第18話 喫茶店のお手伝い(表向き)
「……ということは手続き自体とってないということですよね?」
俺の名前はヒデオ。大学で研究をしている。肩書で言えば助教授になる。しかしそれは世を忍ぶ仮の姿であり、本当の俺は仮面をかぶり悪と戦うヒーローだ。いつものとおり、俺の正体を知り一緒に悪と戦うブレイン役である『おやっさん』がマスターをやっている喫茶店に来たところ、中からそんな声が聞こえてきた。
「こんにちは。おやっさん、何かあったんですか?」
おやっさんと話していたのはスーツ姿の2人組。パッと見たところヤクザではなさそうだが、何かのセールスマンでもなさそうな独特の風体をしていた。正体がわからず俺は自然と警戒心を強めた。
「やあヒデオくん。実はね……これが困ったことになってね」
「なにっ! 原因はこいつらですか?」
「いや違うんだ……いや違わないけれど、彼らは別に悪くはない。彼らはね、――労働基準監督署の人なんだ」
「労働基準監督署!?」
我々の切りこむタイミングがきた、と気勢を察したのだろう。2人のうちの年配の男がこちらに向かって話しかけてきた。
「その通りです。私たちは労働基準監督署から来ました。――それで、あなたがヒデオさん? ですかね。ここで働いているんですよね?」
「俺がここで働いているだって? そんなことないですよ?」
「しかし……あなたはこのマスターの指示のもと、長時間、労務に服しているのではないか……というタレコミがありましてね。実際のところはどうなんですか? このマスターの指揮命令下にあり労務の提供をしているんですか?」
「……えっとーその、もちろんどうするとかこうするとかの指示をもらって動くのは、まあそりゃああるけど……」
「それは毎回ですか? それともたまに?」
「えっと、まあほとんど毎回……かな?」
「ということはやはりマスターの指揮命令下にあると言ってもいいでしょうね。それも継続的ですし、――あなた喫茶店の手伝いなんですよね? これはやはり雇用関係にあると言って間違いないでしょう」
「いや手伝いっていうか、それは表向きで……」
「……表向き?」
「なんでもありません。裏向きも喫茶店の手伝いです。間違いありません」
もちろんだが、俺がヒーローとして活動していることは誰にもバレてはいけない。知っているのはおやっさんだけだ。そうしないと周りに危険が及んでしまうからだ。だから表向きはこの喫茶店の手伝いをしていることになっているのだ。
「……ふむ、まあいいでしょう。ちなみにマスターから聞きましたが、あなた給料は確かもらっていないんですよね? あと、ここでの飲食に支払いをしたことはありますか?」
「給料ってのは……まあもらってないかな。――でも、確かにここでお金を出したこともないな……」
「ということは現物支給ということですね。最低賃金とのカラミも見ていく必要がありそうですが、まあそれは後にしましょう。そもそも労働者を使う場合、雇用主は労災保険の手続きが必要になりますし、時間数に応じて雇用保険や社会保険などの加入も必要に……」
男の弁舌に勢いがのってきたその時、俺とおやっさんが腕につけている時計型受信機のアラームが鳴り響いた。――敵だ! あいつらがやってきたんだ! カウンターの中のモニターには敵が現れた姿が映しだされている。
「あのちょっと、ごめんなさいね。あの作戦会議っていうか、その……店の、話し合いがしたいので今日のところはお帰り願えますでしょうか」
慌てたおやっさんが2人をお引き取り願おうとするが、その態度が逆に怪しく映ったのだろう。
「マスター、あのですね。もちろん現在手続きをしていないことは問題ですが、一番おおごとになるのは我々に非協力的な態度をとる場合ですよ。最悪の場合、労働基準法違反ということで多額の罰金、なんてこともありえるんですからね」
「いやわかった、そういうのはわかった。わかったからちょっと今はちょっと待ってください。ほらっ急がないとあの、――市民が危ないんですよ!」
「……はあ? 喫茶店ですよね?」
「いやそれはその、配達を待っている人がいて……命がけで……」
「ふーん。そういえばヒデオさんは大学で働いていらっしゃるのが本業で、ここは副業なんですよね? 今ですねー副業をするのは認める世の中になっているんですけど、監督署的には労働者の安全のためにきちんと本業の方に副業の詳細等を伝えなきゃいけないってことになってるんですけど、そういうのはちゃんと……」
「いやもうほんとそういうのあとでやるから!!」
――2人組を突き倒し、俺は現場に急行した。俺の活躍のおかげで、今日も市民の平和は守られた。しかしそのまま喫茶店に戻るわけにもいかず、おやっさんと喫茶店の平和が守られたかどうかはわからないままだ。
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