第179話 ケイモン ハンターズギルド2

 ハンターズギルド監察官。

 ハンターズギルドや、所属するハンターを調査する者であり、顔を合わせて喜ぶ者は稀だ。監察官の来訪は、そのハンターズギルドに問題ありと明言されているようなものだからだ。

 当然だが、監察官は事前連絡無しでやってくる。ケイモン・ハンターズギルドの緊張感は一気に高まった。

「本日はどのようなご用件で?」

 そして今、監察官はギルドマスターの部屋にいる。彼はリモが用意した紅茶にも手をつけず、笑顔のまま、緊張しているギルドマスターに用件を切り出した。

「こちらでハンター登録した、あるハンターの活動記録を全部用意していただきたい。別の町で活動していたなら、その記録も問い合わせてください」

「誰です?」

「マイという名の少女ですね。確か奴隷を連れているはずですが」

 監察官の口にした名に、なんとなく退室し損ねたリモの鼓動が跳ね上がる。

 ギルドマスターに視線で問われ、リモは首を振る。監察官に目をつけられるような心当たりはない。

「彼女がなにか?」

 秘書に書類の用意を命じてから、ギルドマスターが問いかける。リモ同様、少なくとも彼女にもマイの悪評には心当たりがない。むしろ新人でありながら功績を挙げていると思っている。

「いえなに、どういうわけか、マイについてアマスの神殿から問い合わせがきたのですよ。どういう人物なのか、ハンターとしての評価は? 素行に問題はないか、などと根掘り葉掘りね。なので情報を集めていたのですが……」

「ああ、そんなこともあったねえ」

 ギルドマスターは思い出す。王都のハンターズギルドから、今年登録したばかりのハンターの情報の提出を求められたことがあったことを。その時は気にしていなかったが、マイの情報が目当てだったのだろう。

「まあ、問い合わせが来た時には、彼女はハンター活動を停止し、サイサリアに渡った後でした。

 サイサリア国内のハンターズギルドは機能停止。マイの動向を知るのは難しく、また戻ってくる確証もない。なので、アマス神殿には彼女がサイアリアに渡って消息不明、動向が判明したら改めて報告すると伝え、調査は一時保留としました。

 そのまま彼女がサイサリアから戻ってこなければ、この件はそこで終わったところですが……先ごろ、ケイノでハンター活動再開の手続きを確認しました。ケイモンに戻ってくるようなので、ならば、こちらとしても調査を再開、アマス神殿に改めて報告しなければなりません」

 そう言ってから、監察官は二人を交互に見やり、

「……なぜ、彼女がアマスに目をつけられているのか、心当たりは?」

「……見当もつかないね。リモはどうだ?」

「私もです。同行した日数は短いですが、少なくとも人から恨まれるような子ではないです」

 むしろお人好しですよね。内心でリモはそう続けた。

 やがて届けられた資料に監察官は目を通し始めた。

 ちなみにリモは通常業務に戻ろうとしたが、同行した日数云々発言を監察官が気にしたようで、そのまま待機させられてしまった。

「ほう、初仕事は薪の確保ですか。しかもギルドからの特別依頼」

「当時は薪が不足していてね。そこに多くの薪を持ち込んできたから、依頼したよ」

「ほう。どのように用意したのやら」

「当人曰く、錬金術の応用で薪を創ったらしいが……」

「錬金術で薪を創るとか聞いたことはありませんね。……違法行為は?」

「違法行為はありませんでした」

 違法行為があったのか無かったのか、トラブルになったのでリモは何度も確認したくらいだ。毎回、マイの行為に違法行為が無かったのは確認されている。

 その後も監察官からの質問は続く。資料を読めばわかるものも、敢えて問うことでギルドマスターやリモたちの反応で得られるものもある、ということなのだろう。



「例の吸血鬼の城に探索隊として参加ですか。当時、Fランクで?」

「領土境の休憩所が魔物の大群に襲われてね。腕に自信のあるハンターたちはそっちに向かって不在だった。その後、霧でケイモンは孤立、町にいるハンターだけで対処するしかなかった」

