第76話 卑怯な殺し文句

日露仏連合 神奈川県横浜市


ここに来てから数ヶ月ほど経った…。

そして、私はその後も記者の仕事をしていて今日は近場での出張だった。

その場所で私は一度ラーメンを食べに出かけたことがあった。

今日は、あいにく1人なのだが…その店には2人で行ってももう食べることができない。

既に店主も居ないからだ…。

私は、店のあった場所に居る。

カメラを持ちながら、壁の外側のがれきが撤去された更地に私は立っていた。


日仏露連合とモンゴル帝国の合意したすぐ後、東京で大きな地震が起きた。

横浜に私も揺れを感じ、実際にこの光景を目にしている。

軍の壁により内陸部への被害は少なく、軍艦なども被害を受けることはなかったようだが木造の家は倒壊や焼失し、政府は土地計画の運用を新たに決定した。


さて、私は辺りを見回したが誰も来なかった。

そもそも、こんな何もない場所に誰が来るのだと思った。

軍の壁を通り、この作り直された軍が管理する埋め立て地に誰が来るのかと思っていた。

しばらくして、黒い車がやって来て陸軍の兵士が車から降りてきた。


「ジム・ホワイトさんですか?」

「はい、そうですが…一体いつになったら来るんですか?」

「…誰か来るのですか?」

「…誰かがここに呼んだわけではないんですか?」

「…失礼いたしました。桜様のところまでご案内いたしますので乗ってください。」


私は、車の後部座席に座ると車は来た道を戻るように壁を後にし、厚木の方へ向かい、そのまま上野原のある建物に着いた。

運転手は、道中無言で少々緊張しているようにも見えた。

着いた建物は、古い日本家屋のような外観の建物だったが内装は日本のものではなく格式のあるイギリス風のものだった。


「着きました。」


私が、車を降りるとそこには岸辺(きしべ)拓斗(たくと)が居た。


「岸辺…なぜ、あなたがここに?今日は、社内で仕事をしているはずだが…。」

「本物の岸辺拓斗ですよ。ホワイトさん。さあ、中に入ってください。桜様がお待ちです。」


ホワイトは恐る恐る館に入った。

そして、岸辺に案内された部屋に2人で入った。

部屋の前には、武装した兵士が2人居てそれぞれ陸軍と海軍の兵士だった。


「桜様、お連れしました。」


窓の外を向いていた黒髪でドレスを纏った少女は外を見ていた。

赤いドレスに白い手袋を嵌めた彼女はどこか虚ろ気な気がした。

部屋には、丸いテーブルと椅子が2つ対に置いてあった。

彼女は奥の方の椅子に座ったので、私は岸辺に目で誘導された手前の椅子に座った。


「はじめまして、ジム・ホワイトさん。桔梗(ききょう)桜(さくら)と言います。あなたのことは、入間基地…この世界にいらした時から知っていますのでご安心ください。」

「…そうですか。」


ホワイトはあくまで冷静にそう言った。

しかし、彼女が私をここに呼んだ訳を知りたいと思った。

岸辺は特に何も言わずに黙っていた。


「どうしましたか?あっ、私としたことが紅茶がまだでしたね。岸辺さん、紅茶をお願いします。」

「了解しました。すぐに持って来るように言いますのでご安心ください。ホワイトさんもどうかご安心ください。急にこのようなことになってしまい戸惑いもするでしょう。でも、あなたは私のことが少し妙だと感じていたはずです。その奇妙な感じのこともお聞きになるといいでしょう。では、失礼いたします。」


そう言うと岸辺は部屋を出て行ってしまった。


「…その聞きたいことはたくさんあるのだが、何についてでもあなたは答えてくれますか?」

「それはいい質問ですね。でも、私は全ての問題に対して答えを持ち合わせていませんし、何よりそれがジョークだとしたら答えはノーです。」

「これは、失礼。ジョークのつもりではないよ。ただ、確認が取りたかっただけなんだ。」

「なら、良かったです。…その質問の前に少しお話をしてもいいでしょうか。」

「ああ、構わない…その君はジョークが苦手だったりするのかい?」

「ふふっ、あなたは優しそうな方ですね。…そうですね、笑えるものは好きですね。」


ホワイトは、桜が笑ったことに少し安堵した。

なるべく会話がしやすい感じに持っていきたかったからだ。


「それじゃあ、お話しますね。」

「ああ、頼む。」

「はい…まず、私はボナパルトさん、山本さん、ピョートルさんと同じ位の者です。そして、なた達がこの世界に来てから現在に至るまで監視を続けています。現在までの死亡者は居ませんが軽症の方が居ます。では、本題に入りましょう。今日、私が、あなたに会いに来たのは他でもなくあなたの確認に来たからです。」

