宮崎県観光地化計画

 九州南部に位置する宮崎県の県庁。その大会議室で、県庁幹部が顔を付き合わせていた。 


「どうすれば宮崎県が活性化するんだ……」


 今は昔、宮崎県は新婚旅行のメッカとされ、数多くの新婚さんが観光した。信じられない話だが、当時の新婚さんの約4割が宮崎県に来たとの統計すらある。


「昔の観光ブームは、皇族が宮崎を訪問されたことが切っ掛けとなっています。もう一度御幸あそばすよう働きかけはできないでしょうか」と、観光課長が進言する。


 しかし、文化部長は首を横に振った。

「働きかけしても、皇族の御幸を仰ぐなど不可能だ。第一、県内の観光インフラが十分に整備されていないのに、そんなことをしても無駄だろう」


「すでに県が財政赤字になって久しい。インフラ再整備の予算などありませんぞ」と、財政部長は言葉を継いだ。


 県庁幹部は、八方ふさがりの状況にため息を漏らした。


「県知事はどう思われますか?」


 恐る恐るといった様子で、財政部長は県知事に話を振った。県知事は弱冠35歳で県知事に当選した人物である。その奇抜な発想と独自の見解から、「カミソリ」の異名を持っていた。

 それまで上座で腕組みし目をつぶっていた県知事は、財政部長の呼びかけにカッとその目を開いた。


「そもそも良い観光地とは死んだ街のことだ」


 県知事の言葉に、幹部はお互いに顔を見合わせた。「どういう事でしょうか」と、文化部長が質問した。


「最先端の発展を遂げている都市への旅行を観光というだろうか。それは、ショッピングや視察旅行ではないだろうか」


 幹部らは、県知事の先ほどの発言の意味をようやく理解し始めた。「つまり宮崎県を発展させるには、徹底的に産業を起こすか、街を殺すかのどちらかと?」


「その通りだ。観光地化するというのは、死んだ街の様子を見に来てもらうということだ。ここから、宮崎県を観光地化する最適解が浮かび上がる」


「そ、その最適解とは……?」財政部長の質問に、県知事は重々しく口を開いた。


「宮崎県民すべてを、隣県の鹿児島県、熊本県、大分県に移住させることとする」




 百年後、県民がまったくいなくなった宮崎県には大勢の観光客が訪れるようになっていた。今日も多くの観光バスから、数えきれないほどの観光客が降りてきている。拡声器から、バスガイドの良く通る声が聞こえた。


「ご覧ください。ここが昔は宮崎県と呼ばれていた地方になります。あちらに見えるのが、ケンチョウと呼ばれていた建物です。ミヤザキケンミンと呼ばれる人々の暮らしの中心地でしたが、今はツタに覆われており、昔の面影はありません」


 観光に来た子供が興奮して父親に話しかけた。


「すごいね、お父さん! 昔、こんな辺境にも人が住んでいたんだね!」


「そうだね、すごいことだね。おや、足元を見てごらん。本のようなものがあるよ。こんなところにも文字があったんだねぇ」

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