悪役令嬢の育て方〜クズな執事はお嬢様を溺愛中〜
雨ノ
第1話そのクズ、出会う
「あんた、本当にクズね……!!」
土砂降りの中、俺はヒモとして養われていた女から追い出され、街をさまよっていた。あの女…何も蹴って追い出すことねぇだろ。靴も上着も置いてきたせいでシャツとジーンズしか身につけていない。金も無いし飯も朝から食っていない。他の女のとこに行くしかないか、とふらふら歩いていると、前から歩いてきた人物にぶつかった。
「っ…てぇな…」
チッと舌打ちしながら相手を見やる。そしてその姿を見て、嗚呼、まずいと思わず眉を寄せた。傍から見ても分かる身に付けたものの上等さ。煌めく宝石。───貴族だ。しかも屈強な護衛付きの。
あー、クソ、ほんっとついてねぇ。
適当に謝って済ませてもらえば御の字なんだが、貴族なんてものにはろくな奴が居ない。
「申し訳ありませ──」
「ほぉ…。なかなかこれは……いや、まこと美しい顔だな」
「は?」
肥えた貴族の爺はニタニタと嫌な笑みを浮かべ、俺の顎を掴んだ。そしてぐっと顔を近付ける。口からこの世のものとは思えないほどの悪臭が放たれる。恐らく俺はかなり醜悪な顔をしているのだろう。
言われなくても自分の顔が飛び抜けて良いのは自覚している。俺はこの身体を武器にここまで生きてきた。
だが。
こんなデブ男に捧げる身体はねぇよ………!!
「儂の男妾にならんか?」
「はっ……! 死んでもごめんだね……!」
気持ち悪ぃこと言ってんじゃねぇよ、おっさん。とぷっと唾を吐きかければ、爺のこめかみに青筋が立つのが見えた。あー、こりゃこてんぱんにやられるな。まあ、返り討ちにすることも出来るには出来るが、貴族相手にそんな面倒なことしたくはない。適当にやられれば満足して去っていくはずだ。
んじゃ、ま、なるべく痛くならねぇように頑張るか、と俺は小さく笑った。
────っつっても、やっぱクソいてぇ。
ざあざあとまだ降りしきる雨。身体のあちこちに痛みが走る。自慢の顔もこれじゃ台無しになってるだろう。他の女のところには行けないな。つーかそもそも立てねぇ。
腹も減った。血は止まらない。
俺はここで死ぬかもしれない。道端で蹲る男に通り過ぎる人々は見向きもしない。
目の前を大層ご立派な馬車が通る。きっとあの馬車に乗った貴族は汚いものを見るように俺を見たのだろう。
ああ、クソ、俺の人生、本当にどうしようもねぇな。
せめて、ひとつくらい心から守りたいと思えるものがあればもう少しマシな人生になったんだろうか。
なんて、考えても意味ねぇな。
視界が霞む。ああ、本当に限界かもしれない───。
その時だった。
「貴方……大丈夫……?」
鈴のような声が聴こえた。
……なんだ?
ぼんやりとした景色の中、はっきりと見えたものがあった。雨に濡れ、煌めく豊かな金髪、雪のように白い肌、翡翠の瞳は長い睫毛に縁取られた───
「───てん、し?」
「ひどい怪我……」
天使の小さな手のひらが俺の頬に触れた瞬間、カッと頬に熱が集まるのを感じた。ビリビリと身体が甘く痺れる。俺は声もなく唇を動かした。
───みつけた。
これは仕える令嬢を愛し過ぎるあまり、彼女を悪役令嬢に仕立て上げたクズ執事と純粋無垢に彼を恋い慕うお嬢様の物語である。
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