


 わたしと綾人でエッチすれば、綾人はきっと責任を取って結婚してくれる!


 そう思いついた時にわたしはぴょんぴょんと跳ねまわりそうな気持ちになった。やっと糸筋が見えたのだ。

 だが、計画に不備があってはいけない。だからお母さんに相談したのだが、何故か大爆笑されてしまった。何故だ。

 とはいえ、お母さんも協力してくれることになったし、綾人の家に行けば二人きりになれる。二人でエッチしてそこからラブラブの展開になるのも時間の問題だと思っていたのだけれど……


「なーんで上手くいかないの……?」


 未だに上手くいっていない。中三から計画を始めて、既に半年以上経過し、華の女子高生になったというのに! まだ! なにも! 成功してない!!!

 今日だってせっかくゴムを用意して、自然な感じでそういう流れに持ち込めたと思ったのに!

 あれ買うの割と恥ずかしかったんだから!


 あ、あとでお母さんに口裏を合わせてもらうように頼まないと。


「なんで姉ちゃんのそういう話・・・・・をオレが聞かなきゃいけないんだよ……」

「綾人がいつきのリアルお兄ちゃんになるかどうかが決まる大事な時なのに、なんでそんな冷たいのさ!」

「だってお姉ちゃんがそういうこと・・・・・・するとかしないとか聞かされるの嫌だし」

「なんで!?」

「むしろなんで嫌じゃないと思うんだ……綾人兄ちゃん、早くこの人引き取ってくれないかな」


 中二になった弟はげんなりした顔で夕食を食べ進める。

 まったく、姉が悩んでいるというのに薄情なヤツ。


「それにしても、綾人君はほんと理性が強いというか欲がないというか……うちの子、かなり見た目はかわいい方だと思うんだけど。胸がないせいかしら?」

「あるもん。


 …………あるもん」


 正直に言おう。その部位に自信はない。

 それはもう全くと言っていいほどない。

 いやもう全然ない。


「……やっぱりそのせいだと思う?」

「どうかしらねぇ」

「いや、流石にそのせいじゃな……いや、何でもないからこっち見るな!」


 樹はそう言うと、『自分は関係ないです』みたいな顔をしてご飯を食べ進めようとする――が、それを許すわたしではない。


「樹は何か思い当たる原因があるってこと?」

「いや、オレは知らない。何も知らない。だからこっちを見ないでどうか二人で話しててくれ」

「お母さんも気になるわぁ。このままだと一週間くらい樹の夕食をうっかり忘れちゃいそう~」

「汚い! この大人やり方が汚い!

 はぁ、わかった。言うよ」


 樹は諦めたように溜息を吐くと、わたしのほうを見て口を開く。


「姉ちゃんは、綾人兄ちゃんはエッチなことをしたら責任を取ってくれるくらいの責任感があると思ってるんだろ?」

「うん」

「そんなに責任感のある人が、恋人でもない女子とエッチなことするか?」


 そんな樹の発言に、わたしとお母さんは顔を見合って――


「「たしかに!!」」


 異口同音にそう叫んだ。


 盲点だった。ほんと盲点だった。

 そうか、だから綾人はわたしのことをなかなか食べてくれないのか。

 全ての疑問が氷解したのと同時に、安心した。


 つまり、わたしに魅力がないわけではない!


「だから、まずは綾人兄ちゃんと普通に恋人にな――」

「だったら、どんどん押すまで!」

「……は?」

「どんな鉄壁の城も押しまくればいつかは落ちる。

 ほら、『竹取の翁もついには滅びぬ』って言うでしょ?」

「『たけき者もついには滅びぬ』な。なんで竹取物語と平家物語を混ぜた。というか翁に謝れ」

「ともかく、相手がどんな強敵でも押していけばいつかは勝てる」

「そうはならんだろ」


 弟がなんかほざいているが、そんなものは無視だ。

 お母さんもうんうんと同意してくれているし、わたしの作戦に間違いはない。

 綾人の反応を見る限りこっちのことを意識はしているみたいだし、時間の問題なはずだ。


「目標は今年の文化祭。それまでに決めるっ」


 うちの文化祭は九月の終わりに行われ、噂によればその時期の前後は告白ラッシュとなり次々とカップルができるという。

 もし綾人に告白してくる輩がいれば、そこを狙ってくるに違いない。だから、その時までに綾人を確実にわたしのものにする。


 次はどんな作戦を立てようか。



「あ、明日はお母さんお仕事で夕飯作れないから、なんか作って食べててね~」

「じゃあオレは友達とメシにでも行くよ。姉ちゃんはどうせ綾人兄ちゃんのとこだろ?」

「当然」



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