「私を監視しているのに確認に来たのですか?」

「ええ、それとお願いしたいことがあります。」

「それは、どういうことですか?」

「モンゴル帝国より西側にある欧州国郡に行って欲しいのです。」

「…欧州国郡…なんですか、その組織は?」

「いえ、組織ではありません。この国の西側にあるモンゴル帝国より西側にある国の集まりです。あなたの故郷でもあるイギリスもそこにあります。」

「そうですか…しかし、私はなぜそこに行くのですか?」


ホワイトは、そう疑問に思った。

少なくとも、この国で暮らせるわけではあるし、何より自分が自由はあるものの囚われている身ではないのかと思っていたからだ。

だが、桜は特に彼を気にする素振りはなく言葉を続けた。


「MSG(ミス・スカイ・ガール)と言うのはご存知ですか?」

「…いえ、そういう組織があるのですか?」

「あっ、すいません言葉足らずでしたね。正確には、あなたが居た入間基地に創設されている広報音楽部隊のことです。」

「それなら、知っていますよ。その日は、ライブもしていましたし…なんせ、主要基地ごとに配備されている舞台で航空中央音楽隊も来ていたとか…。しかし、その部隊と私に何の関係が?」

「はい、MSGと日仏露連合の音楽隊の混成部隊が海外でのツアー活動を行うのでそれに動向してもらいたいのです。」

「…私がですか?」

「はい。」

「しかし、私の担当している分野とは異なりますが…。」

「それはわかっています、ですが、残念なことにあなたの選択肢はないはずです。」

「そんな…横暴ですよ!」


ホワイトは、そう声を荒げたが桜は何も驚かなかった。


「…正直なところ、申しますとあなたがこの世界でどんなに働いてお金を稼いでも元の世界に稼いだお金や人との関係は意味をなさないんです。」

「…。」


それは、わかってはいたが改めて言われると少し傷つく言葉だった。


「では、どうしろと…。」

「まず、あなたに知ってもらいたいことを私はあなたに話します。そして、あなたが知らなくても良かった情報もあなたに話しましょう。そうした上で、元の世界に帰るためにするべきことをあなたにやってもらいます。」

「…桜さん、あなたは私には選択肢が無いと言いましたが、私には選択肢があるように思えます。もし、私が今、やりたくないと言ったらどうするのですか?」


単純な疑問だった。

おそらく、彼女達は私にやってほしいことがあるのだと…。

しかし、私がやらないと言ったら彼女達は何をするのか?

そうなると、少なくとも私にはやるか、やらないかの選択肢があることになる。

そう、ホワイトは考えた。

桜は、少し怪訝そうな顔をしてこう言った。


「そうですね、あなたの身体は仮初の身体なのであなたの精神を眠らせた状態でことを済ませた後、また起こします。そして、あなたはそのまま元の世界にお帰りください。」

「…なんというか、魅力的ではあるが…そんなことが本当にできるのか?」

「はい、出来ますよ。やってみましょうか?」

「いやっ…。」

「ふふっ、それじゃあやりますね。」

「まっ…。」


視界が黒くなり、意識が遠のいたと思った後、夢から醒めるように私の視界は色付き始めた。


「…。」

「これで、信じてくれましたか?」

「ああ、わかった。…それより、これはいささか失礼ではないでしょうか?あなたは、私よりも若いのに…。」


すると、桜はまた笑った。

ホワイトは何がおかしいかわからなかったが、彼女の言葉でわかった。


「私は、あなたよりも何千倍も生きていますよ。…いえっ、そもそも時間の数え方はどうすればいいんでしょうね。」

「…。」

「では、ホワイトさん。答えをお聞かせ願いますか?すべてを知り、行動をするか…それとも、ゾンビとなって元に戻るか…私は、ゾンビになった方の方が扱いが楽ですけどね。」


そう、付け足すように桜は言った。

人の怖さを煽るという交渉術である為、私はこう答えるしかなかった。


「やります。…その行動とやらを…。」

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