星野瑞樹 2

 近所の駄菓子屋のかき氷を食べながら、僕は空を見上げていた。顔馴染みになったおばちゃんが「グレープね」と笑うのが恥ずかしくって、その場で食べず、家まで持ち帰ってきてしまった。少し溶けたかき氷はそれはそれで美味しくて、まあいいか、と思った。

 不思議なことに、甘いものは食べられるのだ。本も読めないし、パン以外のものは食べられないけれど。特に、ぶどう味のものが大好きだった。

 ぶどうジュースを飲んたときは驚いた。それは、僕がいつも「神様の飲み物」だと言われて飲まされてきたものと似ていたからだ。甘くて、でも酸っぱい不思議な飲み物。僕はその飲み物が今でも大好きだ。

『これは貴重なものなのです。神様である、貴方様しか飲むことができないのです』

 そう言って、彼らは僕にこの紫色の液体を飲ませていたけれど、こうやって人間になってみれば、この飲み物は何の変哲もない、紙パックで100円以下のただのぶどうジュースだ。

 強いていえば、あの頃飲んでいたこれに似た飲み物には、何か薬が入っていた。今にして思えば、その薬がこそが、このぶどうジュースを神様の飲み物たらしめていたものなのかもしれない。

 だとしたら、ぶどうジュースに混ぜたのは、キリスト教を真似たのだろうか。僕はまだ子供だったからお酒は飲んではいけないから、ぶどうジュースを代々品にして。

 そういえば、世界史で色々な宗教を習ったけれど、僕のところの宗教はなかった。つまるところ、かつて世間を騒がせたとある宗教と、同じような扱いなのだろう。

 僕のいたところもまあまあ有名だけれども、小さな事件だったから、もう蒸し返す者もいないだろう。

 人という生き物は、移ろいやすいのだと彼らが言っていた。神と違って、せいぜい80年ほどしか生きられない僕らは、その短い生の中で神の真似事をする。物を創り、壊す。違うのは、神は無から有を創り出すことができ、人にはそれができない、ということだけだ。

 だとしたら僕は、今も昔も神様ではなかった。だって、僕も無いものを生み出すことは、できなかったのだから。




 今でも時々夢に見る。綺麗な服を着せられて、キャラメル色の沢山の瞳に見つめられていたこと。僕の瞳を抉ろうとした女の子のこと。ある朝起きたとき、何故だかとても不快で、起こしに来た人が慌てていたこと。

 僕が神様であったときの記憶は、誰か別の人の物語を見ているようで、本を読んでいるときみたいだった。思い出そうとすると、途中で拒絶反応が起こる。そうして、朝起きたときには、ほとんど忘れてしまっているのだ。

 ぱっ、と目を開けると、青い花が咲いていた。嗚呼、これは夢の中だな、と気づく。僕の身の回りの世話をしていた人たちは、それを「神の花」だと呼んでいた気がする。青い薔薇は自然界には咲きえないものなのだと知ったのは最近だけど、それとはまた形が違うので、別に普通の花だったのだろう。

 ミサのとき以外、僕は大抵部屋にいるか、聖堂の裏の花畑にいた。僕はずっとずっと孤独だったけれど、青い花に囲まれていると、まるで暖かいものに包まれているようで、とても落ち着いた。

 そっと、青い花に触れてみる。夢だというのはわかっていたけれど、不思議なことに、それは感触があった。ふわり、と甘い香りも漂ってくる。まるで、懐かしい、記憶の中の母に抱かれているような、そんな気分だった。

 次に目が醒めるとき、この記憶はあらかた忘れてしまっているのだろう。だけど、もう少し、このままで。


 夢見たのは、青い花が咲き乱れる楽園だったのだ。

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