第2話『ドッペルゲンガー』
しかし、メールには『殺される』といった内容が書かれている。
間違っても
『助けて』とも書かれている。
つまりこれは、原田が命の危機に直面し、尚且つ助けを求めている事になる。
この内容はもしかすると一刻を争う事態かもしれない。
時計を確認する。現在の時刻は22時半を少し過ぎた程度。
原田が電話をしてきたのが22時24分、メールを送信してきた時刻は22時28分。
丁度バイトから帰宅している最中に届いたようだ。
携帯はいつもマナーモードにしている為、気が付かなかったらしい。
察するに、すぐにでも助けを求めたくて連絡したが繋がらず、メールに切り替えたということだろう。
しかし幸いにもメールが送られてきてからまだ数分しかたっていない。
間に合うか?
真城はすぐさま原田に電話を掛ける。
数回のコールの後、原田につながった。
「どうした!! いったい何があった!?」
真城は通話がつながるや否や、声を荒げた。
自身でも少し驚いたがメールの内容が内容なだけに仕方がない。
少しの沈黙の後、原田の声が聞こえた。
「よう、ハル。悪いな……こんな夜遅く……」
ハルというのは、原田が真城を呼ぶ時に使っている名、愛称だ。
原田の声は電話越しでも伝わるほどに震えていた。
まるで、何かに怯えている、といったふうに感じる。
「……いったい何があったんだ?」
原田の声を聴き、ひとまずは安堵する。
次いでゆっくりと、落ち着いてもう一度質問をなげる。
話の本題がわからなければ何もしようがないからだ。
「その……、なんだ。
ハルは都市伝説や噂なんかを信じているか?」
信じているはずがない。
今も真城は、それが原因で頭を悩ませている。
しかしそれでは話が進まない。
「そうだな。……それなりには」
「そうか、よかった……。
まずハルは、“ドッペルゲンガー”について知ってるか?」
ピクリ、と真城の体が強張る。
それだけ真城も“ドッペルゲンガー”という言葉に参っているという事だろう。
「……それがどうかしたのか?」
平常心。平常心。落ち着け、この街の事情と原田は何の関係もない。
ある筈がない。
「実は見たんだ。……ドッペルゲンガー」
「……見間違えとかじゃないのか?」
「違う、信じてくれ!!
……それに俺は今日、殺されかけたんだ!!」
……なるほど。
それで『助けて、殺される』ということか。
原田も相当参っているようだ。
疲れているのかもしれない。
流石の原田でも、偏差値の高すぎる大学では、やっていくのが難しいということなのか。
今度どこかに連れて行ってやろう。
ストレスの発散、気分転換は重要なことだ。
「なぁ、俺の大学は後三日もすれば夏休み期間に入るんだ。
その後、お前の家にお邪魔してもいいか?」
突然、そんなことを尋ねてくる原田。
「それは別に構わないけど……。
どうしたんだ? いきなり」
「最近、視線をよく感じるんだ。
アイツに違いない。
きっと何処かに隠れて、俺を襲うタイミングを狙ってる」
アイツというのは、ドッペルゲンガーのことだろう。
まだ話は続いていたらしい。
「一か月くらい前までは、そこまで視線を感じる事はなかったんだ……。
でも、ここ最近は一日中視線を感じることもあるし、今日にいたっては殺されかけた。……もう耐えられそうにない」
「それで、どうして俺の家に来たいんだ?」
「ハルって確か、今は一人暮らしだろ?
