ギャップ
「はー、すご……かっこいー」
陽葵ちゃんのツアーDVDが届いた。陽葵ちゃんが帰ってくる前に見終わるかギリギリの時間だったけど、お風呂上がりに我慢できずに見始めてしまった。
相手してって拗ねられそうだし、帰ってくる前に見終わりますように。
オープニングの映像からもう凄くて、陽葵ちゃんが登場すると拍手や歓声が響く。そんな客席を眺めて、眩しそうに目を細めた陽葵ちゃんの表情にドキッとした。絶対今のに落とされた人多いでしょ。
忙しくてツアーに行けなかったから、ファンの人のレポを目にしたり、陽葵ちゃんから聞いてはいたけれど実際に見るともう既に感動……
「うわ、セトリ最高じゃん」
バンドメンバーの皆さんもかっこいい。全身で楽しい! って表現する陽葵ちゃんがかっこよくて可愛い。
かっこよく歌ったかと思えば、MCではファンを笑わせたりもしていて、歌だけじゃなくてトークも上手いなんてどこまで完璧なんだろう?
こんな人が私の彼女なんだって誇らしいけれど、不安にもなる。
グループの中では、最近はセンターを任せてもらえたり、チームのキャプテンを任されたり、前に出ることが増えたけれど、1歩外に出れば私のことを知っている人なんてほとんど居ないだろう。
陽葵ちゃんと私では釣り合っていないのでは、という気持ちはずっとあるけれど、陽葵ちゃんが卒業してから大きくなった。
活躍するのが嬉しいのに、寂しい、だなんて自分が情けなさすぎて嫌になる。陽葵ちゃんは本当に私でいいの?
「あ、これか……」
新曲です、と紹介された後に流れたのは、陽葵ちゃんが作詞に苦戦していた曲。
ああ、そうだ。夢で私から別れようと言われた、と泣いていた陽葵ちゃんを抱きしめながら、絶対に離れないし、私が守るんだ、って強く誓ったんだった。
陽葵ちゃんを遠く感じる度に不安にもなるけれど、私がいいって言ってくれる陽葵ちゃんを離したくないし、ずっとそばにいたいって思う。堂々と隣にいられる日が来るように、私も頑張らないと。
歌いながら泣きそうになった、と言っていた通り目が潤んでいて、時折映る客席には泣いているファンも多かった。
次の曲はガラッと雰囲気が変わって、陽葵ちゃんはもちろん、みんな楽しそう。一体感が凄い。私も行きたかったなぁ……
【盛り上がって行くぞー!】
「みつきたんただいまぁ~」
間奏でファンを煽る声と、玄関から聞こえてくる声が見事に重なった。まだ半分くらいだから、仕事が早く終わったんだね。
一時停止をして玄関に行けば、靴を履いたままの陽葵ちゃん。
「陽葵ちゃん、おかえり」
「ぎゅーは?」
はい、可愛い。あんなにかっこよく歌っていた方と同一人物ですよね? 上目遣いは反則では?
「ふふ」
「なんで笑うの!?」
「ううん。可愛いなぁって」
「みつきの方が可愛いよ」
「えっ、ありがと……」
これですよ。可愛いと思ったら、急にカッコよくなる。振り幅凄すぎるでしょ。そりゃファンの皆様沼ですよね。分かります。
「あれ、もうお風呂入っちゃったの?」
「うん。レッスンで汗かいたから」
くっついたままリビングに移動して、ソファに座って続きを再生させる。
「あ、もう届いたんだ」
「うん。待ちきれなくて見ちゃった。うわ、みんな楽しそう。いいなー。行きたかった」
今度のツアーは行きたいなぁ、と思っていれば腰に抱きついていた陽葵ちゃんにじっと見つめられた。
「陽葵ちゃん、どうしたの?」
「まだ見るの?」
「うん。最後まで見たいかな」
「ふーん」
表情も声も不満そう。拗ねちゃったかな? 口をとがらせて、可愛い。
「陽葵ちゃんも一緒に見よう?」
「いい。お風呂入ってくる」
「分かった。行ってらっしゃい」
「ふん」
ねぇ、だから可愛すぎるって。拗ねてます! って前面に出して、お風呂場に向かっていく背中を見送った。
続きを見ていると、お風呂上がりの陽葵ちゃんが隣に座ってきて、目を合わせたら強い視線で見上げられた。相変わらずの目力……
「陽葵ちゃん、まだ髪濡れてる。ドライヤー取ってくるね」
「乾かしてくれるの?」
「うん。待ってて?」
「ん」
