温泉旅行 後編

 腕の中には、私の胸を枕にして安心したように眠っている愛しい人。


 昨日の夜、ちょっと誘ってみればその気になってくれたのか、初めからそのつもりだったのかは分からないけれど、美月から触れてくれた。

 半分以上残っていたビールを一気飲みしていたせいなのか、いつもよりSっ気が強かった気がする。終わったあとは甘々だったけど。


 普段は甘えさせてくれようと抱き寄せてくれるのに、昨日は逆で、しかも自分からお強請りしてこの体勢で寝たわけで……可愛すぎない?

 珍しく好きって言ってくれたり、素直に甘えてくれて愛しさが溢れる。


 滅多に甘えない美月が甘えてくれると可愛くて何でもしてあげたくなる。

 普段は大人びていてしっかりしているけれど、こうやって寝ていると年相応というか、むしろ幼く見える。

 写真を撮りたいけれど、裸なんだよねぇ……誰にも見せないなら有り? いや、無しか。


 まだ起きるには早い時間だけれど、次は朝でも我慢しない、と伝えてるし襲っちゃってもいいかな?


「んぅ……? なに……?」

「おはよ」


 素肌を撫でていれば、さすがに寝ていられなかったのか美月が目を覚ました。寝起きで状況が理解出来ていないみたいだけど。


「おはよ……? 何時?」

「もうすぐ6時」

「え、はや……ご飯まで1時間もある……もう一回寝る」


 一度顔を上げたけれど、時間を聞いてまた私の胸に顔を埋めて寝ようとしてる。可愛いな。


「寝れるなら寝てていいよ。勝手に触るから」

「ふぁ、や……」

「かーわい」


 ぼんやりしながらも反応する美月が可愛い。こんな美月は私しか知らないでしょ? あー、もう、可愛すぎて辛い。



「みつきちゃーん、もうすぐ朝ご飯来るよー?」


 昨日の夜甘えたのが恥ずかしかったのか、朝からシたのが恥ずかしかったのか、あと10分もすれば朝食の時間になるのに、布団にくるまって出てこない。


 5分くらい待ってみても出てこないけど、もしかして寝てる?


「美月? 寝てるの……って起きてるじゃん」

「起きてる」

「着替えないとご飯来ちゃうよ?」

「ん」


 私と目を合わせないまま、起き上がってもぞもぞ着替え始めたけど、そんなところもたまらなく可愛い。

 間に合わなければご飯を運んでもらう間は露天風呂に押し込もうと思っていたけれど、着替えが終わった頃にちょうどご飯が運ばれてきた。


「朝から豪華! ほら、美月おいで」

「ぅん……わ、美味しそう!」


 なかなか近づいてこない美月を呼んで隣に座らせれば、朝ごはんを見て嬉しそうに頬を緩ませている。


「陽葵ちゃん、これ私の分も食べる?」

「え、いいの? ありがと」


 しばらく挙動不審だったけれど、私が何も言わないことに安心したのか、ご飯が美味しいからか、私が好きなおかずを食べさせてくれたりと普段通りに戻った。

 本当はからかって照れる美月が見たかったけど、拗ねちゃうからね。



「あー、帰りたくないー」

「今度はもう少しゆっくり出来たらいいね。帰る前に陽葵ちゃんが食べたいって言ってたやつ買っていこうね」


 ご飯を食べ終わって、美月の膝枕で甘える私を優しく見つめる表情も、聞いていて落ち着く声も好きすぎる。もちろん、昨日言ったことを実行しようとしてくれる優しいところも、全部が愛しい。


「好き」


 あ、声に出てた。昨日の美月もこんな気持ちだったのかな? 腰に抱きついてお腹に顔を埋めれば、抱きしめるように頭を包み込まれて撫でてくれる。


「え? 突然? ありがと」


 顔は見えないけど、きっと照れてるんだろうな。想像しただけで可愛い。

 お互い午後から仕事が入っているから、あと3時間くらいしたら新幹線に乗らないと間に合わなくなる。楽しい時間ってあっという間だな……


「陽葵ちゃん、早めにチェックアウトして少し観光する? それとものんびりする?」

「んー、露天風呂でイチャイチャしてから観光しよ!」

「両方?!」


 せっかく露天風呂がついてるし、1回だけなんて勿体ない。


「脱がせてあげる」

「自分で脱ぐから……! わ、早……」


 拒否される前に起き上がって浴衣の帯を解けば、いい感じにはだけてて、恥ずかしそうな表情がまた良い。浴衣最高……!


「ね、もう1回シてもいい?」

「えっ?! もう無理! 先いくね!」


 残念。逃げられちゃった。

 追いかければ、美月は背中を向けて露天風呂に入っていて、綺麗な背中には独占欲の証がよく目立つ。見えないところなら、と許可を貰っていたからって調子に乗って付けすぎたよね。謝っておかないと。


 肩が触れるくらいの距離に座って、気持ちよさそうに目を細めてリラックスしている横顔を眺める。相変わらず綺麗な顔。


「美月、ごめん」

「んー? なにが??」

「この辺、つけすぎちゃった」


 この辺、とキスマークを撫でれば、擽ったそうに首をすくめて笑っている。怒ってないみたいで良かった。


「いいよ。つけて良いって言ったの私だし、私もつけたし。それに、嬉しいから」

「かわっ!!」


 小さい声だったけど距離が近いからしっかり聞こえた。昨日からデレが継続中みたい。


「美月、こっち向いて?」

「うん……っ?!」


 素直にこっちを向いてくれた美月の頬に手を添えて、触れるだけのキスをすれば驚いたように目を見開いて固まっている。


「もう1回」

「なっ……」


 今度は深く口付ければ、涙目で見つめられて、その表情に自分から仕掛けておいて後悔した。


「なんて顔してんの? 襲うよ?」

「誰のせい……っ!!」

「私。おいで」


 真っ赤な顔を手で覆って、距離を取ろうとする美月を捕まえて膝の上に誘導して頬を撫でる。


「こんな顔、誰にも見せないでよ?」

「見せるわけないでしょ……」

「あー、可愛い。お風呂入ったの失敗したなぁ……さすがに外でシたら声聞かれちゃうかもだし。それも興奮するけど」


 スリルはあるけど、他の誰かに聞かせるつもりなんてない。


「ほんっと変態!!」

「そんなこと言って、拒否しなかったし美月だって乗り気だったでしょ。キス、嫌だった?」

「いや……では無いけど。声出ちゃうから」


 うわっ、かわいっ!! 何なの?? 私の肩におでこを付けて顔を見せないようにしているけど、耳まで真っ赤。これはやばいって。まだ時間あったよね?


「美月、出よ」

「……うん」


 はい、可愛い。なんだかんだ美月だってその気になってるんじゃん。



「陽葵ちゃん、急いで!! 間に合わない」

「温泉まんじゅうにソフトクリームに揚げかまぼこがー!!」

「買ってあげたいけど、並んでたら乗り遅れる!」


 余裕を持ってチェックアウトするつもりが、ギリギリになっちゃって、食べ物に惹かれてふらふらする私の手を引いて、足早に通り過ぎていく。


「みつきたんとイチャイチャしながら観光する予定だったのに!」

「陽葵ちゃんが離してくれないから……」

「みつきたんが可愛いから悪い!」

「えぇ……」


 あんな可愛い顔して誘うから……美月には誘ったつもりは無いかもしれないけど。



「「ふぅ……間に合ったー」」

「はは、揃った」


 新幹線のホームについて、2人揃ってホッと息を吐く。私のせいなんだけど、久しぶりに焦った……

 新幹線が来るまで少し時間があるからお昼は買えそうで良かった。


「陽葵ちゃん、どれで迷ってる?」

「海鮮かお肉」


 駅弁ってなんでこんなに種類あるの? 毎回悩んで決められない。


「じゃあそのふたつ買お」


 そんな優柔不断な私をよく分かっていて、いつも私が食べたいものを頼んでくれる。優しすぎるよなぁ……


「いいの?」

「いいの。半分こしようね」


 笑顔でそんなことを言われたら惚れる。もうこれ以上ないくらい惚れてるけど。



「陽葵ちゃん、こっち向いて?」

「うん?」


 駅弁を買った後すぐに新幹線が到着した。席に座ってお弁当を開けたところで美月に呼ばれて横を向けば、写真を撮られて、満足気に頷いている。


「なんか昨日からいっぱい撮ってない?」

「撮ってる。プライベートの旅行なんて初めてだしさ」


 私も撮ってたけど、美月に撮られることの方が断然多かった気がする。


「2人で撮ったやつSNS載せていい?」

「もう帰り道だし、いいよ」


 どこで撮った写真がいいかなって思ったけど、移動の新幹線か旅館での写真しかなかった。旅館での写真にしようかな。


 工藤 陽葵

 温泉旅行に行ってきました!

 露天風呂最高ー!

 午後からお仕事頑張ります。

 #温泉旅行

 #山内美月


 食べ終わって写真を何枚か投稿したら、早速沢山の反応があって、大いに妄想が膨らんでいるみたいで見ていて面白い。


「陽葵ちゃん、ニヤニヤしすぎ」

「だってさ、婚前旅行? とかもちろん一緒に寝たんですよね? とか露天風呂は客室と貸切どっちですか? とか盛り上がりが凄い」

「待って、コメントおかしくない?」


 私たちが付き合ってる、って思ってるファンが結構居るみたいだからね。事実なんだけど。


「沢山コメント来てるけど、妄想が凄い」

「ほんと。あ、美南ちゃんだ」


 美月のスマホを覗き込めば、午後の仕事の時にお話聞かせてくださいっ!! ってメッセージが届いていた。もう私は居ないから、対応頑張れ。


 *****

 美南視点


 午後から同じ仕事のメンバーでランチをしていたら、陽葵さんの投稿通知が届いた。今日はなんの投稿かな、とスマホを開けば、飛び込んできたのは温泉旅行、の文字。しかも美月さんと?!

 ありがとうございますー!! ツーショット最高すぎ……


「ふわぁぁぁ! 最っ高!!」

「え、何? そんなにニヤニヤしてどうしたの?」

「通知来てない? 陽葵さんの投稿!!」


 望実がバッグからスマホを取り出すと、他のメンバーもスマホを開いて投稿を確認し始めた。


「これか。うわ、本当に最高……」


 望実も、さっき私もそんな顔してたんだろうな、ってくらいニヤニヤしている。


「えっ、やば! 温泉?」

「美月さん、昨日仕事でしたよね?」

「今日半日オフだし、夕方出発したんじゃないですか?」


 今までは陽葵さんのスケジュールも共有されていたから、今日は2人のオフが重なっているから一緒に過ごしてるのかな、なんて妄想していたけれど、卒業してからはそれも出来なくなってしまった。

 2人揃ったところも見る機会が無くなったし、写真の供給も減ってそろそろ美月さんに供給をお願いしようかな、と思っていた矢先のこの投稿。

 色々妄想しちゃうのは仕方ないよね。ファンの方のコメントを見ながら皆同じ気持ちだったんだな、とニヤニヤしてしまった。


「絶対付き合ってますよね」

「ですよね。この写真なんて完全にカップルですよ」


 はい。付き合ってます。勝手に言えないけど。

 美月さん1人の写真も載っていて、陽葵さんが居る時にはよく見ていた優しい表情をしている。


 タイミングがいい事に、今日の午後の仕事は美月さんも一緒。これは色々聞くしかない。不足している分、たっぷり補給させてください!


 美月さんにメッセージを送れば、お手柔らかに……って返事が返ってきた。今すぐ楽屋に行って美月さんが来るのを待っていたい。



 楽屋に入れば、何人か来ていたけれど美月さんはまだ来ていなかった。

 少し待つと凛花さんと美月さんが一緒に入ってきて、早速からかわれたのか美月さんがちょっと赤くなっている。是非話に混ぜてください……!!


「「おはようございます」」

「美南ちゃん、望実ちゃんおはよ。一応聞くけど、混ざるでしょ?」

「「是非!!」」

「あっち行こ。美月もこっち」

「……はーい」


 凛花さんが美月さんを連行していくのについて行く。今日は二人の関係を知ってるのはこの3人だから自然と他のメンバーからは離れたところに陣取った。


「旅行、楽しかった?」

「はい」

「観光できた?」

「いや、それが時間なくて」

「ふーん?」


 何をされてて時間が無くなったんでしょうか? 質問している凛花さんもニヤニヤしていて、望実も私も同じような状態だから美月さんが居心地悪そうにしている。

 今までは2人がデートした話とかも陽葵さんが喜んで話してくれたから、こんな風に美月さんだけなのは初めてかも。


「露天風呂は客室ですか? 貸切ですか?」

「それ、陽葵ちゃんの投稿にも来てた……コメントしたの美南ちゃんじゃないよね?」

「私じゃないですよ! みんな気になることは同じですね」


 お2人はホテルの温泉とかも入ることは無かったし、どっちかだと思うんだよね。


「……客室」


 もちろん一緒に入ったんですよね? やばぁぁー!!


「3人ともニヤニヤしすぎなんですけど……」

「そりゃね。相変わらずラブラブですねー」


 凛花さんの言葉に視線を逸らす美月さんが可愛すぎる。


「あ、衣装来ましたよ。着替えましょ。じゃ、これで……」

「続きは着替えの後でね」


 これで終わり、と言おうとした美月さんを遮る凛花さん、さすが! まだ話途中ですもんね!


「……まだ続きあるんですね」

「まだまだ聞きたいこといっぱいですよ!!」


 衣装さんが衣装を運んできてくれて、各自自分の衣装を取って早い子はもう着替え始めている。私達も着替えないと。


 着替え終わって、さっきの続きを聞きに行こうと美月さんを探すと、机の陰に座って背中を向けているのを見つけた。

 なにか落としたのかな、と思っていたら、シャツを脱いだ美月さんの背中に無数の赤い痕……


 ふぁっ?! もしかしてキスマーク? キスマークですよね?! それも一つや二つじゃないよ?? 陽葵さんの独占欲?? モテる彼女だと心配ですよね。


 美月さんも隠れて着替えてるってことはついてることを知っているわけで……

 熱い夜を過ごされたんですね? 観光する時間なかった、って言ってたし、もしかして朝も?! 妄想が広がって美月さんのこと見れないかも……


「美南、そんなとこでぼーっとしてどうかした?」

「や、もう尊すぎて幸せです」

「どういうこと??」


 放心状態でいたらメンバーから不審がられたけれど、そっとしておいて……浸ってるから。


 付き合っているお2人だし、そういう関係なのは知ってるし、キスマークをつけてる所を盗み聞きしちゃった事もあるけど、実際に見ると破壊力が凄い。

 尊すぎて胸が苦しいです。もう、最高……


 収録を終えて、夕方からのダンスレッスンの時も、いつもみたいなゆったりしたTシャツで、襟ぐりの広いTシャツからキスマークが見えちゃうんじゃないか、って無駄に心配というかドキドキしてしまった。


 注視していたから、Tシャツがズレて肩が見えた時にバッチリ見つけましたけど。もちろんガン見しましたけども。


「美南ちゃん、なんか凄く視線感じたんだけど何かあった?」


 さすがに気づきますよね。休憩中にタオルで汗を拭きながら美月さんが近寄ってきてくれた。イケメン……


「えっ?! や、今日もかっこいいなぁーって!!」

「はは、何それ?」


 いや、これは本当ですよ。今だって後輩たちがそわそわしながら、話しかけるタイミングを見計らってるし。


「美月さん、順番待ちされてますよ?」

「え? はは、挙動不審すぎでしょ。どしたー? こっちおいでよ」


 笑いながら、後輩たちを呼び寄せる美月さん。


「あの……写真撮ってもらってもいいですか??」

「いいよ。撮ろ」

「私もいいですか?!」

「もちろん」


 あ。あっという間に囲まれた。うん、これは陽葵さんも心配になるよね。キスマークを沢山つけちゃう陽葵さんにも、拒否しない美月さんにも萌える……

 ほんと、ご馳走様です。私は幸せです……


 レッスンが再開されても1人興奮して集中出来なくて、先生に怒られたけれど後悔はありません!! 末永くお幸せに、そしてこれからも近くで見続けさせてください!!

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