ハルの家なら俺の所からも離れているはずだし、こっそり街から離れれば、アイツも追ってこないだろうって……」
なるほど、ドッペルゲンガーから逃げたいわけか。
ついてきたらどうするんだ? 流石の真城も少し怖い。
……いや、信じているわけではないのだが。
流石にここまでくると、真城としても心配になってくる。
ここらへんに紹介出来る、良いお医者様はいただろうか。
「……まさかハル。俺の話を信じていないだろ?」
……うっ。
正直、原田の話についていけず、相槌ばかりしていた為なのか、悟られたらしい。
「い、いや、信じてない訳じゃないんだ……。
お前がそんな嘘を付くような奴じゃないことは知ってるし。
だけどその……、信じられないっていうか……」
真城は正直な気持ちを打ち明ける。
原田の話は信じたい、信じてやりたい。
だがしかし……。
「まあそうだよな。
ドッペルゲンガーなんて言われて、いきなり信じろったて無理な話だ……」
そりゃ、そうだ。
真城自身、暮らす街がすでにその噂で持ちきりにもかかわらず、なお信じないでいる自分がいるぐらいだ。
いくら原田の言葉とはいえ、親友一人の意見で自分の気持ちが変動するようなこともないだろう。
「……俺も初めはそうだった」
真城の煮え切らない態度を感じ取ったのか、原田は決心したように今までの経緯を語り始める。
原田が初めに違和感を覚えたのは、大学に入学して一ヶ月が経ち、人間関係も落ち着いてきたある日のこと。
どうにも、大学で出来た友人達が休日に遊び歩いた帰り道、原田の姿を目撃したというのだ。
当時、原田も友人達に誘われて共に遊び歩く予定だったのだが、急な用事が出来てしまい前日に断りの連絡を入れたのだという。
当然、原田は友人達と同じ場所に行くことはなかったのだが、翌日友人達にその事を言われて困惑した。
まぁ別に重要なことでもない為、その日の内には『見間違え』で決着がついた。
原田自身、自分がそんな場所に行っていないということは事実だったので、元から友人達の話は見間違えだと分かっていた。
しかし、それ以降からか次第に原田の目撃情報が増え、ついにはその原田と会話をしたという奴も現れる始末。
話したのは原田の友人の一人であり、話した内容は他愛のないものだったそうだが、当然原田には記憶がない。
初め多重人格を疑ったようだが、記憶が飛んでいるというわけでもなく、知らない間に数時間が経過していたという経験もない。
話を総合するに“原田と瓜二つの人間がいて、そいつが原田に成りすましている”という結論に至った。
それ以来、原田は授業の無い日に街を出歩くようになった。
原田自身、その頃には既に“もう一人原田”の存在は、勘違いや見間違えなどではなく、確信に変わっていた。
そして同時に“ドッペルゲンガー”という考えにも行きついた。
そして、つい最近のこと……。
ついに出会ってしまったのだ。
もう一人の原田に……。
その後の内容はメールの通りだ。
“ドッペルゲンガー”、もう一人の原田に殺されそうになり必死で逃げてきた後、携帯にあった懐かしの名前。つまりは真城に助けを求めたというわけだ。
「なるほど、大体わかった」
原田の話を聞き終えた後、真城は考える。
もしも原田の話を信じるのであれば、もう一人の原田は確実に存在することになる。
「少し訊くが、原田から見てそいつは本当に自分そっくりだったんだな?」
「当たり前だ! 考えてもみろよ、自分そっくりの人間が目の前にいるんだ。
気持ち悪いなんてもんじゃない!!」
……ふぅん。
となると原田のそっくりさんがいて、鉢合わせただけという可能性も……?
向こうの原田だって自分のそっくりさんが目の前に現れたんだ。気持ち悪くなって襲い掛かってきても何ら不思議では……?
いや、原田の友人が、そのそっくりさんと会話をしたと言っていた。
話が通じたということは、まったくの赤の他人でもないわけか?
話が噛み合わなければ、いくらその友人が鈍感であっても別人だと見抜けるはずだ。
その友人の話は、原田の噂を面白くしようとした嘘という可能性も……?
