第3話

婚約者イヴァン殿下と親友テレーズの裏切りが発覚してから一週間。

私とイヴァン殿下の婚約は早々に解消された。そして二人が不貞を働いたという噂はすぐに広まった。正確に言うと父から話を聞いた母が広めたのだ。

酷い醜聞を持つ二人は社交界に居場所を失った。


イヴァン殿下は腐っても王族だ。婚約者であった私の後釜に収まろうと躍起になっている貴族は多いと聞いている。ただ王族の婚約者は貴族であれば誰でも良いというわけじゃない。伯爵位以上の身分、王家が定めた値以上の魔力保持者など多くの条件を満たさなければならない為、決めあぐねているそうだ。


逆にテレーズには碌な縁談がないらしい。

歳の離れた老貴族か特殊性癖を持っているという噂がある貴族からの縁談ばかり。

嘆いた彼女は伯爵家の領地に引き篭もろうとした。しかし私の父が逃げる事を許すわけがなかったのだ。

テレーズを晒し上げる為、招待を受けた舞踏会への強制参加の罰を与えた。普通なら彼女を招待する貴族は居ない。ただ私の両親の手回しによって多数の舞踏会の招待が送られているそうだ。


そして私は完全に腫れ物扱いだ。

本日は知り合いの公爵家が主催する舞踏会に来ている。

今までは王子の婚約者という立場だったせいで陰口を叩かれてきたが今度は同情する声ばかり。憐れみの視線まで頂いている。


「これはこれで辛いわ」


陰口を言われていた方が何倍もマシだった。

心の中で愚痴を吐きながら壁にもたれ掛かってお酒を呷る。

やけ酒をしないとやっていられないのだ。

舞踏会が始まった直後は声をかけて来た人も居た。ただ全員がベルジュロネットの名に釣られてやって来たお馬鹿さん達。淑女教育で習った『どんな時も笑顔でやり過ごす』を実行して逃げることに成功したのだ。

本日何杯目か分からないワインを飲み干したところで急に酔いが回ってきた。薬を盛られたわけじゃない。ただの飲み過ぎだ。

誰にも気付かれないようにそっと庭の方に出て行く。

夜風に吹かれて火照った頬が幾分かマシになるが酔いが治るわけじゃない。


「気持ち悪いわ…」


水でも持って来れば良かった。

そう後悔したのは会場から大分離れたところに到着した頃だった。

真っ白なベンチに座り込み、気持ち悪さをどうかにかしてやり過ごしていると今度は眠気に襲われる。こんなところで眠るのはどうかと思うが急激な睡魔は容赦なく私に襲いかかってきた。


「少しだけ…」


会場は盛り上がりを見せていた。抜け出す人は居ないだろうと私は目を閉じた。


「起きろ」


どれだけ経ったのだろう。誰かに身体を揺さぶられる感覚がした。重たい瞼を押し上げて目を開く。霞む視界の中に男性が映り込む。しかしぼんやりしている為、誰か分からない。


「大丈夫か?」

「んん…ねむい…です」

「ここでは風邪を引く。寝るなら部屋で休め」

「はい…」


強烈な眠気に襲われていた私は見ず知らずの男性に抱き上げられた。

あっ、良い匂い…。

くっ付いた身体から柑橘系の香水がふんわりと鼻の中に入り込んでくる。もっと嗅ぎたくて彼の首元に頭を擦り付けた。

ふと顔を上げるとほんのりと赤くなった男性と目が合う。

この人、誰だっけ。

見たことがある人だった。しかしぼんやりとした頭では考えることが出来なかった。


「誘っているのか?」


尋ねられてよく考えずに首を縦に振った。

その瞬間、男性の顔が降ってきて性急に唇を奪われる。


「んっ、ふっ…」


何度も何度も角度を変えてはくっ付いたり、離れたりを繰り返す唇。あまりの気持ち良さに考えることを放棄した私は彼の首に腕を回して与えられる快感に身を任せた。

気が付けば背中には柔らかな感触が広がっており、少しだけ肌寒い。


「綺麗だ」


男性はそう呟いて覆い被さって来た。

連れて来られるまでにしていたキスとは比べ物にならないほど激しいそれに頭がくらくらしてくる。余計になにも考えられなくなった私は甘ったるい声を出すだけ。


「優しくする」


男性からの優しい声に私は頷いた。

そこからの記憶はほとんどない。

ただ初体験だったというのに気持ち良さに何回も果てたことだけは確かだった。





「んん…」


朝日が差し込み、眩しさに目が覚める。

気持ち悪い…。それと頭も痛いわね。

起きて早々だけど完全に二日酔いだと分かる。視界に映った天井は自分の部屋の物じゃなかった。

ここ、どこ?

起き上がると全身に違和感を覚えた。視線を下げると衣服を身に付けていない一糸纏わぬ姿が目に入る。


「え?」


どういう事?なんで服を着ていないの?

世の中には裸で眠る人がいるというが私はその類の人間じゃない。

それなのにどうして裸なのだろうか。

現状を確認しようと動いたところで腰と股に強烈な痛みが走った。

起き上がっていた身体がベッドに沈み込む。

ふと隣に人の気配を感じる。おずおずと隣に視線を移動させると頭を抱えている全裸…と思われる男性がいた。


「へっ…」


情けない声が漏れた。寝起きでどこかぼんやりしていた頭が一気に覚醒する。

ど、どうなってるの!

男女が裸でベッドに寝ている。

それがどういうことなのか理解出来ない私じゃない。まさかと痛みを忘れて起き上がり被っていた布団を捲り上げる。真っ白なシーツには赤黒い血のような跡が点々と残っていた。それだけじゃないシーツには粘り気がありそうな白濁まで残っている。

血は疑いようのない破瓜の証だ。

じゃあ、先程の腰と股の痛みは…と考えたところで答えは一つに決まっている。

私は知らない男性と一夜を共にしてしまったのだ。


相手を確認しようと隣を見ると未だに頭を抱えている男性と目が合った。

お互いに見つめ合う。

それは決して甘ったるいものではない。お互いに驚いて固まっているだけだ。

知らない人じゃなかったわ…!

数秒後、知り合いの男性は起き上がりベッドに頭を押し付けるように頭を下げた。


「すまなかった!」


唐突な謝罪に一瞬固まったがすぐに頭を上げて貰うようにお願いする。


「あ、頭を上げてください!」

「謝って許される事じゃないと分かってる!」

「とりあえず頭を…」

「許してくれとは言わない!ちゃんと責任を」

「お願いですから頭を上げてください!」


叫ぶように言うと男性は恐る恐ると頭を上げた。

前のめりになっていて見えなかった男性の象徴が目に映り込む。悲鳴を上げそうになるのをぐっと堪えて、ぎこちなく笑う。

色々と話したいことがあるけど、その前に。


「とりあえず、服を着ませんか?」


提案すると男性は頷いてくれた。

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