第10話

「そうです! 司さん!」

「はい。なんでしょう」

「同級生なんですから敬語はやめてください」

「え……?」


 四人で夕食を囲む中、美也孤は唐突に要望を突き付けた。


「敬語だったか? いや、言われてみれば?」

「年上に対して使い敬語じゃありません。たまにため口が混ざる『距離を感じる敬語』でした」

「あー……。先輩の口調なんがか変でしたよね。距離感を測りかねているっていうか」

「なんだかもどかしかったです!」


 思い返してみると、確かにその通りだ。司としては美也孤の第一印象が悪かったこともあり、なんとなく距離を取った話し方をした自覚があった。


「それに、ひなたちゃんには敬語使っていないじゃないですか!」

「でもさ、天河さんも敬語じゃない?」

「私はだれに対してもこんな感じですよ」


 言われてみれば、そうだったかもしれない。

 だが、そういわれたところで「はいそうですか」とすぐに直るとも思ってない。


「そーだ、司、あんたも美也孤ちゃんのこと名前で呼んであげればいいじゃない!」

「ぇ……失礼しました。何でもないです」


 突然ひなたが声を上げたが、何を言ったかまでは聞き取れなかった。


「ほら、下の名前を呼べばさ、敬語が逆に不自然になるでしょ?」

「良いですね! 司さん、私のことは美也孤って呼んでください」

「え゜、そんな急な……」


 できるわけがない。

 司はこれまで友人を呼ぶときは男でも女でも苗字で呼んでいた。現に、ひなたには「二尾」と名字で呼んでいる。

 それを出会って二日目の美也孤だけ名前呼びにするなんて。


「いやぁ。俺は他の人も苗字で呼んでいるし。なるべく敬語はなくすようには努力しますが、名前呼びまではちょっと……」

「敬語が混じっています!」

「……努力しま……する」


 言われたそばから敬語が混じりそうになって、修正する。


「ほらほら、遠慮なく呼んでいいんですよー」

「遠慮します。天河さん」

「ぐぬぅ」


 なんとか名前呼びは回避できたことに司は安堵する。別に呼びたくないというわけではないのだが、名前呼びは少し恥ずかしい。

 口調も変えろと言われてすぐに変えられるものでもないが……。

 努力しようと、司は思った。


「やー、でも司と同じ高校に編入なんてねー。内心めっちゃうれしいんでしょー?」

「うるせぇ」

「私はすごく楽しみです!」


 美也孤は司への好意を隠そうとしない。それどころか前面に押し出してくるので、司としては何となくこそばゆい。

 これが4月以降も続くと思うと、若干心が重くなる。

 好かれていることが嫌というわけではないのだが、何となく居心地が悪いのだ。


「もうクラスとか決まったのか?」

「いえ、入学手続き書類の提出が完了してからわかるそうです」

「そうか。でもどうせ登校初日までわからないんだろうなぁ」


 それにまだ三月上旬で、春休みに入ったばかりなのだ。まだ決まっていないだろう。


「ひなたちゃんも同じ高校なんですよね?」

「はい。先日合格発表をもらったので、流谷高校へ行けそうです」

「わぁー、やったー。早くひなたちゃんの制服も見てみたいです。届いたら是非見せてくださいね!」

「ふふ、通い始めたら毎日見るじゃないですか」


 4月からは四人で高校に通うことになるのかとぼんやり考える。


「まだ手続き書類出していないので、明日市役所に住民票を取りに行こうと思います」

「ひなたちゃんもまだですか? じゃあ一緒に行きましょう!」

「いいですよ。ついでにアウトレットモールでお買い物していきましょう」

「いいですねー!」


 ぽんぽんと美也孤とひなたの二人で明日の予定が決まる。

 一方、司は明日は一日勉強と読書でもしているか……と味噌汁をすすりながらぼんやり考えていた。


「私、服を買いたいです! 制服以外には一着しかもっていなくて」

「美也孤さんスタイル良いから何でもに合いそう。これから暖かくなってきますし、春物のお洋服を見てみるのもいいかもしれませんね」

「汐さんもどうですか? 一緒に行きませんか?」

「ごめんね美也孤ちゃん、私は明日もバイトなんだ」

「そうですか。残念です……」


 そうか、姉もいないとなれば久しぶりにゆっくり読書ができそうだ。と、司は自分の部屋にある積読を思い出して明日読む本は何にしようかと考えていると


「じゃあ明日は私とひなたちゃんと司さんの三人で行ってきます」

「え?」

「はーい、行ってらっしゃーい」

「ちょっと待って、俺も行くの?」

「え、行かないんですか?」

「むしろなぜ行く?」


 美也孤は「当然一緒に行くと思ってました」とでも言いたげに驚く。司としてはなぜ美也孤とひなたの用事に付き合う必要があるのか疑問だ。


「えー、一緒に行きましょうよー!」

「いや、俺が行っても何にもならないでしょう?」

「ひなたちゃんも司さんに一緒に来てほしいですよね」

「え⁉ まぁ、来てもいいですよ」

「じゃあ行かなくてもいいってことじゃないのか?」

「私は一緒に来てほしいです!」


 美也孤はケモミミをピンっと立てながら熱心に誘う。しかし司としては、明日の読書の予定が崩れそうで思わず気持ちが顔に出る。


「こら、そんな嫌そうな顔しないの」

「ぬ、ごめん」

「司も行ってきな。どうせあんたほっといたら家に引きこもるんだから」

「読書してるだけなんだけどなぁ」

「それがいけないの。たまには外に出なさい」

「わかったよ……」


 しぶしぶ了承すると美也孤が飛び上がって喜んだ。

 こうして明日の予定は強制的に決定した。もともと予定はなかったから別にいいけど……。


「もしやこれはデートというものでは⁉」

「私と美也孤さんのデートですね!」

「あれ? 俺は?」

「もちろん、荷物持ちです」

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