第33話

31、32話はR18の為ムーンライトノベルズの方に掲載させて頂いております。

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フラつく身体で馬車を降りると一緒に降りてきたレアンドルに後ろから抱き締められる。ふんわりと香ったのはお酒ではなく情事の匂いを掻き消すように振りかけた柑橘系の香水。

この匂い…。

色濃く香るそれは例の晩にも嗅いだものだ。

好みの匂いを漂わせるレアンドルの首元に擦り寄れば頭上から笑い声が聞こえてくる。


「君はこの匂いが好きなのか?」

「ええ、好きよ」


隠しての仕方のないことなので素直に言うと目の前に真新しい香水瓶が差し出される。蓋を開かれて中からふんわり漂う匂いはレアンドルの身に纏われているものと同じだ。


「予備品で申し訳ないがあげよう。また今度新しい物も贈らせてもらう」

「え?い、いや、大丈夫よ。間に合っているわ」


既に彼からは二種の香水を貰っている。

どちらも好みなので使わせてもらっているけど、まだ量が残っているのだ。今貰っても持て余してしまうだろう。


「恋人であるのだ。同じ匂いを身に纏っていて欲しいんだ」


首を横に振って要らないと主張するのに肩を抱き締められ耳元で囁かれた。

馬車の中での行為もそうだったがレアンドルは恋人のふりの範疇を超えることが時々ある。

よく考えてみたら時々じゃないわ。


「同じ香水を振り撒かなくても十分に恋人っぽく見られると…」

「それにこの匂いを嗅げばいつでも私の事を思い出してくれるだろう」


遮るように言われたのは甘い言葉だった。

この匂いを嗅げばいつでも思い出すって…。

もう既にレアンドルのことを考えない日はない。これ以上考えてしまったら日常生活に支障が出てしまうだろう。 


「もうレアでいっぱいになってるわよ…?」

「…っ、君は本当に私を煽る天才だな」


え?と言う声はくぐもったものに変わってしまう。

顎を掴まれ強引に振り向かされると貪るようなキスを贈られる。

こ、ここ、外!しかも屋敷の前なのに!

なにを考えているのだと振り払おうとするが慣れ親しんだそれは私の思考をどろどろに溶かしていく。

首が痛いし、恥ずかしいし、誰かに見られたらどうしようって気持ちが強いのに。それ以上にレアンドルとのキスが心地良い。離れてくっ付いて繰り返すたび鼻を擽る彼の香水の匂い。

やっぱりこれは貰えない。

きっと身に纏えば人には言うことが出来ないあれこれを思い出してしまうだろう。


「んんっ…!」


仕上げと言わんばかりに溜まった唾液を舌ごと吸われて身体がびりびりとする。引っこ抜かれる舌が切なくて、伸ばして捕まえようとするが追いつかなかった。

火照った頰、涙で潤んだ瞳、口の端から涎を垂らし、息も整っていないぐちゃぐちゃな顔で彼を見上げると額にキスを与えられる。


「そろそろ帰るとしよう。また来週会えるのを楽しみにしているよ」

「はい…」


お互いにおやすみの挨拶を交わして、馬車に乗り込むレアンドルを見送った。

あ、香水…。

キスであやふやになっていたけど結局置いていかれてしまった。強引に渡そうとしていた彼のことだ。返そうにも受け取ってくれないだろう。


「受け取るだけよ…」


仕舞おうと鞄を開けば奥底に転がるピンク色の小瓶。危うく使うところだったそれを見つめて深く息を吐いた。

馬車で行われた触れ合いが嫌じゃなかった。

レアンドルだったから受け入れることが出来たのだ。

自分の中に厄介な感情が芽生えてしまったことに嫌気が差してくる。


「好きになっても無駄なのに」


レアンドルは破瓜の責任を取ろうとして恋人らしいことをしているのだ。ちょっと度が過ぎることもあるけど大切にしてもらっている。本物の恋人になりたいと言ったら迷惑をかけてしまうに決まっているのだ。

とにかくこの気持ちはこれ以上膨らませないようにしないといけない。


「よし、帰りましょう」


屋敷の中に入ると夜も遅いというのに母が出迎えてくれる。

寝る準備を済ませたばかりの母は薄手のネグリジェにショールを羽織っただけと大変目のやり場に困る格好をしていた。

執事達が誰一人居ない理由がよく分かる。


「ヴィオ、おかえりなさい」

「ただいま戻りました」


軽く挨拶をすると母はにんまりと笑った。

この笑顔は関わりを持たない方が良い笑顔だ。さっさと部屋に戻ってしまおうと母の隣を横切った瞬間に腕を掴まれてしまう。


「ちゃんと薬は飲んだの?」


ば、バレてる…。

レアンドルとしちゃったことがバレているわ。

髪もドレスも元通りだし、化粧だって薄くやり直した。変な匂いだってしていないはず。

それなのに母には一瞬でバレてしまった。


「な、なにを言っているのですか?」

「ヴィオの蕩けきった顔で何をしてきたか分かるわよ」


蕩けきった顔って普通の顔をしていたつもりなのに。

どうにか誤魔化そうとしていると鎖骨辺りを指差されて「それから痕が見えてるわよ」と言い逃れの出来ない追撃がやってくる。

付けるなら見えないところに付けてよ。

それ以前に付けるなという話なのだけど焦っている私にそこまで考える余裕はなかった。


「で、薬は飲んだのよね?」

「飲んでいません。さ、最後までは…」

「ああ、していないのね。場所は馬車かしら」


何故これだけの情報量で分かるのだ。

母の恐ろしさを知った気がする。

震え上がっている私に「昔、私もお父様と同じ事をしたのよ」と笑う母。

その情報は要らなかったわ。この年になって親の情事を聞かされるのは勘弁したい。


「ふふ、ヴィオがどんどん大人になっていくわね」


元々、成人を迎えてから三年目の大人です。

楽しそうに笑う母に溜め息が出た。


「疲れているので部屋に戻っても良いですか?」

「ああ、ごめんなさい。そうよね、疲れるわよね」


含みを持たせて言わないで欲しい。

逃げるように自室に向かう際、母から言われたのは「おやすみなさい」ではなく「ちゃんと隅々まで洗ってから寝るのよ」だった。

相変わらず人を揶揄うのが好きな人だと苦笑した。

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