第21話 ある男の備忘録

6日目


何故だろうか、昨日はあんなにも早く寝付けたというのに身体が重い。

年のせいもあるのだろうが、ここんとこそんなものは感じてはいなかった。

ようやく、解放されたような気もしたがそんな事も無かった。

昨日は…何があったのだろうか。

そうだ、確かに俺は入間基地を飛び立ってようやく着いたと思ったら今度はトラックの荷台に載せられたんだっけ。

そして、目が覚めた。

どうやら、私は、まだ、寝ぼけているようだ。

そうだな、そろそろ珈琲(コーヒー)を飲んでみたい。

それも、コーヒーミルで砕いたモカブレンドをだ。

そして、私は、身支度を整え食堂へと向かった。

どこにあるのかは、覚えてはいないが昨日、案内された場所へというように私は、歩いた。

途中、前に私と一緒に来た人達が歩いていたので彼等の後を追った。

私は、そこで食事をした後、会議室へと足を向けた。

この場所なら、なんとか1人でも辿り着けるとこができた。

まったく…情けないばかりだ。

デスクワークに慣れていた私は、あまり歩くことも無かった。

そして、どこかに出かけようとも思ったことはなく、休日はもっぱら身体を癒す為に費やされていった。

そして、月曜日が始まる度に私は、憂鬱な気持ちでデスクに向かい、たまに、窓の外を見てはため息をついた。

そして、休憩時間には必ず煙草をふかしに行き、また戻って仕事をする。

そう考えるなら、私は、この事態に巻き込まれてから有意義な時間を過ごす時間があった事に後から気づいた。

なんで仕事の事を考えていたのだろうかと。

そう、ただ私は、日々を日記のように綴り、ただ出来事をありのままにメモしていた。

それでも、とりこぼすこともあり、その度に仲間内で情報を整理して共有していた。

戻った時に、すぐに記事を作れるようにするためだと、自分に言い聞かせた。

しかし、それは、叶わない願いなのかもしれないと私は思ってもいた。

けれど、今日はどんな話が聞けてどんな反応を私以外の人が示すのだろうか。

私はそんなふうにも思っていた。

自分のことなのに、他人の事のようしてただ目の前のことはただの仕事なのだと思い込んでいるのだろう。

とはいえ、もう少しだけ待っているのもいいかもしれないと思いもした。

このメモ帳には、まだ書ける場所はある。

そこを私は、埋めていくだけだ。

それが、書けなくなるまで埋めることができたらその時は、私自身の体験談としても書いていいのかもしれない。

ただ、自分の心情を少しでも反映されてもいいじゃないか。

私は、そう思った。

とはいえ、昨日の夜の事は誰か信じてくれる人がいるのだろうか?

この日本で、そんな事があっていいのだろうか?

