第137話 まさかの再会
いかに戦いに慣れたハンターとはいえ、床に散乱した大量の心臓を前にして平静ではいられなかったみたいだ。誰もが呼吸すら忘れたように呆然と立ち尽くしている。
自分は、吸血姫になってから残酷なものに対して免疫ができたみたいで意外と冷静だったけれど、すぐに何か行動を起こせたりはしなかった。いや、さすがにこれは異常だわ。
「……なんだよ、これは」
呟いたのは誰だったか。いや、本当にそう思うわ。
散乱した心臓は、形を保っているものと潰れているものが混在している。と、見ている前で一つの心臓が不自然に弾けた。まるで役目を終えたように。……いや、まてよ。
「……キース、リーナさんを捕まえていた奴隷商人を覚えてます?」
「忘れるものか。できればこの手で八つ裂きにしてやりたいくらいだ」
「その商人の証言によれば、健康な女性は宰相に売って、残った者は北の砦に送っていたそうなんですよ」
「北の砦と言やあ、黒暴騎士団のいたところじゃねえか。……まさかっ」
「多分、そのまさかですよ」
そう、目の前に散乱している心臓は売られた奴隷たちのものじゃないだろうか。そして、その心臓を大切に保管する……確か、これと似たようなのを前世の漫画で見たことがなかったか? 漫画では心臓ではなく赤ん坊だったけれど、悪人はそれをなんのために利用して────。
「まさか、命のストック?」
呟いて、その意味に寒気を覚える。みんなもギョッとしてこちらを見てきた。そうこうする間にも、一つ、また一つと心臓が潰れていく。
「おいおい、待ってくれよ。じゃあなにか、この瓶の全部に心臓が詰まっていて、黒暴騎士団はその心臓が全部破壊されるまで倒れないってことか? 一体何人を生贄にしてるんだよ、あいつらはっ!」
キースが吐き捨てる。その気持ちはよくわかる。
当たっていてほしくはないけれど、そう考えると黒暴騎士団の不死身っぷりが納得できるのだ。しかもナミノ砦には千人近い兵がいたはずだけど、黒暴騎士団と入れ替わりに出て来たのはアンデッド。つまり、やつらはここで千近い心臓を手に入れたということになるんじゃなかろうか。
「……全部壊そう」
反対はなかった。
とはいえ、瓶をひとつずつ割って、ひとつずつ心臓を潰していたら時間がかかりすぎる。魔法で手っ取り早く片付けることになった。
「手伝ってくれるかな」
「あなたも来てたんですね」
「君に推薦状を渡さないといけなかったしね」
そう言って笑ったのは吸血鬼の城でともに戦った魔法使いさん。まさかこっちに来ているとは思わなかった。推薦状云々は冗談だろうけど。……冗談だよね?
他のメンバーには下がってもらい、彼と私だけが残る。
「紅蓮の炎よ、集いて我が敵を焼き尽くせ!」
吸血鬼の城でも見た火球の魔法が室内に放たれる。即座に私も魔法に見せかけた【クリエイトイメージ】を発動させる。
「石壁!」
室内の床材をもらって入り口に石の壁を出現させ、密閉する。一瞬後、予想外に大きな振動が砦を揺らした。
「……うまくいった、のか?」
「……みたいですね」
頭の中にクロの報告が響いている。
『ご主人様ーっ、やつらの動きが変わったニャーッ!』
視覚を共有すれば、黒暴騎士団の半数が反転し、泥濘をかき分けて砦を目指しているのが見える。どうやら命のストックが大量に減ったのを察知したようだ。だけどよほど急いでいるのか、その背中はあまりにも無防備で、騎兵や蛮族が遠慮なくその背中に攻撃を加えている。
「敵が引き返してきているようです。その前に全部の心臓を処分しましょう」
石壁を解除すると、熱気と煙が吹き出してきた。室内にまともな瓶は残っておらず、ほとんどの心臓も焼かれて形を残していない。わずかに残った無事な心臓を、全員が無言で潰して回る。
クロの視界の中で一体、また一体と黒暴騎士団がその動きを停止していく。
「これが最後か」
キースが足元の心臓を潰した瞬間、最後まで暴れていた黒暴騎士団団長・ボーロックが泥の中にその巨体を横たえ、動かなくなった。
◆
戦闘は終わった。黒暴騎士団は全滅、砦付近のアンデッドも一掃され、反乱軍はナミノ砦に入った。すぐにでもハンターたちと情報交換をしたかったのだけれど、後始末が先だった。
