第182話 二人が怖いんですけど
「オーベットさんは?」
「たまーに来るよ、長居はしないけれど」
見張りさんたちに挨拶しながら甜菜畑へ。冬目前なので葉が落ちてしまっている畑はかなり寂しい。だけど割りと綺麗に生え揃っているから、枯れたりした株は少なそうだ。
「マイさん、ここは?」
「砂糖の原料畑ですよ」
「えっ、砂糖!?」
アンシャルさんは驚いている。まあ、葉の落ちた甜菜が砂糖になるとか考えづらいよね。
「で、虫だっけ」
「うん、そう。いくつか齧られちゃってさ。毎日虫取りだったよ」
スピナの言葉を聞いて、ヨナが不思議そうに視線だけで問うてくる。眠りの魔法は? と。
うん、確かにドリアードの力を借りて、甜菜には防衛用の魔法をかけておいた。甜菜に害を為そうとする者を眠らせる魔法を。だけど虫はなあ……害意とかじゃなくて、生きるために甜菜を食べに来てるだけだもんね。魔法は発動しないか。
さて、どうするか。この世界には化学農薬なんて気の利いた物は存在しない。だけど、害虫を寄せ付けないようにすることは十分に可能なはずだ。
「まあまあ、マイさん久しぶりです。外は冷えますよ、中でお茶でもいかがですか」
おっと、騒ぎを聞きつけたのかマヘリアさんがやってきた。よし、詳しい話はお茶をご馳走になりながらしようか。
「くそっ、なんで……こいつバテないん……だっ」
「ニャーッ♪」
「ぎゃあああっ、お助けーっ!」
クロは置いておこう、うん。
じゃれつく子供たちをなだめ、時には言い聞かせながら応接室に。夜に土産話を聞かせる約束で離れてもらったので、孤児院に一泊決定。うん、覚悟してた。
「そういえば、ライラックさんは?」
「……故郷が大変だから、そっちで働くみたいだよ」
お茶を出しながらスピナが訊ねてきたので、適当に誤魔化しておく。サイサリアの王女様の影姫でした、なんて説明しても困るだろうし。
改めてアンシャルさんと、外で走り回っているクロのことを紹介して本題に。
「匂いの強い野菜や草花を?」
「そう。それを煮詰めた液体をかければ、大抵の虫は寄ってこないはずですよ」
例えばニンニク、ニラ、唐辛子など。そしてハーブ類を一緒に煮込んだ液体は虫除けに使えるって某番組でやってた。人によっては刺激臭が気になるかもだけど、この世界で作れる虫除けならこれだろう。
「ぶっかければいいの?」
「できれば霧状にしてかけるのがいいかなあ」
この世界に霧吹き器なんてあったっけ?
マヘリアさんに訊いてみたら驚いた。この世界にも霧吹き器に該当する道具はあるそうだ。もっとも、貴族様が花に水をやるために使うもので、お値段は当然お高いらしい。
孤児院には辛いな……と思ったんだけど。
「オーベットさんに相談してみましょうか」
「そうね、オーベットさんなら必要経費で用意してくれるかもね!」
マヘリアさんとスピナの間で話がまとまってしまった。え、早くない?
詳しく訊いてみると、オーベットさんは甜菜作りに結構投資してくれているようだ。孤児院にも場所代、そして仕事を手伝った孤児たちには少ないが給金も出ているらしい。
あー、それで食生活が改善されたのか。そういえば以前はお茶も用意できなかったもんね。
「……オーベットさん、甜菜作りに本気だな」
私の呟きに笑って応えたスピナはしかし、視線を逸らせて少しモジモジしながら、
「それに……ケビンも少しだけど孤児院に入れてくれるしね」
ほほう。
ヨナと顔を見合わせてお互いににっこり。スピナ、わかりやすい子!
「そのケビン君は、どうしてますか?」
「私たちと一緒にケイノに来たけど、その後は知らないんだよね」
「え、ケビンなら────」
「げっ、なんでマイたちがここにいるんだよっ!」
スピナがなにかを言う前に、いくらか乱暴に扉を開けて当人が現れた。
だけど「げっ」ってなんだ、「げっ」って。失礼なやつだな。
「ケビン、あなたもハンターとして働き始めたのですから、もう少し落ち着かなければいけませんよ」
「い、いいじゃんかよ、ここは俺の家みたいなもんだし」
「お客様が来ているのですから、せめて扉はノックしてから開けなさい」
私たちの前でマヘリアさんにたしなめられ、いささかバツが悪そうなケビン。だけどお客と聞いて、そこでようやくアンシャルさんに気づいたみたいだった。棒立ちになり、アンシャルさんに見惚れている。おいおい、君もわかりやすいな。
そんな間抜け面のケビンの足を、スピナが思いっきり踏んづけた。踵で。
「いっでえぇぇぇぇっ! な、なにすんだよスピナ!」
「ふん! ……バカ」
スピナは苦労しそうだなあ。
やがて話題は甜菜栽培から近況報告に変わり、少し雑談してから応接室を後にする。今夜は子供たちに土産話を聞かせてあげないといけないし、さてネタはどうしようか……なんて考えていたら、ケビンに袖を引っ張られた。
「なに?」
「お、おい。あの
あの
というか、普通に自己紹介すればいいのに、私を頼るな。
当たり前だけど、小声でやりとりしてもバレバレなわけで。立ち止まったアンシャルさんが訊いてきた。
「マイさん、その子は……」
「ああ、この孤児院出身の子で、
意味ありげな紹介に、アンシャルさんも「ああ、あの……」と苦笑気味。
だけど悲しいかな、それに気づかないケビンは自己紹介のチャンス到来とばかりにアンシャルさんの前に進み出て姿勢を正した。
「あ、あの、俺!」
「あなたが、マイさんからお金を
ぐさあっ!
なにか、クリティカルな効果音が聞えたような気がした。
興奮と緊張から真っ赤だったケビンの顔色が、まるでリトマス試験紙のように真っ青になっていく。
「事情は聞いています。ですが、安易に犯罪に走るのは神もお許しになりません」
「は……はひ……」
「今はハンターになられたのですよね。お仕事に励み、汚名を
にこり、と。余所行きの笑顔を見せて、アンシャルさんは背を向ける。彼女の言葉はケビンに届いたかどうか。
呆然と立ち尽くすケビンを置いて私たちは歩き出す。
スピナだけがケビンに寄り添っている。いつか彼女の気持ちが通じればいいんだけど。
「しかし、アンシャルさんも言いますね」
「少し大人げなかったですね……。でも、ずっと見られていて、あまり良い気分ではなかったですし、なによりマイさんに対する態度が……」
え?
「お金を盗もうとしたのも許せませんけれど、顔を見て『げっ』とか、失礼すぎます」
「そうですよねっ。マイ様は孤児院のために頑張ったのに、あの態度はないです!」
「ヨナさんも、そう思いますよねっ」
え、あの、ちょっと……。なぜか意気投合する二人から黒いオーラが見えるような、見えないような?
私のために怒ってくれてるようだけど、これ素直に喜んでいいのか……?
「失恋したみたいだから心配したのに」
「女の子の気持ちを考えないままですと、いずれアマス様から見放されますよ、彼は」
二人とも、怖いんですけどっ。
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