そんな話を、私はされた。


「皆さま、お疲れのところすいません。

今日も移動お疲れ様でした。

覚えている方もいるでしょうが改めて自己紹介を。

私は、山本…いえ、これでは不十分ですね。

私は、山本五十六(いそろく)。

そう、大東亜戦争…いえ、太平洋戦争で死んだ人間です。

しかし、今はそれほど重要なことではありませんね。

私は、ただ名前の似た別人くらいに思っていてください。

この通り、手の指は一本も欠けていませんから。

ようするに、あなた方は平行世界(パラレルワールド)に迷い込んでしまいました。

けれど、迷い込んでしまったというよりも私たちがあなた達を呼んでしまったということが真実に近いでしょう。

この世界の人達は、その機能を通して文明を発達させて来たようです。

それこそ、文化や言葉なども私たちの世界から輸入した感じですね。

…つまり、その輸入をした際に生じた時空間での累積された軋みが原因であなた方…そして、入間基地も巻き込まれてしまいました。

あなた方をもとの世界に送り返す方法は検討中ではありますが、何年後になるのかはわかりません。

今は、他国との実質的な敵対関係や戦争をしているために資源の配分がこちらにまで、回る可能性は低いです。

っと、ここまではまだ序の口です。

明日も今日と同じ様な事を言いますので、その都度理解していただければ幸いです

そう、この平行世界に紛れ込んでしまったのは私も同じなんです。

それも、何十年…いや、1500年ほど前になります。

とはいえ、時間はあまり関係ありません。

あなた方も私と同じ同郷のものであるなら、何十年経ったとしても肉体は歳を摂らないでしょう。

そう、それこそが私達がほかの世界から来たことの証明となります。

つまり、私達はこの世界に産まれていなかった。

この世界のものでは無いからこの世界の規則に縛られない。

そう、言えるのです。

そう、そして、歳を取らない言わば不老不死である。

私達は、この世界では異質なものとなります。

そして、私たちの身体はエネルギーとして見なされます。

それこそ、魔法や超科学と言ったものに分類されます。

このエネルギー状態を、多次元間エネルギー運動、高量子状態と私達は呼んでいます。

それも、かなり純度の高い状態での顕現…。

わかりやすく言うなら、あなた方は核爆弾その物です。

そして、この力そのものを図に示すとこんな感じですね。

私達が移動したことで、私達が居た世界とこの世界の間に軋みが生じ続けるためにエネルギーが私達に流れ込む。

そんな感じです。

ちなみに、これに体格差や年齢は関係ありません。

エネルギー量は、おそらく、過多のはずです。

そう、そして、あなた方にはこれから訓練をしてもらいます。

このエネルギーを、有効に使いかつ制御する為の訓練です。

明日から、今すぐにでも始めたいと思います。

そして、その上で今後どう生活していくのかを考えてください。

とは言っても、あなた方の選択肢は二つに一つですからね。」


彼、山本五十六が言った事はほとんどわからなかった。

ただ言えるのは、この事態が引き起こされた要因のみの説明で、今回、実際に起こったことの説明ではなかった。

そして、彼にも何かしらの隠し事があることはすぐにわかった。

彼の外見については、実際に見たことがない。

いや、それ以前に私はこの世に産まれても居なかった。

だから、私は山本五十六という人物がどういう人だったのかも知らない。

また、知っているのは映画や、ミリタリー小説、雑誌に書かれている人物像だけだ。

私は、彼を見たが物腰柔らかそうな感じはなく、ただ任務を全うするだけの兵士に見えた。

目には、燃えるように熱い闘志が、冷たく硬い水晶体の中に閉じ込められているような眼光だけが、彼を表す重要なパーツのような気がした。

私にとって、山本五十六は過去の人物でしかない。

それも、教科書にすら見かけることのない人物だ。

日露戦争、太平洋戦争を体験した軍人。

そういうもので、私には夢物語の世界に住む住人だった。

しかし、今、彼は私の目の前に、私の人物像とは違う状態で現れた。

とはいえ、彼が本人という保障はどこにもない。

そして、彼の姿もわからない。

あの姿が彼の若い時の姿だとしてもだ。

私が、知っているのは日露戦争で手を失った後の彼だ。

今は、明日の事を考えるだけでいいだろう。

明日は、どうやら人権…国籍の配布が行われるそうだ。

私たちは、まだこの世界では産まれていない無国籍になっているそうだ。

本来ならば、日本国籍がまだあるとは言えるのだが、今は、そうは言ってはいられない。

とりあえずしばらくは彼らに従うのが得策だと思う。

こちらからは、何も動けないということだ。

彼らが言うには、今、私達は臨時的に日本国籍を持っていることになっていて、こうして互いに言葉を交わせるそうだ。

しかし、臨時ではなくなると会話ができなくなるということだ。

言葉を失うではなく、自動的に働く言語の互換機能…自動翻訳ということだろうか。

それがなくなるそうだ。

あいにく、日本語と英語は話せるので大丈夫だと思ったのだが、公用語はロシア語、日本語、フランス語だけだった。

これから、どうなるのかはわからないが今日もここに日誌をつける。

なお、ところどころに抜けがあるので完全な報告書にはならない。

これはあくまでも、備忘録だ。

私が私でいるための。


渡 大吾

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