第28話 追手(2)朝風呂

 直葉はその後ひと眠りすると、傷からの熱もひき、かなり楽になったようだった。

 それで、4人で夜の営業前に賄いを食べる。

「で、直葉。これからどうするの」

 八雲が訊くと、直葉は目付きを鋭くした。

「紅葉姉さんを殺したのは歳三だから、歳三を殺す」

 里では、前からの掟でも今の掟でも、歳三の行為に対して報復は認められない。任務続行が困難で、帰るにも足手まといで、虚偽の報告をした裏切者を始末した、と。

 しかし直葉には受け入れられなかったので、里から離別すると申し出て、歳三を殺そうとしたのだ。

 が、失敗し、死にかけてねこまんまにやっとの思いで辿り着いたのである。

「大丈夫?」

「他人の心配をしてる場合?あんた達を狙って里を出たのは、少なくとも槐達5人よ。警戒していないと、やられるからね」

「あはは。心配してくれてありがとう」

 直葉は赤い顔をしてそっぽを向いた。

「バカじゃない?誰があんたみたいな殺しても死にそうにない頑丈な女の心配なんてするもんですか」

 言うが、八雲はニヤニヤと笑い、疾風と狭霧は小さく笑って、空の食器を調理場へ運んだ。

「ま、傷が治るまでここか長屋にいればいいわよ。ね」

「あ、ありがと……」

 直葉は布団に寝て、掛布団を頭まですっぽりとかぶった。


 しばらくは、変わりの無い毎日が続いていた。おかしな視線も、気配も無い。このままいけるのでは、とすら思う。

「油断するなよ」

「はあい」

 言いながら、男女に分かれて銭湯に行った。

 まだ人のいない一番風呂だ。女湯には武士も入れる事になっているが、それもまだおらず、八雲ひとりだ。

「おお、気持ちいい!」

 鼻歌が出そうに弾んだ気持ちで、体を洗い、湯をかけ、湯船に浸かる。

「はあぁ。極楽、極楽」

 湯気がもうもうと立ち込める中、手足を伸ばして湯船の縁に頭を乗せ、完全にリラックスしていた。

 と、誰か客が1人入って来たらしいのが見えた。

 いつも早い、芸者のお姉さんか近所のおばあさんだろうかと思っているうちに、その人物は湯船に入って来て、八雲の横の方へ行く。

 その空気が、突然変わった。

 湯を跳ね飛ばし、その女が八雲の首に手を伸ばす。八雲はそれを払いのけ、相手の首に手を伸ばす。

 それを繰り返し、やがて腕を掴み合ってがっぷりと組んだ形になった。

「久しぶりじゃない、水蓮」

「相変わらずのバカ力ね、八雲」

 歯を剥き出しにして、水蓮が言った。

 里の忍びだ。

 八雲と同じく怪力だが、水蓮は背も高くがっしりとした体形で、男の格好をしても違和感がなく、顔の作りも醜女の部類に入る。

「あんたに言われたくないよ」

 八雲も笑って言う。

「昔から八雲、あんたが気に入らなかった。殺したくて仕方がなかったよ。同じ怪力で、あんたと私は随分違う。私は怪力女って嗤われ、バカにされて来たのに」

「知らないわよ。ほかに得意な事を見付ければ良かったでしょ」

「できるものならしてた!

 私は、里で子を産む役にと声もかからなかったよ。冗談だろ、無理だろ、何かの罰かってね。

 それをあんたは……せっかく槐様が、あんたを!」

 それで八雲にもわかった。

「まさか、水蓮、槐の事」

「あああああ!」

 水蓮はそれ以上言わせないようにとでもいうのか、力を込めて手を首に回して来る。

 そうはさせじと八雲も力を込め、2人は湯船にドボンと倒れ込んだ。


 ややあって、いつも一番風呂に入るメンバーがやって来た。

「おはよう。早いね、八重ちゃん」

「おはよう」

「ん?そこに誰かいるのかい?」

 湯気の中、気持ちよさそうに湯船に浸かる影がある。水蓮だ。

「あら。そう言えば、体を洗っている時に誰か後ろを通ったかしらね」

「寝てるみたいよ、この姉さん」

「じゃあ、そっとしときましょ」

「じゃあ、お先に」

 八雲は笑って、風呂場を出て行った。




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