第36話 回り道

「あーー、もう。授業参観なんてクソ喰らえだわ」


 そんな悪態をつきながら、一人とぼとぼと教室へと向かう。

 先程まで私は両親と共に学園長との面談だったのだが、非常に面談時間が長く、私のやらかしたあらゆることを暴露され、褒め称えられて、なぜか学園長から「今後もしよければ我が校の職員としても欲しい人材です。もちろん、美しいマルティーニさんには私の妻としての枠も空いてますので、そちらもぜひ」と冗談なのか本気なのかもわからないアピールまでされて、私は今すぐ逃げ出したくなった。

 もちろんそんなことは許されるはずもなく、身を縮めながら両親の表情がだんだん凍りついて行くのを感じながら「あ、死ぬ」と精神的な死を察する。

 それから面談後からはずっと両親による詰問詰問詰問の連続で、元々擦り減っていた精神がさらに削られた。

 ちなみに詰問の内容としては想定してた通りの手紙のことから始まり、「普段の貴女は式服を着てるそうじゃない?」とどこから仕入れたんだその情報という話やら、「エディオンさまとは一体どういう関係なの!?」「国王夫妻がご挨拶しにくるってどういうことなの!?」と延々と聞かれっぱなしで、一応それなりに答えたものの、あまりの質問の多さにもうヘロヘロである。

 しかも予めバレないように気をつけていたことが学園長以外からも全て漏れていて、一瞬「マリアンヌから情報が漏れているのか?」とも思ったが、どうやら事前に私が知らぬ間にクラスメートから色々と情報を仕入れたらしい。

 全くそういうとこだけは余念がないと思いつつ、一瞬でも疑ってしまったことを心の中でマリアンヌに謝罪する。

 両親からは、今後こういった情報漏れなどがないように逐一手紙を書くこと、手紙が来ないなら両親の方から毎日手紙を送ると脅され、私は渋々手紙をきちんと出すことを約束したのだった。

 そして現在私は教室に忘れ物をしたと両親から離れる口実を見つけ、早々に両親と別れの挨拶を済まし、そそくさと現在教室へと向かっている。

 やっと両親から解放されたものの、精神疲労の蓄積で気分はなかなか晴れない。


 (早く戻って寮に行っても手紙書かされるだけだし、ちょっと気分転換に寄り道して行こう)


 私はあえてゆっくりと回り道をしながら、普段ならショートカットのために利用する転移魔法陣のところは通らずにゆっくりと散歩がてら校内を歩く。

 いつもは通らない道を歩くのはなかなか新鮮で、こんなところに妖精がいるとか、珍しいモニュメントや草花を見つけてちょっとだけ擦り減っていた気持ちが浮上してきた。


「マルティーニさん」


 不意に声をかけられ、振り向くとそこには壁。

 ……ではなく、見上げるとアイザックのお父様がいて、思わずびっくりして身体ごと跳ねる。

 するとアイザックのお父様は「突然声がけなんかしてすまない」と眉を下げ、威圧感はあるものの、その表情がアイザックに似ていて「やっぱり親子だなぁ」と思った。


「いえ、大丈夫です。……えっと、何か御用でしょうか?」

「あぁ、せがれからの手紙にキミのことがよく書かれていてね。いつも世話になっているようで、感謝を伝えたくて。いつもアイザックと仲良くしてくれてありがとう」


 深々と頭を下げられて、「いえいえ、そんな! こちらこそアイザックにはお世話になっていて! むしろ私のほうが迷惑をかけっぱなしです!!」と慌てる。

 というか、アイザックもちゃんと手紙書いてるのか、と衝撃を受けると共に、周りに比べて自分のズボラさが浮き彫りになってちょっとへこんだ。

 ついでに、自分についてなんて書いているのか気になったが、さすがにそこまで突っ込んで聞けないので、聞きたい気持ちをグッと堪えた。


「私がピンチのときとかいつも助けてくれるのはアイザックですし、こちらこそありがとうございます」

「そうなのか。善行をしろというのは私の妻からの遺言なのだが、あいつはきちんと守っているんだな」

「えっと、遺言って……? アイザックのお母様って……」

「アイザックの母親である私の妻は病弱でな。倅がミドルスクールのときに亡くなってしまったんだ。それもあってミドルスクールでは色々あったんだが、私もあいつとはそれもあってギクシャクしててな。……まぁ、今もそうなんだが。だからNMAでアイザックにマルティーニさんみたいな友達ができたことが本当に嬉しくて、ついキミに声をかけてしまった」

「そうだったんですね」


 (善行をしろというのが我が家のしきたりみたいなもの、とアイザックは言っていたけど、そういうことだったのね)


「あいつは私に似て見た目も雰囲気を近寄りがたい感じだろう? だからこんな可愛らしいお嬢さんが仲良くしてくれていると知って私もホッとしたんだ。倅には私の就いている役職や立場のせいで根も歯もない悪意に晒されることが多くて、私は不甲斐なくもそのフォローができなくてな。父親として情けない話ではあるんだが……、ってキミにそんなことを言っても困ってしまうな。すまない、なんとなく雰囲気が妻に似ていてつい喋りすぎてしまった」

「奥様ってことは、アイザックのお母様に似てます?」

「あくまで雰囲気だがね。柔和でありながら、芯が強い女性だったが、なんとなくマルティーニさんからもそんな雰囲気を感じるのでな。今後ともエディオンさまだけでなく、アイザックとも仲良くしてもらえると助かる」

「こちらこそ。引き続きアイザックには仲良くしてもらえると嬉しいです」


 先程とは違って朗らかなイメージのアイザックのお父様。

 こうして話すとアイザックに似ている部分をいくつも見つけて、微笑ましく思う。


「では、引き留めてすまなかった。ではまた。もし都合がよければホリデーはぜひうちにも遊びに来てくれ、歓迎する」

「ありがとうございます。ぜひ」


 そう言うと、アイザックのお父様はマントを翻して行ってしまった。


 (よく見ると渋くてカッコいいおじさまよね。アイザックも年を取ったらお父様みたいにダンディな感じになりそう)


 ちょっと妄想して気恥ずかしくなる。

 アイザックがあんな風に年を重ねたときにはきっと私はそばにいないとわかっているが、この関係が年を重ねてもなお続けばいいのに、とほんの少し思ってしまった。

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