第110話 共闘しましょう
建物を大きく回避して未確認者たちの方へと向かう。どうやら相手もこちらに気づいていたようで、何人かが周囲に散ってこちらを待ち伏せるような形をとる。なかなか動きがいいな、手馴れてる? まあ、大人しく包囲される気はないんだけどね。
「そこに隠れている人。おそらく私たちと目的は同じだと思います。今は争うつもりはありません、話がしたいだけです。大人しく案内してもらえませんか?」
隠れている場所に向かってリリロッテさんが声をかければ、いくらかためらったあとに女性が姿を現した。使い込んだ革の鎧に、いつでも投げられるように握られた短剣。盗賊風のジョブに見える。アムゼイたちのように間に合せの装備じゃない。ハンター崩れだろうか。
まあ、注目すべきはそこじゃないな。彼女の頭の上とお尻のあたりでピコピコ動く物。おおおっ、猫獣人だ! ケイモンでも少数の獣人は見たけど猫獣人は初めてだわ。
「……隠身には自信があったんだけど、まいったわね」
「こちらには優秀な索敵係がいるので」
切れ長の目でこちらを警戒するように睨んでくるけれど、猫耳猫尻尾で中和されてしまってるわ。いや、萌え要素の方が多いな、可愛いぞ。
ぎゅうっ。
あいたっ!?
ヨナに二の腕をつねられた。見るとフイっと視線を逸らされる。ヤキモチかっ。
「ああ、もうっ、可愛いなあ❤」
「ちょ、ちょっとマイ様っ!?」
「……あの二人はなんなの」
「あー、気にしないで」
ヤキモチを焼くヨナが可愛くてモフモフしてたら、他の人が呆れていた。なんでよ、キスもしていないのに。
ともあれ、こちらに争う気がないというのはわかってもらえたようで、猫耳さんに案内してもらうことになった。途中途中で隠れている人に声をかけていったので、何人かの自信をへし折ったようではあるけれど。
案内された場所には、隠れていた人も含めて二十名ほどの人たちがいた。男女混合、人間、獣人、ドワーフもいる。中央で腕を組んで立っている、体格のいい男性がここのリーダーだろう。彼は隠れていた者が全員見つかったことに肩をすくめ、場所を変えようと言った。確かにここじゃ、ちょっと大声を出したら見張りに聞えそうだし。
別荘から適度に離れた森の中で私たちは向き合った。
「まずは自己紹介といこうか。俺は紅い風のリーダー、キースだ」
「紅い風だと!?」
反応したのはアムゼイだ。
「知ってるんですか?」
「噂程度にはな。ハンター崩れの集まりで、各地で村を襲撃したり、かと思えば王国軍の物資を略奪したりしている野盗だとか」
「おいおい、睨むなよ。このご時世、綺麗ごとだけで生きていけないのはわかってるだろ?」
ろくに抵抗できない村を襲うのは許しがたい。だけどキースの言うとおり、今のこの国は平穏とは縁遠いのも事実。それがわかっているので、リリロッテさんも歯噛みして何も言わない。ただ睨むだけだ。
キースは柳に風と、こちらの怒りをさらりと流す。そして逆に問うてきた。
「んで、あんたらは?」
「……叛乱軍だ」
さすがのゲハールも緊張したのか、説明が簡単だ。
キースはふむ、と無精ひげが目立ちはじめている顎を撫でた。
「反乱軍か。王国軍がミローネ王女を捕縛し、近々処刑すると大々的に宣伝してたが、あんたらが動き出したってことは嘘ではないってことか」
「……だからお助けに向かうのです」
「明らかに罠だと思うがねえ。ま、俺には関係ないが、そんなあんたらが、こんなところで道草くってていいのかい?」
「成り行きで人助けを。逆に訊きますが、あなたたちこそ、ここでなにを?」
リリロッテさんがいくらか警戒して問う。もし、金目のもの目当てで奴隷商人を襲おうというのなら、捕まった人たちの安否は気にしないだろう。そうなれば彼らが障害になるかもしれない。
「んー、教える義理はねえなあ」
キースは小さく笑いながら肩をすくめる。それが合図だったのか、仲間たちが身構える。こちらもガイヤがゲハールを守るように動き、リリロッテさんも腰を落とした。自分もヨナも、いつでも動けるように身構える。ピリピリした空気の中を、初夏にしては冷たい風が吹き抜けていく。