ナミノ砦の近くには戦死者を埋葬する墓地があったため、今回の戦死者をそこに埋葬した。アンデッド化しないように、リトーリアから来た神官たちが葬儀を取り仕切ってくれた。
元砦の兵士であるアンデッドで、遺体が残った者は残念ながら火葬とされた。骨だけは墓地に埋葬されるらしい。ケイノで見た光景再びだ。
「神様のところに行ってほしいですね」
暗くなってきた空の下、火葬される遺体を見ながらヨナが呟く。二人で遺体集めを手伝っていたのだけれど、残っていた遺体はどれも胸に大きな穴が開いていた。戦って死ぬのならばともかく、黒暴騎士団のためだけに心臓を抉られたのだと思うとやりきれないものがある。ヨナの言う通り、彼らの魂が天に召されて安息を得られるよう祈りたい。
その黒暴騎士団だけど、調べてみたら複数の遺体を繋ぎ合わせて、あの巨体が作られていたのが判明した。つくづく気分の悪い敵だったな。宰相の趣味はどうなってるんだか。
「あの」
「ん?」
そんな感傷とともに火葬を見つめていた時だった、不意に後ろから声をかけられて振り返ると、リトーリアから来たらしき若い女性の神官が立っていた。炎の照り返しを受けて赤みがかっている髪は金髪か。瞳は青い……あれ、どこかで見たような?
「少し、失礼します」
「え、ちょっ……」
そう言って彼女は腰をかがめて私と目線を合わせ、とても自然にフードを外してくれた。銀髪がさらりと風に流されてちょっと焦る。さりげなさすぎるでしょ、この人っ。
そっと両手で頬を包まれ、目と目が合う。隣でヨナがやきもきしている気配を感じるけれど、そっちを気にしている余裕はなかった。神官さんの瞳が不意に潤み、涙が溢れたのだ。え、ちょっ、何事ですか!?
「……やっぱり。魔力が抑えられ、髪色が変わっているけれど間違いありません。ああ……お会いしたかったです」
「え、ちょ、わぷっ!?」
「ああああああああっ!」
感極まった彼女に抱きしめられた。その豊満な胸に顔が埋もれ、隣でヨナが悲鳴をあげる。
汗の混じった彼女の体臭は少し甘かった。……いや、そうじゃなくてっ! 嬉しいけれどそうじゃない、なんで抱きしめられてるん? 苦し……窒息しちゃうんですがっ!?
「離れて、離れてくださあいっ」
ヨナがぐいぐいと神官服を引っ張り、ようやく彼女は我に返った。慌てて私を解放してくれる。あ~、気持ち、じゃなくて苦しかった。抱擁で相手を窒息させそうだとか、なかなか凶悪な胸をお持ちのようで。いや、人のことは言えないけどさ。
「も、申し訳ありません。嬉しくて、つい……」
赤面し、恥じ入るようにモジモジと手をさまよわせる彼女。その姿が、いつかの光景とダブって見えた。
私の前に立って威嚇しているヨナを落ち着かせつつ、声をかける。
「あの……もしかしてアンシャルさん?」
「っ! 覚えていてくれたのですねっ!?」
パアアッと顔を輝かせる彼女。ああ、やっぱりアンシャルさんだったのか、どうりで見たことあると思った。
ヨナが視線で「お知り合いですか?」と問うてきた。ああ、そうか、ヨナと出会う前の話になるな。なので簡単にアンシャルさんとの出会いを説明して聞かせる。
「そう……なんですね」
話を聞いたヨナはアンシャルさんを威嚇するのはやめてくれた。だけど何故だか私の腕に抱きついてきて離れてくれない。なんで? なにか嫉妬でもしてる? アンシャルさんも困惑しているようなんだけど……。
「アンシャルさんは、どうしてここに?」
ヨナの頭をなでなでしながら問うと、彼女は口を開きかけて、ふとなにか考え込んだ。小さく「内密にと言われましたが」とか「でも隠したくないですし」とか呟いているのが吸血姫の耳にはまる聞こえなんですがそれは。
しばし思案していたアンシャルさんはしかし、意を決したように顔を上げて私を見つめた。
「理由は二つあります。一つは、あなたにお礼がしたかったからです……マイさん」
「よく、この国に私がいるとわかりましたね。あと、名前を教えましたっけ?」
「……恩人であるあなたに隠し事はしたくないので、正直に言います。私は大司教様から……あなたとともに行動するように命じられたのです」
どういうことですかっ!?
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