第74話 女騎士、散る
(加速を2回かけたレイピアの攻撃……)
ケイトの渾身の突きは、当たれば相当なダメージを与える必殺の攻撃。
しかし、アリナには通じない。魔法は自分のステータスを強化するものは使ってよいことになっている。
だから、スピードを増す加速や相手のスピードを落とす『減速』などの魔法は警戒すべきものだ。
努力を積み重ねれば、才能に打ち勝つことができるか。
精神力は体力、技術力を越えた結果をもたらすのか。
多くの人間がこのことを思い、そして経験や科学的思考、実験等で結論を出す。時にはやはり努力が勝つという結果になり、時にはやはり才能だと言われる。
ケイトが勇者アリナに仕掛けたのは、才能に恵まれなかった彼女の努力が才能あふれ、何不自由ない環境で育ったアリナに勝るかどうかということである。
「あのお姉さんのステータスじゃ、どう考えても勇者には勝てないだろう」
ケイトのステータスとアリナのステータスを見比べることができるルーシーは、結果がどうなるか予想がつく。
平均してCランクのケイトがほぼSランクのアリナに勝てる要素はどこにもない。
「いや、実戦ならそうかもしれないですわ。しかし、パンティオンは競技。あの女騎士が勝つ可能性は0ではないですわ」
クラウディアは興味深そうにそうコメントしている。ユートはアリナに釘付けで、ルーシーの言葉なんか全く耳に入らないようだ。
「可能性が0でないか……」
ケイトの全身がわずかに光った。自分に向けた魔法の発動である。
(加速の魔法の2回重ね……)
加速の魔法は1回で体の動く速さを2倍にする。
それを2回重ねれば2×2の4倍だ。
それ以上は人間の体では耐えられない。
2回重ねるのも相当の修練を積んだ者しかできないことだ。
突進したケイトがレイピアを振る。
すさまじい攻撃を繰り出す。
ケイトはアリナと切り結び、その後方へ抜けた。
加速の効果はなくなり、体が重くなる。筋肉の酷使による副作用だ。
(加速の2回かけの速さにも反応するとは……)
ケイトの繰り出した攻撃は12回。
すべてアリナは剣で受けた。
(さすが勇者……しかし、それは計算の内)
ケイトの狙いはここからであった。
後方に抜けた刹那の瞬間。
これはケイトのもう一つの切り札を出した結果である。
加速だけではアリナの正面に到達するのが限界。
後ろまでは進めなかったであろう。
ケイトの最後の切り札。
それは……『縮地』……加速とは違う体系の魔法。
いや、魔法というべきではない。
これは熟練した剣士が自らの肉体でもって具現化する技である。
一足飛びに相手との距離を詰め、攻撃する奥義中の奥義。
ケイトが師事した剣術の究極の奥義である。
まだ若いケイトがこれを使えるのは異例中の異例だ。剣の才能はないと言われたケイトの血のにじむような努力と不屈の精神によってなせる業。
ただ、ケイトが出せるのは1回のみ。
それ以上は体がついていかない。
そして必ずしも成功するわけでもなかった。
(成功する可能性はわずかに20%ほど……実践ではほぼ使えないレベル……。だけど、今は成功した!)
加速と縮地による移動。アリナの背後に出る。
そしてそこから攻撃にすべてをかける。
魔法力がDランクにとどまるケイトが使える回数は3回。
使えるのは攻撃補助魔法。
その中で加速2回使ったケイトは、最後の1回を『ダメージ倍化』に使った。
その効果は一瞬だけ、筋力をアップし、振りぬいた剣の威力を2倍にするものだ。
(昨日までの練習で1回の攻撃で与えるダメージは、防御がない状態で140。魔法の効果で決まれば280のダメージを与えられる。勇者のポイントは270。完全に0にできる)
しかも最初の攻撃で勇者の視角からの攻撃は、1回だけなら直撃可能。
不意をついた今の状況なら、確実にヒットする。
「勝った!」
ケイトは勝利を確信した。
ケイトが勝利を確信する5秒前。アリナの様子を食い入るように見ていたユート。
何を思ったのこんなことをつぶやいた。
「アリナ様は日々、幼少の頃から努力されているのです。努力で才能を磨き上げた至高のお方なのです」
(何?)
