第38話 怒り

「〜〜〜っ、ごほんっ……!!」

「っ! 誰かいるの!??」


 魔力の濃度があまりにも濃くなってきて、私は思わず咽せて咳をしてしまうと、すぐさまミナの鋭い声が飛んでくる。

 何とか誤魔化そうと「にゃあ〜」なんて猫の真似をしてみるが、そんなこと通用するはずもなく、「誰かいるんでしょう!?」と雷の魔法が飛んできて「うぎゃっ」と姿を出さざるをえなかった。


「貴女達は……何でここにいるのよ!?」

「私が教室に忘れ物をしちゃったから取りに来たのよ。だから、そこを通してもらってもいいかしら?」

「……見てたの?」


 ゆらゆらとミナの怒りと共に溢れ出てくる魔力。

 それがだんだんと彼女の頭上で渦巻いていき、みるみるカオスと化していた。


 (このままだとまずい。なんとか、切り抜けないかしら)


「大丈夫だ、キミ達親子のやり取りは何も見ていない」


 (アイザックーーーーー!!)


 その言い方は絶対見れたのバレるやつじゃん! 素直なのはいいけど、今のは絶対にアウトでしょう!? と内心で焦っていると、やはりミナはアイザックの答えでさらに魔力が溢れ、怒りを増幅させているのが目に見えていた。


「やっぱり見てたのね……っ!!」


 (やっぱり、そうなるよね!?)


 想定通りの展開に、頭が痛くなる。

 ぶわっとミナから溢れ出る魔力の風に吹っ飛ばされそうになるのを、グッと堪える。

 アイザックも仁王立ちで魔力を受け止めながら、私の身体を支えてくれた。


「見てないって言っているのになぜ彼女は怒っているんだ?」

「そりゃ、見てる人しか知らない情報漏らせばバレるでしょ」

「あぁ、なるほど」

「なるほど、じゃないでしょ!!」


 アイザックの天然さに呆れつつ、この状況をどうするかと考える。

 できれば逃げるのが一番だが、はたして逃してもらえるだろうか。


「元はと言えば、全部貴女がいけないのよ。……お母様の、いえ、私の計画を邪魔した貴女が……っ!」

「邪魔って言われても、私は何もしてな……っ」

「黙りなさい!! 貴女さえいなければエディオンさまは私と婚約をしていたはずなのよ! それなのに貴女が現れて、エディオンさまは貴女ばかりに構って……! 私など見向きもしてくれない!!」


 さらに魔力が増大していくミナ。

 渦巻く魔力は肥大して私達のほうを覆うまでに成長していた。


「私は、我が家のためにも、この婚約を成立させなきゃいけないの! それなのに、全部、全部、全部全部全部全部全部全部全部貴女のせいで!!」


 ミナが叫ぶように大声を出した瞬間、バリーーーーーンと大きな音を立てて廊下の窓ガラスが一斉に割れる。


「きゃあああ!!」

「クラリス、大丈夫か!?」


 私を守るように盾となってくれるアイザック。

 けれどそのせいで身体を破片で切ったらしく、ところどころ切り傷ができていた。


「アイザック!」

「俺は大丈夫だ。クラリス、怪我は?」

「私は大丈夫」

「ならよかった。だが、いよいよヤバそうだな」


 たった少し魔力を放っただけでこの威力だ。

 これが魔法となって攻撃されるとなると命すら危うい状況だ。


「クラリス・マルティーニ。私のために死になさい!」

「はい、わかりました。なんて誰が言うのよ! 嫌に決まってるでしょう!?」

「貴女さえいなければ、私はお母様に認められるのよ。だから、今すぐ死になさい!!」

「絶対に嫌ったら嫌よ!!」


 稲妻が一直線に私に向かってやってくる。

 それを同じく雷で相殺させて防いだ。

 だが、威力的にも魔力量的にも確実にミナのほうが格上だ。

 このままだとこちらが不利なのは明らかだった。


 (本当、つくづく私には死が付き纏うようね)


 悪いことをしたつもりなど毛頭ないのに、この仕打ち。

 運命を決める神様に「お前の不運は前前世で悪いことしたゆえの因果だ」と言われたら思わず納得してしまうほどの悪運の強さである。

 とはいえ、ここで素直に死を受け入れるつもりはない。

 今世こそは平穏に生きると決めたのだから、絶対に何が何でも生きてやる、と私は決意を新たにする。


 (そもそも、こんな逆恨みで死ぬなんて絶対にごめんだわ!)


 不意に、視界の端で何かがうごめいているのに気づきそちらを見ると、割れた窓を修復するために妖精達が集まっているようだった。


 (一体、何をしてるんだろう?)


 ミナを気にしつつそちらもチラチラと確認していると、妖精達が次々に魔法壁を作っていくのが見えた。

 すると、その妖精の様子に気づいたアイザックが慌て出す。


「クラリス、まずい! 妖精達はここを封鎖する気だ!」

「え、それ、どういうこと!?」

「被害をこれ以上出さないために、一時的にここを防御壁で囲って封鎖するつもりのようだ!!」

「な……っ!? ってことは、閉じ込められたら私達はここから出られないってこと!??」

「そういうことになる」

「じゃあ、今すぐここから脱出しないと!」


 さすがに閉じ込められたら万事休すだ、と慌ててミナに背を向けて走り出す。

 だが、「逃がさないわ!!」という声と共に行く手を厚い焔の壁に阻まれ、出ることができなかった。

 そしてみるみるうちに塞がれていく空間。

 廊下だったはずの場所は妖精達の作った防御壁のせいで箱のような状態になり、私達はそこに閉じ込められてしまった。

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