【全年齢版】やけ酒をしたら女嫌いの公爵に溺愛されました
高萩
第1話
皆さんはやけ酒でやらかした事がありますか?
私はある。
やけ酒をした翌日、目が覚めたら隣には女嫌いで有名な公爵が座っていた。
お互いに全裸。
なにが起こったのかは一目瞭然。
二人揃って思ったのはきっと「どうしてこうなった」ということだろう。
ぼんやりと思い出すのは人生が変わったあの日。やけ酒でやらかす一週間前に起きた事件だった。
王城で行われている王子妃教育が終わり向かったとある一室から聞こえてくるのは耳を塞ぎたくなるような甘ったるい女の声だった。
少しだけ開いた扉の隙間から見えるのは全裸になってお互いを貪り合う男と女の秘事。
視界に映り込んだそれを理解出来ないほど私は子供じゃない。
もうすぐ王子妃になる身として閨教育を受けていたのだ。その行為がもたらす意味をよく分かっている。
普通なら気を遣ってその場から立ち去るのが最適解なのだろう。分かってるならさっさと立ち去れと思うかもしれないが生憎と足がすくんでいる為動けないのだ。
きっと私じゃなくても動けなくなると思う。
自分の婚約者と友人が浮気をしている場面に遭遇したら誰だって動けなくなるでしょ?
私の名前はヴィオレット・ベルジュロネット。
大陸の南方に位置する魔法大国オワゾー王国の公爵令嬢。
つい先日十八回目の誕生日を迎えたばかりの私には貴族らしく八歳頃に婚約を交わした相手がいる。
名前はイヴァン・ヴォラティル。
オワゾー国の第二王子。年齢は私と同い年。
幼い頃からの付き合いである私達は喧嘩することなく仲良くしていたと思う。そして来年の春には挙式を控えている。
それを無にしたのはイヴァン殿下の浮気だった。
イヴァン殿下が組み敷く相手は私の友人。
名前はテレーズ・ミラン。
ミラン伯爵家のご令嬢。私の幼馴染であり、一番の親友だと思っていた同い年の女の子。
このまま一生友人関係を続けられると思っていたのにテレーズは私を裏切ったのだ。
私の存在に気が付かない二人は獣のように交わり愛を紡ぐ。
そうこうしているうちに大きな波に攫われた二人はぴたりと身体を重ねた。
愛おしそうに口付けを交わす二人を見た瞬間、自分の中にある二人を思う気持ちが壊れた。
馬鹿みたい。
近くに居たのにも関わらず二人の関係に気が付けなかった鈍い自分に愕然とした。
二人はどんな気持ちで私の婚約者で、親友で居たのだろうか。
なにも知らない私を陰で嘲笑っていたのだろうか。
本当に嫌になるわ。
鈍感な自分にも、裏切り者の二人にも嫌気が差した。
気が付けば扉を思い切り開いていた。
当然二人はこちらを向く。私を視界に捉えた二人は揃って同じように驚いた顔をする。そして仲良く顔を青褪めさせた。
まあ、そうなりますよね。
私は冷めた表情で二人を見下ろした。
「お二人とも随分と仲が良いみたいですね」
私が言葉を発するとイヴァン殿下が焦って起き上がってくる。組み敷いて愛を囁き合っていたテレーズを足蹴にした彼は一糸纏わぬ姿のまま私の足元に転がった。
近づいて来ようとする彼を魔法で転ばせたのは私だ。
それにしても焦ったからと想い合っている女性を足蹴にするのはどうなのでしょうか。
浮気するような人の考えだ。碌なものじゃないだろう。
「ヴィオ、どうしてここに居るんだ!」
「あら、イヴァン殿下が私を呼び出したのではありませんか?」
妃教育が終わったらお茶をしよう。
イヴァン殿下に誘われた私は妃教育が終わった後で彼を探していたのだ。そして彼を見つけた私は信じられない光景を目にした。
呼び出しておいて、親友との情事を見せられるとは思っていませんでしたよ。
「どうして、この時間はまだ妃教育を…」
イヴァン殿下はうつ伏せになりながら弱々しく呟く。
「残念ながら私の妃教育は修了目前です。後は復習をするだけなのですぐに終わりますよ」
「そんな…」
十年間かけて王子の妃になる勉強を必死にして来たというのに。まさかこんな裏切り方をされるとは思わなかった。
冷たく見下ろしていた裏切り者その一から裏切り者その二に視線を移す。私の視界に映った元親友は青い顔のままびくりと身体を震わせた。泣きそうになりながら辺りに散らばっていた衣服をかき集めた彼女は素肌を隠そうとするがもう遅過ぎるのだ。
「ヴィオ、ち、違うの!」
「テレーズ、ご機嫌よう。なにが違うのかしら?」
「それは…とにかく違うの!」
言い訳も思いつかないのだろう。
テレーズは『違う』という言葉だけを何度も繰り返す。はっきり言って不愉快だ。
「テレーズ、その口調やめてくれないかしら。貴女は伯爵家の娘、私は公爵家の娘よ。敬語を使いなさい」
もう友人ではないのだ。
気安く話しかけてもらいたくない。
私に突き放されたテレーズは青い顔を白くさせフラつく。揺れる身体を支える為に手を付いたのは情事の証がべったりとくっ付いた長椅子だった。
「テレーズ、貴女が今触れているものが裏切りの証拠よ」
失神寸前の彼女から目を離して改めて足元に転がっているイヴァン殿下を見据えた。ゆっくりと頰を緩ませ口元に弧を作った私はすっと息を吸い込む。
イヴァン殿下は裏切り者であるが頭が悪いわけじゃない。
私がなにをしようとしているのか気が付いて止めようとするが拘束魔法を使ってそれを阻止する。
「誰か来てください!」
私は十八年の人生の中で最も大きな声を張り上げた。
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