どれくらい、そうしていただろう。先に力を抜いたのはキースだった。
「ったく、そんなに身構えるなよ。教えるからよ」
「キース?」
「いいから、やめとけ。青い髪の姉ちゃんは相当できるし、そっちの小さい方────」
そう言って私を見た。
「一見強そうに見えねえが、そいつはヤベエ。俺の勘にビンビンきてやがる。
おおっと、ヤバイやつ認定いただきました。というか、私を最初から警戒する人は何気に初めてじゃないかな。なかなか油断できない人物なようだ。
それはそうとして、なんでリリロッテさんが頷いてるんですか。
「いや、だってマイちゃんってただ者じゃないし」
「ヒドイッ!」
まあ、否定はできないんだけどね。
ともかく、最悪の事態は回避できたようだ。お互いが勝手に行動し、足を引っ張り合うのだけは避けようということで意見は一致した。
「それで、あなたたちも助けたい人がいるということでいいのですか?」
「ああ、仲間を助けたいんでな」
キースが仲間と言った時、紅い風の面々がニヤニヤした。ああ、助けたい人は多分、そういう関係なのか。
それから作戦会議に入った。キースが別荘の報告を見ながらぼやく。
「それにしても見張りが多いな。ただの奴隷商人じゃないのか、あいつらは」
「あ、外回りの連中は全員アンデッドみたいですよ」
リリロッテさんの言葉に紅い風の全員が目を剥く。
「アンデッドだと!? どうしてアンデッドが奴隷商人を護ってやがる。……まさか黒の騎士団がいたりしねえだろうな」
「黒の騎士団?」
いかにも悪役、って名称に首を傾げる。それを見たリリロッテさんが軽く説明してくれた。
宰相がサイサリアの支配者となってからすぐ、黒の騎士団が編制されたそうだ。黒の騎士団は四つに分かれていて、それぞれ『黒影騎士団』、『黒天騎士団』、『黒獣騎士団』、「黒暴騎士団」と呼ばれている。全員が黒い鎧に身を固めているので、総称で黒の騎士団と呼ばれているとのこと。無論、宰相に従った貴族たちの騎士団も存在するが、黒の騎士団は飛び抜けて戦闘力が高いらしい。
「どれだけ攻撃を受けても怯まず、倒れず。やつらは不死身かアンデッドか、って噂していたくらいだ」
「戦ったことがあるんですか?」
思わず問い返すとキースたちは気まずそうに口をつぐんだ。だけど沈黙が肯定だと気づいたんだろう、ため息をつき、しかたなくという感じで口を開く。
「
わあ、それはそれは。
「こちらの被害は甚大でな、逃げるしかなかった」
「ひょっとして、助けたい人物はその時に?」
「ああ、そうだ。捕えられたあと奴隷商人に売られたと知ってな、探しに探して、ようやくここにたどり着いたってわけだ」
それだけ大切な人なんだな。
しかし、キースの話からするに、黒の騎士団は人間じゃない可能性がでてきたなあ。下手すると宰相も人間やめてるかもしれないぞ、これは。
「……まずは捕まっている人を助けることだけを考えろ」
おそらく全員が自分と同じことを考えていたんだと思う。重い沈黙があったけれど、珍しくゲハールが正論で沈黙を破った。ちょっとビックリだわ。
「なんだ、その目は。早く作戦を立てるがいい!」
珍しく照れてるな。可愛くはないけど。
だけど、そうだね。今は目の前の問題を考えよう。
「最初は、見張りを無力化しつつ館に侵入しようと考えていたんだが……」
「見張りがアンデッドとなると難しいですね。眠らないし、気絶もしません」
「倒すのも現実的じゃないですね」
見張りのアンデッドは鎧を着ている。まったく無音で倒すのは至難の業だ。倒れるだけでも音がする。消音の魔法が使えればいいのだけれど、あいにくとキースの仲間に風の魔法使いはいないようだ。
いや、それ以前に、奴隷商人の護衛に魔法使いがいるらしい。下手に魔法を使うと魔力を感知されてしまう可能性があるらしい。う~ん、魔法を使わずに音を消すなんて……。
「いや、できるかも」
呟きに全員が私を見た。やめろよ、照れるじゃないか。
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