第26話 紅の鶴(3)投げ込み寺の夜
埋められたばかりの、まだ掘り返された土の匂いのする土饅頭のそばで、紅葉と疾風がやり合う。獲物は短刀だが、お互いに鉄串と針を隠し武器として持っている。
供養塔のそばで組み合うのは、八雲と笹葉だ。これはどちらも素手だった。
奥の暗い木々の間でつぶてや小刀を投げ合い、斬りつけ合うのは、狭霧と楓だ。
遊女でも死んだら、昼間に男衆が穴を掘っておき、夜にそこへ埋めるのだ。今日は誰も死ななかったらしい。もしこの光景を見たら、腰を抜かすか、起きたまま夢でもみていると思うかのどちらだろうか。
やがて、疾風と紅葉が鉄串と針を投げ合った。
が、針は疾風の短刀に弾かれ、思いもよらない方向に飛んで行き、笹葉の眼球に突き刺さった。
「うああっ!」
思わず硬直した笹葉の首を、力を入れていた最中だった八雲は、あっさりとへし折る事になった。
疑問も感傷も後回しだ。
視線をやると、狭霧は楓の脾臓に短刀を深く差し込んでいるところだった。
疾風は紅葉の腕に斬りつけ、紅葉は大きく飛びのいて、距離を取っていた。
「戻るわけにはいかないのね」
「ああ」
「わかった。
あんた達はどうにか仕留めたと言っておくわ」
紅葉が言い、疾風達は目を細めた。
「なぜ?」
「2人失って、私はケガ。それであんた達に一矢も報いてないとなれば、私がまずいじゃないの」
八雲は嘆息した。
疾風は、やや迷った末に言う。
「お前は、里に帰るのか」
「ええ」
「俺達と暮らさないか」
思ってもみなかった提案に、紅葉は視線をさ迷わせ、何とか言葉を紡ぎ出す。
「私は、だって、殺しに来たのに」
「帰りたいのか、あそこへ」
紅葉は目を見開き、唇をわななかせた。
「だってそんな事」
着物の上から、紅の鶴を押さえる。
「紅葉、あんただって、抜けたいんでしょ?ここでやられた事にすればいいじゃない」
八雲のそのセリフは、悪魔の囁きの如く紅葉を揺さぶった。
「私はケガもして、足手まといに」
「大丈夫だよ。切り傷の薬は得意だからね」
涙で視界がにじむ。
「お前は、どうしたい」
紅葉は疾風を見、足元を見、倒れた楓と笹葉を見、疾風を見た。
「直葉を置いて、抜けるわけにはいかない」
直葉というのは、やはり両親を知らない子だが、紅葉と顔立ちが似ているので、姉妹だと思っている子だ。
「あんた達は死んだって言う。私にできるのはこれだけよ」
紅葉はそう言って、身を翻した。
「兄ちゃん、いいの?」
狭霧が言ったが、疾風は緩く首を振った。
「いい。紅葉が選んだんだ」
疾風は小さく笑い、
「いいんだ」
と重ねた。
翌日、垣ノ上と文太が来たが、ニュースを持って来た。
女の死体が河原で見付かったそうだ。その女は腕と足を斬られ、胸を一突きにされて死んでいたが、大事そうに紅の折り鶴を握っていたという。
それを聞いて、疾風が台所で皿を取り落としかけた。
脳裏に浮かぶ記憶がある。
負けん気の強い女の子がいた。その子は滅多に泣かないし、羨んだりもしなかった。でも、八雲が母からもらった人形を、悲しそうな目で見ていた。
なので、目の前にあった折り紙で、疾風は鶴を折ってその子に渡した。
「何?」
「鶴」
「何で赤いの」
「えっと、紅葉だから赤」
それで納得したのか、その子――紅葉は嬉しそうに紅の鶴を両手で受け取った。
「へ、変なの」
そう言う紅葉の顔は、鶴に負けないくらい赤かったのを覚えている。
歳三というその男は、にこにこといつも笑ったような顔をしているが、決して目が笑っていない事に、気付く者はどのくらいいるだろうか。
歳三は、もし紅葉達がしくじった時には、それを里へ知らせるために同行していたのだ。
夜に紅葉がケガをして待ち合わせの河原へ戻って来、
「楓と笹葉がやられたけど、どうにか始末した」
と言った。
しかし、紅葉が嘘をつくときに小鼻が動く癖を知っていたので、斬って本当の事を言えと迫ったが紅葉は喋らなかったので、胸を刺して殺した。
まあ、カマをかけて
「北へ逃げたのか」
と言ったら動揺したようだったので、そう報告するつもりだ。
(まあ、あのケガじゃあ使い物にならないだろうしな)
歳三は足を速め、里を目指した。
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