第17話
マダム・アストリのお店は大人しい外観に比べて華やかな内装をしていた。
流石は人気の仕立て屋だ。
「いらっしゃいませ」
奥の部屋から出てきたのは初老の女性。
紛れもなくマダム・アストリその人だった。
長い茶髪をぐるりと団子状に纏め上げた彼女は黒のワンピースに白のエプロンと簡素な服装であるにも関わらず身に纏う雰囲気は貫禄がある。
「エーグル公爵、ベルジュロネット公爵令嬢。ようこそいらっしゃいました」
王族に仕えていただけあってお辞儀一つ取って見ても洗練されており、こちらの気持ちも自然と引き締まるというものだ。
「マダム・アストリ、久しぶりだな。本日はよろしく頼む」
レアンドルに続いて挨拶をしようとするが、そこで久しぶりを付けるかどうかで悩んでしまう。
前を向くとマダム・アストリが目を細めて「ベルジュロネット公爵令嬢、お久しぶりでございます」と言ってくれた。
彼女は私のことを覚えていたのだ。
それにしても一瞬でこちらの悩みを見抜くとは流石としか言いようがない。
「お久しぶりでございます、マダム・アストリ。本日はお世話になります」
「お二人とも気軽にアストリとお呼びください。私はただの平民なのですから」
ただの、ではないと思うけど。
厳しそうな見た目に反して穏やかで謙虚な性格なのだろう。
「では、そうさせてもらおう」
「私もアストリと呼ばせて頂きます」
「ええ、是非そうしてください」
柔らかく笑うアストリにつられて私も頰を緩めた。
「それではベルジュロネット公爵令嬢の採寸を致しますのでエーグル公爵はあちらの席にて待機をお願いします」
「分かった」
「ベルジュロネット公爵令嬢はこちらへ」
「ええ」
窓際に用意された付き添い人用の席にレアンドルが座るのを見届けた後アストリに案内されて奥の採寸部屋に向かった。
「では、服を脱いで頂けますか?」
はい、と返事をしかけて口を閉じる。
表情には出さないが内心焦っていた。
普段だったら気にせず服を脱いで下着姿になれたが今は駄目な気がする。薄くなっているがレアンドルに付けられたキスマークや歯形が身体の至る所に残っているのだ。それを見られるのは色々と不味い。
なかなか服を脱がない私にアストリは首を傾げた。
「どうかされましたか?」
「い、いえ…」
「よろしければお手伝いさせて頂きましょうか?」
王妃様にアストリの時間を譲ってもらった以上はここで帰るとは言えない。
もうどうにでもなれとワンピースのファスナーを下ろすと下着姿の自分が姿見に映った。
やっぱり残ってる。
薄っすらではあるが点々と残るそれは見る人が見ればキスマークだと分かるだろう。良家のご令嬢がそれを付けているのは普通に考えればおかしな光景。
鏡越しに見えたアストリの表情も一瞬驚きのものとなっていた。
「あ、あの、これに関しては誰にも言わないでください」
自分の胸元に付いた痕に触れながらお願いするとアストリは笑顔で頷いてくれた。
「畏まりました。それでは採寸に移らせて頂きますね」
「お願いします」
アストリはなにも聞かずテキパキと作業を続ける。
無言の時間が気不味いと感じてしまった。
採寸が終わり、服を着るのを手伝ってくれたアストリはすぐに机に向かってデザイン画を書き始める。数年前に見た時よりも格段に速くなっているそれに驚きっぱなしだ。
「ベルジュロネット公爵令嬢、エーグル公爵の元に戻って頂いても大丈夫ですよ」
筆を置き、扉を開いてくれたアストリに言われて邪魔は出来ないと採寸部屋を後にした。
窓際の席に向かうと机に突っ伏したまま眠っているレアンドルの姿があり、起こさないように目の前の席に腰掛ける。
相当疲れていたのね。
行きの馬車で徹夜続きだったと言っていた。眠気を我慢して今日連れてきてくれたのは楽しみだった気持ちの他にアストリのところに来ることが決まっていたからかもしれない。
「レア」
小さな声で名前を呼び、窓から差し込む太陽に照らされ輝きを放つ銀色の髪に触れる。
硬質なそれかと思ったが意外にも柔らかくて、触り心地が良い。
起きている間は無表情ばかりの顔が幼く見える。ちょっとだけ可愛く見える彼を私は眺め続けた。
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