第26話 交渉成立

 登山道のない山を越える事は、彼等には無理だったので、山は全て迂回する事となる。

 その為、予想通りと言うべきか、あまり距離を稼ぐ事はできなかった。

 このペースだと、予定通り3日目の朝に、中間地点付近に到達といったところだろう。



「<水創>」


 俺は全員の水筒に水を補充する。

 サバイバルでもっとも便利な魔法だ。


「おー、便利だなー、僕も頑張って覚えようかなー」

「セラフィン卿なら、簡単に習得できると思いますよ」


「よーし、じゃあ教えてくれよー」

「喜んで。ですが、まずは野営の準備を始めましょう。あの辺りがいいですね」



 俺達は日が暮れる前にキャンプを設営した。と言っても、やったのはほとんど俺だが。

 クーデリカ達もテントの設置方法は習っているが、普段やらないので手際が悪い。

 任せておくと夜になってしまうので、手伝い始めたら、いつの間にか全部俺がやらされていた。



「――お! 手から水が滲んで来たぞー! これ汗じゃないよね?」

「水ですよ、セラフィン卿。この調子なら、ピクニック中に習得できるかもしれませんね」


 セラフィンのクラスはルーンナイト。

 剣術、魔法、どちらも得意とする万能職だ。基本魔法の習得など容易たやすいだろう。


「なあニル、僕には普通の話し方でいいぜー? 学校にまで身分を持ち込むのは、どうかと思ってるからさー」

「ではお言葉に甘えて」


 クーデリカ、セレナーデに引き続き、タメ口OK3人目だ。

 俺から積極的に関わろうとすれば、セラフィンとは、もっと早く仲良くなれただろうな。


「セラフィン! それはフォンゼル王太子殿下への反意という事か!」

「いや、別にそうはならないだろー。あくまで僕の個人的な考えだし」

「まあまあー! さあ、ご飯もできたし、食べよー!」


 できたっていうか、俺が作ったんだけどね。

 バックパック内の携帯食料は貴重なので、それは取っておきたかった。

 その為俺は、森の中でウサギを捕らえ、野草と共に石焼ソテーにしたのだ。



「何これ……おーいしー!!」

「本当だ! すげー、うめー!! ニル、料理も得意なのかよー」

「ちっ、まあ平民だからな……」


 文句を言いながらも、レオンティオスはガツガツと肉を食っている。

 料理スキルLV9を舐めるなよ! ろくな調味料が無くても、宮廷料理に引けを取らない飯が作れるんだぜ?



 食事が終わった後は、明日の予定について話をし、焚火を囲みながら4人で星空を眺める。――うん、こういうのは悪くない。


「ねえねえ、みんなは卒業した後どうするのー?」

「僕は領地を任される予定だぜー。なんとか小麦の生産量を増やしたいな」

「俺は副騎士団長の任に就きます! すぐに団長に昇進しますよ!」


 ケテル・ケロス勇者学院に入学する者は、ほぼ全員が王族・大貴族。

 入学する前から、すでに将来は決まっており、実際に勇者となって強大な魔物と戦う者は1人もいない。

 この学院には、将来の指導者同士で親交を深める事と、箔付けの為に入学しているだけなのだ。


「ニルはー?」

「特に考えていないな。大往生さえできれば、それでいい」


 3人が大笑いする。


「何それー! 夢がないなー!」

「じゃあ何の為に、2,000万も払って入学したんだよー」

「ふはは! それでいいぞ! 平民は畑でも耕していればいいのだ!」


 農民か……村に戻って静かに暮らす。それが一番いいかもな。

 もちろん、それが叶えばの話だが。


「……クーデリカは?」

「ズバリ国外逃亡です! 王族めんどくせー! 平民になりてー! あはははー!」

「君は昔から、それ言ってるよなー」

「な、なんという事を……」


 そうだったのか。だから平民の俺にも、分け隔てなく接してくれたのだろうな。


「ヒノモトに行こうと思っているのか?」


 クーデリカの隣に置いてある武器を見ながら尋ねる。

 俺がもっとも使い慣れた剣。カタナだ。


「その通り! なんてったって、タルソマ公国から一番遠いからねー! これ、手にいれるの大変だったんだよー!」


 クーデリカはカタナを抜き、美しい刀身をあらわにした。かなりの業物である。

 これを入手するには、相当な金と手間が掛かっただろう。


 ヒノモトか……行くのは大変だが、良い国だ。

 最初はネバネバする腐った豆と、黒い紙を食わされて、びっくりするが。

 だが今は、あれが恋しくてたまらない。


「……俺も行きたいな」

「本当ー!? じゃあ、私と一緒に逃げようよー!」

「駆け落ちかー。でも君は、そんなにロマンチックな女じゃないだろー」

「こ、公女殿下、それはなりませんぞ!」



 遅い時間になったので、1人ずつ見張りを交代しながら就寝する。

 最初はセラフィン、次にレオンティオス、その後にクーデリカ、最後が俺だ。



 男女の話し声で、俺は目を覚ました。

 どうやら、レオンティオスとクーデリカのようだ。


 俺はテントの隙間から外をうかがう。

 2人が野営地から少し離れた場所で、何か話しているのが見えた。


 少々心配になったので、スキル兎の耳を使おうとしたが、その前に話が終わり、クーデリカがこちらへとやって来る。


 のぞいていた事がバレると気まずいので、俺は寝たふりをした。



「おーい、ニルー。交代の時間だよー、起きてー」

「ああ、分かった」


 テントを出ると、レオンティオスが俺を睨みつけながら、自分のテントへと入って行った。


「……何かあったのか?」

「あははー……付き合ってくれってしつこく言われたのー」


「レオンティオスのやつ、一線を越えやがったな」


 王族や貴族は10歳にもならない内に婚約者が決まる事が多く、レオンティオスも例外ではない。

 奴は婚約者がいながら、クーデリカに手を出そうとしたのだ。

 しかも彼女は第二王女。許される事ではない。


「ニルに一緒にヒノモトに行こうって言ったのが良くなかったみたいー。焦ったのか、ガンガンアプローチしてきたー」

「俺が余計な事を言ったせいだな。すまん。――で、ちゃんと断ったのか?」


「えーっとね……」


 クーデリカは気まずそうに、俺をチラッチラッと上目遣いで見てくる。嫌な予感しかしない。


「ニルと付き合ってるから諦めてって言っちゃったー。あははは」

「おいおい、勘弁してくれよ! 下手すりゃ、俺、斬首刑だぞ!?」


 平民が一国の第二王女と付き合うなど、言語道断である。


「ピクニックの間だけでいいからさー、そう言う事にしておいてよー、ねー?」

「ええー……」


 一度誤解を受けてしまうと、それを解くのは大変だ。お断りである。



「――私とリリーが、どんな事してたか教えてあげる……ついでにドロシーとセレナーデも……」


 クーデリカは俺の耳元で淫靡にささやいた。


「うーん……気にはなるが、命をかけるほどの事ではないぞ」

「じゃあ、お試しね」


 彼女はさらに、唇を俺の耳に近づける。


「4人で一緒に、リリーの部屋に泊まった時の話なんだけど……」

「ん? ほお……おお……なるほど……ローテーション方式で……」


「うん、それでね……私とドロシーでセレナーデを……」

「ほおおおおおお……! それでそれで!?」


「ここでサンプル終了でーす!」

「くそおおおおお……! 続きを……続きをお願いします!」


 俺はクーデリカの偽彼氏となった。

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