ルーシーは思わず視線をユートに向けてしまい、後悔にくれることになる。
なぜなら、5秒後に起こった勝負の決定的な瞬間を見逃してしまったからだ。
ケイトはアリナの背後に周り、そこから自分が出せる最高の剣技を繰り出した。
体を反転させてからの垂直に振りぬく攻撃。
ケイトの流派の技の一つ。
「反転流転」。
体の回転力と武器の遠心力が融合し、一閃で相手にとどめを差す。
必殺技だ。
それに倍化の魔法が乗せてある。
だが、攻撃を終えた瞬間、ケイトは「うそ!」と現実を受け入れられないことに直面する。
いつの間にか、アリナの剣がケイトのレイピアを弾いたのだ。
「その技、すばらしいわ!」
アリナは自分のブロードソードを肩越しの背中に向けていた。
ケイトの渾身の一撃をそれで防いだのだ。
それでも防御壁に与えたダメージは防げない。
数値は40ポイント残して減った。
しかし、それはケイトの負けが決まった瞬間でもあった。
「だけど、私は勇者なのよ!」
アリナが振り返った。
その瞬間にケイトの防御壁は0になり、粉々になった。
アリナの神速の攻撃がとどめを差したのだ。
「そ、そんな……私の12年の努力が……」
ケイトはひざを折った。
完全に負けた。
努力は才能には勝てないことを証明してしまった。
これから自分に続く才無き人たちに絶望を与えてしまった。
ケイトは手を仰いだ。
涙が止まらない。
そんなケイトにアリナは話しかけた。剣は鞘に納めながら近づいた。
「ケイトさん、いい試合をありがとう。私も剣をはじめて14年。続ければ続けるほど、剣はうまくなるわ」
そうアリナは手を差し出した。
「え?」
ケイトはにっこりと笑うアリナを見る。
「私が剣術を始めたのは3歳の頃です。それより鍛錬を欠かしたことはありません」
「3歳……?」
ケイトが本格的に剣術を習い始めたのは、12歳になってから。それまでは兄と遊ぶ程度であった。
勇者アリナは才能もあったが、努力もしていたのだ。
「努力を続けるのも才能ですよ」
アリナの手を握って、ケイトはよろよろと立ち上がった。アリナの言葉に救われた気がした。
「そうね……。努力をし続けることができるのも才能よね」
観客から声援が飛ぶ。大歓声とすばらしい試合への心からの拍手である。
「ケイト、ケイト~」
大声援の中からケイトがよく知っている懐かしい声が聞こえた。
間違えようのない声。
冒険者になって今は行方不明になってしまった兄の声である。
「に、兄さん!」
大勢の観客の中から、かき分けるようにして出てきたのは、ケイトの兄、レイノルズであった。
1年も音信不通だった兄が見に来ていたのだ。
「に、兄さん……今まで一体どこに……」
「すまない……。依頼を受けて北のへき地で任務をしていた。そこで大怪我をして半年も療養していたのだ」
へき地では連絡手段はない。
通信が整ったギルドもない場所では、連絡を取るにも取れない。そして両足を折る大けがになってしまっては動くこともできない。
やっと歩けるようになったレイノルズは、やっと今日の朝にこの町にたどり着き、妹がパンティオンのベスト8まで勝ち進んでいることを知ったのだ。
そして妹が勇者と対決する様子を見たのだ。まだ小さかった妹は騎士となり、かなわなかったとはいえ、勇者と戦いベスト8の栄誉を勝ち取ったのだ。
「よくやったケイト。お前は我がフランドル家の誇りだよ」
「兄さん……」
兄妹は固く抱き合った。
「いい話だなあ……」
「全く、最後は実に臭い展開になってしまったのですわ」
「僕はアリナ様が圧倒的な力で勝っただけで幸せです」
ルーシー、クラウディア、ユート。それぞれの感想はともかく、次の試合が行われる。
「ユート、次はお前だろう。こんなところにいていいのかよ」
ルーシーにせかされるユート。
「大丈夫ですよ」
そういうと左手の腕輪に触る。
ウサギの着ぐるみ姿になる魔法具の発動だ。
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