駄目だ、頭がごちゃごちゃしてきた。
真城は乱暴に頭を掻きむしる。
わからない事だらけだ。
聞けば聞くほど訳が分からなくなる。
いやまぁ、原田のそっくりさんがいる事はわかった。
向こうのそっくりさんだって、二度と原田とは会いたくないのではなかろうか。
案外、そのそっくりさんも原田と同様、瓜二つの存在に恐怖しているかもしれない。
……しかし、どうしたものか。
どうやら原田は真城の家へと逃げて来たいようだが、如何せんこの街が問題だ。
“ドッペルゲンガー”
ただでさえストレスで一杯一杯な原田に、追い打ちをかける結果と成りかねない。
確かにあと三日もすれば真城も、原田と同様に夏休み期間に入る。
原田の現在の状況は理解した。
結論が出ないのなら、これ以上会話をしても意味がない。
そのそっくりさんであっても、まさか大学などの人目の多い場所、あるいは原田の家に押し入ってまで原田に危害を加えるとも思えない。
向こうも同じ人間なのだ。
まともな倫理、価値観を持つのであれば、同じ過ちは犯すまい。
それが、自身と瓜二つな存在を目撃した恐怖から、つい手が出てしまったのなら尚更だ。
「なあ、とりあえず俺も、三日もすれば夏休みだし、それまで我慢してくれ。
夏休みになったら会おうぜ。俺も久しぶりにお前の顔が見たいしな」
「……そうだな。悪い……時間をとらせて」
真城にあれこれを打ち明けたからなのか、原田も落ち着いてきたのが分かる。
夏休みに会う事を提案し、その後、簡単に落ち合う日取り、時間、場所を決めた真城は、ふぅ、と一息入れて通話を終える。
初めにメールを見た時は焦ったが、聞いてみれば何てことはない。
今日ももう遅い。
思いの外、長く通話してしまった。
明日はすこしばかり早く、バイトが入ってしまっている。
早く晩飯を食べて、寝てしまった方がいいだろう。
原田と会うのは半年ぶりくらいか。
高校時代のように、バカな話をしながら盛り上がれば、原田のストレスも良くなるかもしれない。
そんなことを考えながら真城の一日は終了した。
~ ~ ~ ~ ~
原田はハルとの通話を切るとため息をつく。
(後三日……、後三日でハルと会える……)
久々にハルと会話をしたからなのか、少し落ち着いたのが分かる。
(大丈夫……、きっと大丈夫だ)
しかしどうにも不安は拭いきれない。
自身は今日、ドッペルゲンガーに命を狙われた。
あの不快な表情が頭から離れない。
この三日間、無事に生きていくことが出来るだろうか?
明日、奴がまた襲って来ないなんて保証がどこにある?
本当なら今すぐにでも交番に駆け込みたい気持ちなのだ。
しかしハルの反応からもわかるように、そんな理由で交番に駆け込んだところで警察が動いてくれるとも思えなかった。
頭のおかしい奴だと一蹴されておしまいだ。
もう暗い夜道を歩くもの気が引ける。
家に居れば安全だ。
誰が訪ねて来ようとも、怪しければ出なければいい。
この三日間は短いようで長い。
原田は祈るように瞼を閉じた。
(どうか明日も無事に過ごせますように……)
~ ~ ~ ~ ~
原田の家を凝視する影があった。
「なるほどね。あれが君の標的ってわけだ……。原田くん?」
「……」
男がもう一人に語りかけ、原田と呼ばれた者は無言で頷く。
「そう心配するなって、俺が手伝ってやるんだ。大船に乗ったつもりでいな」
不敵な笑みを崩さない男。
確かに今回の一件、手を貸してくれるのならこれほど心強いものは無い。
生まれて間もない原田でさえ、風のうわさで聞く程の男。
しかし、うわさでしか聞く事の無かった存在が、何故ゆえこの街に現れたのかが気にかかる。
まさか本当にこの一件に手を貸すだけでもあるまい。
原田は恐る恐る、男へと疑問を投げかける。
「“黒鉄”……さんは、どうしてこの街に?」
「
答えはすぐにかえってきた。
しかし聞いたことのない名、名称だろうか。
“灰”という単語に小首をかしげる原田に“黒鉄”は笑いかける。
「気にすんなって、お前はお前のやるべきことだけ考えな。こっちの件は俺の仕事だ」
その言葉を聞き、拳を強く握り締める原田を見てとった“黒鉄”は真剣な表情を作ると、
「今は出来る限り戦力を増やすべき、なんだとさ。……聖戦が近いって事らしい」
ぽつり、と。
誰に聞かせるでもなく呟いて虚空へと霧散する男。
“黒鉄”が消えた後、原田もそれを追うように霧散する。
しかし、その瞳は最後までターゲットを睨みつけていた。
「……もうお前に明日は無い」
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