「緊急時の特例ですか、なるほど。……それにしても、随分と活躍していますね」

「それについては、同感だ」

「で、呪われた剣を預けたままなのは? ……包み隠さずに」

「……一部の者しか知らないが、剣がマイを主と認めたみたいでね。手放しても彼女の手に戻ってくる。迂闊に引き離さない方が良いと判断した」

「意思をもつ剣ですか……。しかし呪われているのでしょう? Bランクの神官ですら解呪できないほどの」

「理由は不明ながら、マイが操られて暴走したことは無いね」

「では、表向きはその剣が存在していないことにしているのは?」

「資料に書いてある通り、何者かが城に侵入して例の剣を探した形跡が確認されたからだよ。その何者かの正体がわからない以上、情報は絞った方がいいと判断した」

「ふむ。吸血鬼討伐に用いられた剣を探す者がいる、ですか。要注意ですね」



「ケイノで二人目の邪精霊士を捕縛。ガラン熱の治療に必要な薬草の確保、ボダ村に潜伏していたサイサリアの工作員を全員捕縛。……Eランクの仕事とは思えませんね。当時の様子を説明してもらっても?」

「は、はい。私の里帰りに合わせてケイノに向かったのですが────」



「サイサリアの内乱終結後、こちらに連絡を?」

「ああ。サイサリア王都のハンターズギルドの連絡用魔法具で。うちに繋がったのは偶然らしいが、サイサリア国内でのハンターの立場、ギルド再開について情報をくれた」

「その時に、リトーリアに戻るとは?」

「確かに言っていたよ。だけど、いちハンターの帰還時期をわざわざ連絡させる義務はないし、アマスから問い合わせがあるなんて予想できるはずもない」

「確かに、その通りですね」



「……そして、ハンター活動を再開してすぐに、火の封印を起動させるためのサラマンダーを召喚。新作料理も完成させる」

「…………」

「そして問題の、瘴気に侵された魔物を撃破ですか。いやはや、御伽噺の主人公のようですね」

 わざとらしく肩をすくめる監察官に、ギルドマスターもリモもなにも言えなかった。そもそも彼女たちは、ケイノでマイがそこまで功績を挙げていたなどと資料を読むまで知らなかったのだ。

 そして、功績を挙げれば別の問題も出てくる。それまで壁際に控えていた秘書が口を開いた。

「予想外に大きな功績を積み重ねていますので、彼女はすでにDランクに昇格可能な功績ポイントを獲得しています」

「マジか。マイがハンター登録してまだ一年だぞ?」

 駆け出しとはいえ、わずか一年で二つもランクアップなど滅多にあるものではない。王都で活躍しているAランク・ハンターに数人いるくらいだ。

「とりあえず、ハンターとしての情報はこれでいいでしょう。あとで整理して私がアマスに提出しておきますよ」

 言外に、ハンターとしてではなく個人的にアマスに目をつけれらているのではないか、と監察官は匂わせるが、ギルドマスターは聞こえないふりをした。実際、ハンター活動以外での問題にはギルドは介入できない。

 それよりも問題は。

「Dランクへの昇格、やらないわけにはいかないよなあ」

「功績を挙げたハンターを昇格させないとあっては、ギルドの信用に関わりますものね」

「では、テストは私が担当しましょう」

 ギルドマスターと秘書の会話に監察官が割り込んだ。その提案に室内の全員がギョッとなる。

 Dランクになると、個人の護衛とダンジョンの任務が受けられるようになる。そのため、昇格のためのテストが行われるのが普通だ。通常はギルドの職員が試験官として同行するもので、監察官が担当するのは異例中の異例だ。

「監察官殿に試験官をさせるわけには……」

「直に会ってみたいのですよ、マイというハンターに。資料だけではわからないことも、見て話せばわかることもありますしね。アマスへの報告書にも必要です」

 そうと言われれば何も言えないギルドマスターたちだった。

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