一時停止をして、ドライヤーを取って戻ってくれば、DVDケースを手に持っていた。
「これってファンクラブ限定版だよね?」
「うん。メイキングも楽しみにしてるんだ。この後一緒に見よう?」
「やだ」
「え、なんで?」
「かまって?」
「……っ!! かっわ!!」
あー、もう、なんでこんなに甘えん坊なんでしょう? 上目遣いにキュンキュンする。無理。可愛い。
まだ見終わっていないDVDを見るのは諦めることにする。後でゆっくり見よう。
DVDを停止させて抱き寄せれば、勝ち誇ったかのように笑う陽葵ちゃん。
あぁ、好きだなぁ……気持ちが伝わるように、唇を重ねた。
グループを卒業して、シンガーソングライターとして1人でステージに立って、キラキラ輝いている陽葵ちゃんが今私の腕の中にいる。安心したように身を委ねてくれて、このままベッドに、なんて思ってしまったけれど風邪をひかせる訳にはいかない。
「陽葵ちゃん、髪乾かそうか」
「もうちょっと、だめ?」
だから上目遣いは反則なんだって……
「……っ、先に乾かしちゃおうね」
髪を乾かしていると、陽葵ちゃんがうとうとし始めて、時々ハッとして睡魔と戦っている。
朝も早いんだし、寝ちゃっていいのに頑張って起きていようとしている姿が可愛いんだよね。
「よし、おしまい」
「んー、ありがとー」
「うん。もう寝る?」
「まだ寝ないー今日はレッスンどうだった?」
「今日は、うん、先は長いな、って感じかな。先生が鬼だった……」
「あー、求めるレベルが高いからなぁ……」
「期待されてる、って事で頑張るよ。期待に応える陽葵ちゃんをずっと見てきたから」
誰よりも過密スケジュールで練習に出られることだって少なかったのに、合わせる時には誰よりも完璧だった。一緒にいる時間が増えて、ひたむきに努力する姿をずっと見てきた。その姿勢はソロになった今でも変わらない。誰よりも尊敬できる、大切な人。
「美月なら出来るよ」
「ありがと」
優しい眼差しで断言されて、もっと頑張ろう、と強く思った。
「あ、陽葵ちゃんのマネージャーさんの投稿……うわ、かっこいいしかわい……」
「今日のオフショット投稿するって言ってたからそれかな?」
通知が来たから開けば、陽葵ちゃんとバンドメンバーの皆さんが真剣な表情で何かを話している写真が投稿されていた。
2枚目はギターを弾くソロショット。3枚目は撮られていることに気づいてふざける陽葵ちゃんという魅力たっぷりな投稿だった。マネージャーさん、さすがです……!!
「楽しそう」
「うん。楽しかった」
あれもこれも、と話してくれる陽葵ちゃんがキラキラしていて、本当に楽しかったんだなって分かる。優しい人たちが周りにいてくれて良かった。
「あ、今なんか良い感じのメロディ浮かんだかも」
「ギター持ってくる? 録音?」
「録音かな」
最初の頃は聞いていていいのかなって慌てたけれど、今はもう慣れた。普段の生活の中で感じたことをメモしたり、鼻歌を歌っていたり、音楽は生活の一部になっているから。
「ラララ~……うーん? なんか違うな……ラーラララー」
今も、浮かんだメロディを録音していて、全部ラなのに上手すぎ……
自分で曲を作るなんて私には出来そうにないけれど、陽葵ちゃんに言われて、日々感じたことをメモするようにはしている。どこにチャンスがあるか分からないから、って。
「よし、いい感じ。お待たせ」
「寝る?」
「うん。もーつかれたぁ……あるけないーみつきたんだっこぉ」
「急に可愛くなるのやめて!?」
さっきまであんなにかっこよかったのに、一瞬で3歳児。ギャップにクラクラする。
「そんな私も好きでしょ?」
「それはもちろん」
こんな風に甘えるのは私にだけ見せてくれる姿だって分かってるから、それはもう、大好きですけど。
「ちゃんと言って?」
「……好き」
「ふふん」
満足気に笑う陽葵ちゃんを抱き寄せて、今日も傍に居られることに感謝した。これから先もこの幸せが続きますように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます