恋人未満 後編
目が覚めると、目の前には美月のあどけない寝顔があって頬が緩む。日差しで随分明るくなっているけれど起きる気配も無くよく寝ている。朝弱かったもんね。
昨日DVDを見に来るように誘って、遅い時間になってしまったからそのまま泊まってもらった。ちょっと強引だったかなって思ったけれどこんなチャンス滅多にないだろうから。
一人暮らしを始めて、同期以外で家に呼んだのは美月が初めてだし、ベッドで一緒に寝るのももちろん1番最初。同期が来た時は皆でリビングで雑魚寝したしね。
今は髪も短くなってすっかりイケメンになったけれど、グループに入ってきた時は小さくて可愛くて、1期生皆で猫可愛がりしていた。私の事も憧れだと言ってくれて、話しかけるだけで恥ずかしそうにしていた姿をよく覚えている。
歳下なのにしっかりしていて、最近は一気に大人っぽくなった。
ついこの間高校を卒業してから一緒にいる時間も増えて、私の事を気遣ってくれたり、欲しい言葉をかけてくれる美月には甘えられるような気がして、試しに甘えてみれば嬉しそうにしてくれたからすごく満たされた気持ちになった。
メンバーがいる所で甘えると恥ずかしいのか冷たくあしらわれるけれど……
昨日も私の様子に気づいて、落ち着くまで寄り添ってくれた。私がどうして欲しいかな、と注意深く様子を伺ってくれて、いつの間にこんなに頼もしくなったんだろう。
家に来てからずっと緊張していたし、多分夜遅くまで起きていただろうから寝かせてあげたいところだけれど起こさないとね。
「美月、朝だよー」
「んー……あれ? ひまりさんがいるー」
「寝ぼけてる? 昨日泊まったでしょ」
「……そうでした」
メンバーは美月の寝起きが悪いし、起きた時の機嫌が悪いと言うけれど、私とホテルの同室の時はそんなことはないし、むしろ可愛い。
今みたいに薄目を開けてふにゃっと笑った顔なんて皆見たことないんじゃないかな?
他のメンバーには見せない姿だと知ってから、信頼されているというか、心を許されている気がした。無意識の行動ってことでしょ? 少しは期待してもいいのかなって。
「おはよ」
「おはようございます。起こしてくれてありがとうございます」
照れくさそうにしつつ、律儀にお礼を言ってくるところが真面目な美月らしい。
「ううん。あんまり時間ないし、準備しよ。着替え選ばないとね」
「すみません、お借りします」
美月に似合いそうな服をいくつか出して選んでもらって、先に部屋を出る。
「うん。思った通りよく似合ってる。可愛い」
「……ありがとうございます」
貸した服はよく似合っていて、さっきまで着ていた部屋着もそうだけれど、私の服を着ている美月を見るのはなんだかくすぐったい気持ちになる。気慣れなくて恥ずかしそうにお礼を言う姿なんて可愛すぎ。
簡単に朝ごはんを作ると、申し訳なさそうにしながらも美味しい、と喜んで食べてくれた。
「メイク道具も足りないものあれば使ってね」
「すみません、いくつかお借りしますー!」
並んでメイクをしながら、真剣な横顔に見入ってしまう。もちろん正面からも可愛いけれど、横顔が本当に綺麗なんだよね。
「あ、これ使いますか?」
「ううん。可愛いなーって見てただけ」
「はっ?! 何言ってるんですか?! もー、こっち見ないでください!!」
恥ずかしがる姿も可愛いなんて言ったらもっと怒るんだろうな。
「えー、減るもんじゃないしいいじゃん」
「減ります!」
「あはは、減るんだ」
「はい。HPが」
「まさかのHP!!」
こんなやり取りも楽しくて、素直じゃない所も可愛い。
「よし、終わり。着替えてくるね」
メイクを終えて着替えに寝室に向かうと、部屋着が丁寧に畳んでベッドに置いてあった。持って帰って洗う、とか言い出しそうだな。
「陽葵さん、お借りした部屋着、洗ってお返ししますね。あと昨日私が着ていた服ってありますか? ……ってなんで笑うんですか?!」
予想通りすぎて思わず笑ってしまえば睨まれたけれど全然怖くない。
「いや、言うと思った。昨日の服は洗濯機。部屋着と一緒に洗っておくからまた今度来た時のために置いていって」
「え……??」
「あ、もう来ない?」
ちょっとずるいかな、と思ったけれどしゅんとしてみたら慌てた様子で、来ます! って言ってくれた。単純でちょっと心配。
また来て欲しいし、気軽に泊まりに来てくれるようになったら嬉しいな。
家を出て、途中までは一緒に来たけれど、一緒に楽屋に入るのは恥ずかしい、と言われたから昨日美月のお泊まりセットを買ったコンビニに寄ってから楽屋に向かう。
楽屋に入れば美月は同期に泊まりのことを弄られているのか顔が赤くなっていた。時間差で来てもSNSに泊まりって投稿してるしもうバレてるんだよね。
「陽葵、おはよう。美月を泊めたんでしょ? 襲わなかった?」
「凛花……私のことなんだと思ってるの?」
1期生の元に行けば凛花が美月の方を見ながら聞いてくる。私から言った訳じゃないけれど、ずっと一緒に過ごしてきた同期から見れば私の気持ちは分かりやすいらしい。
付き合ってないのに襲わないって。信用がなくてちょっと悲しい。
「初のお泊まりどうだった? キスくらいした?」
「してないって。そんなに直ぐ手を出しそうに見える?」
「「「見える」」」
え、私の印象どうなってるの? 本当遠慮がないな……
「本当に何もしてないよ」
「お風呂は?」
「ベッドは?」
興味津々じゃん……別に隠すことじゃないからいいけど。
「お風呂は別。ベッドは一緒」
「一緒に寝たんだ?!」
「うわ、よく美月無事だったな……」
「ねえ、本当に私の印象おかしくない?」
どれだけ手が早いと思われてるんだか。
美月が私に抱いている想いは恋愛感情なのか憧れなのか、本人もよく分かっていなさそうなんだよね。
恋愛感情が育ってくれたらいいな、と思うけれどグループは男女交際禁止だし……
あれ、でも同性はセーフ? 今のこの関係が心地いいし、好き、なんて伝えたら慌てさせるのは間違いないからまだ伝える予定は無いけれど。
私が美月に甘えるようになったからか、2人ペア、みたいに扱われることが少しずつ増えてきた気がする。
このまま定着させていって、もし本当に恋人になれた時に認めて貰えるようになればいいな。
「美月ー!」
「うわっ?! 陽葵さん離して!!」
「いーやー!」
「え、待って、力強っ?! ちょっと見てないで助けてよ?!」
同期から解放されたのか一人でいたから後ろから抱きつきに行けば、振りほどこうと思っても乱暴にも出来ないのか、じたばたしながら少し離れた所にいる同期に助けを求めている。
「陽葵さん可愛いー!」
「バックハグきたー!! 抵抗しつつ強くは拒否できない感じ……いい。凄くいい!」
「美月、お幸せにー」
わちゃわちゃしている私と美月を見てメンバーも笑っていて、つい楽しくなってしまう。
「本当は嬉しいくせにー」
「え? これが嬉しい反応に見えるとか大丈夫ですか?」
諦めたのか大人しくなったから頬をつんつんしてみたけれど、メンバーがいる所だと本当に冷たい。もうちょっとデレてくれてもいいと思うな。
「至って正常ですー! ちゅーしてやるー」
「ぎゃー!! この人危険なんですけどー!! 近い近い!! 変態ー!」
頬にキスをするフリをすれば、物凄い悲鳴が上がって、可愛くキャーじゃないのが美月らしい。
「変態って……でも素直じゃないところも可愛いよ」
「は? 何言ってるんですか? もう黙って!」
黙って、なんて言われたら余計構いたくなるよね。
「照れちゃってかわいーねー?」
「うるさっ!! 照れてませんっ……!!」
「ま、そういうことにしておきますか」
顔を覗き込めば説得力がないくらい真っ赤だけれど、これ以上意地悪するともっと拗ねちゃうから。
「さっき美月が好きなお菓子買ってきたけど食べる?」
「……食べます」
「ふふ、素直でよろしい。あっち行こ」
メンバーから離れた端の方に座って、すっかり機嫌も良くなってにこにこしながらお菓子を食べる美月を見つめていたら、食べますか? って箱ごと差し出してくる。
「美月ちゃん、あーんは?」
「えっ?! 自分で食べて下さいよ!」
「ケチー」
「あはは、陽葵さん子供みたい」
分かりやすく頬を膨らませてみせれば、頬をつついてきたり、頬をむぎゅっと摘んでくる。メンバーから少し離れたからか、美月から触れてくれて嬉しい。不意にデレてくるからな……
「美月よりは大人ですー」
「いや、精神年齢が……」
「くどうひまりっ、もうすぐしゃんしゃいですっ!」
「あはははっ、しゃんしゃい……っ! 待って、20歳どこ行ったのっ?! しゃんしゃい……ふはっ」
涙が出るほど笑ってくれて、自分で言っては手を叩いて爆笑していて可愛い。え、美月が言うと可愛すぎない?
「工藤陽葵、もうすぐ23歳でーすっ! どう? 可愛い?」
「ぶりっ子するなー」
落ち着いたのを見計らって、ぶりっ子ポーズをして首を傾げて見つめてみれば、ちょっと顔を赤らめて、顎につけた両手を下げられる。
「美月もやってよ」
「絶対嫌です」
「なんで?」
「キャラじゃないんで」
ツンデレのぶりっ子、絶対需要あると思うんだけどな……
「想像しただけでギャップ萌えやばい」
「勝手に想像しないで貰えます?」
「ほら、両手グーして? 首傾げて? あはは、目つきわるっ」
両手を持って顎の下に付ければ、嫌そうに睨んでくるけど、なんだかんだやってくれるから可愛いよね。これはこれでアリだな。
「ねー、そこの2人なにイチャイチャしてるのー?!」
「これのどこがイチャイチャなんですか……」
騒いでいたからか、近くにメンバーが来ていてニヤニヤした視線が向けられる。美月嫌そうな顔しすぎ。
「最近本当仲良いですよね」
「推しが尊すぎて辛い……」
「ツンデレやばっ!」
見せつけるつもりはなかったけれど、結果的にそうなったみたい。ツンデレな美月にあしらわれる毎日だけれど、2人の時にはちょっとずつデレてくれるようになって、そのギャップにまた惹かれていく。
どんどん大人になっていく姿を傍で見てきて、メンバーの誰よりも気を許せるようになって、無邪気に笑う姿にいつも救われている。いつもからかっちゃうけれど愛情の裏返しってことで許してね。
これからもくだらないことで笑いあって、美月よりはちょっとだけ大人だから、困った時に1番に頼ってもらえる存在になれたらいいな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます