【今日の記念日、その裏側】


【関川さんからの問題編】


※色々と改稿しています。

関川さんの原文はこちらへ。

【ハーフ&ハーフ 問④】

https://kakuyomu.jp/works/16816452219618132890/episodes/16816452220145901286



【tolico改稿版問題編&回答編】


 今日は、あたしにとって久しぶりのデートの日。


 デートと言っても、いつもは後輩シュチュエーションで呼んでくれているお客さんの関川サンが、デートシュチュエーションに変更して呼んでくれたのだ。


 つまり、これはあたしのお仕事。イメクラデリバリーで働くあたしに、デートなんて甘いひと時が訪れることは無い。



 幼い頃から両親は共働きで、放置されていたわけでも無いが、とても愛情過多ではなかった。

 それが要因とは思わないけれど、あたしの性に対する好奇心は愛情欲求と重なって奔放に、寛容に。

 好きだから始めた仕事。お金に困ってたわけじゃない。


 沢山の可愛い男性に出逢えるのは楽しかった。

 意外な一面を見られるのが面白かった。


 ただ、それだけ。特定の誰かを作ろうとも思わなかったから。


 デートなんて、学生の頃以来かも。



 関川サンは。彼は、とても優しい。あたしだけをずっと指名してくれている可愛いヒト。

 あたしのお気に入りの、特別なお客サマ。


 あたしに好意を寄せてくれていることも、解ってる。


 こんなあたしに。




 待ち合わせは駅の中央改札にある時計塔の下。誰もが待ち合わせる定番の場所。

 彼との約束は午前十一時。今はその十五分前だった。


 でも、彼はきっともう来ている。ほら。



 あたしは人混みを縫って彼に近付く。目が合った瞬間、ぱあっと明るい笑顔を向けてきた彼が可愛くて、あたしは彼に手を振った。

 


 今日はデート。


 いつもの、お部屋に行って、コトを為すだけのシュチュエーションとは違う。


 いつもは彼ご希望の後輩らしさを重視しつつ、色気を出すように扇情的な服装とメイクだけど、今日は春らしい色のシックなワンピースを選んだ。

 朱の口紅もやめて、可愛く淡い薄桃色の口紅に、保湿のリップクリームとナチュラルメイク。

 これで、普通のデートをしているカップルに見えるかしら。



 いつもとだいぶ違う格好に、関川サンがまじまじと見つめて来て、あたしはちょっと恥ずかしくなる。


「あ。気付いちゃいました?」


 照れ隠しに何となく意味ありげに言ってみたら、関川サンは平静を装いながらもあたふたとしていた。

 かっこいい紳士が焦る様って、堪らないわよね。


「今日は関川サンとの特別な日ですからね、気合い入れちゃった!」


 今日ってなんか特別な日だっけ? という顔の関川サン。きょとんとした無邪気さが可愛いですね。そそります。



「さあ、今日は何処に連れて行ってくれるんですか?」


 困らせたいわけじゃなかったので、早く早く、と関川サンの手を取り、子供っぽく引っぱってみる。


 そんなあたしに関川サンは優しく微笑んで、ゆっくりと二人で歩き出した。




 行き交う人々は、春の陽気に浮かれて皆、しあわせそうに見えた。

 あたしたちも、他人から見たらしあわせそうに見えるのかしら?


 なんて。まあ、しあわせには違いないわね。想い人とのデートですもの。

 例えそれが仮初めであったとしても。


 初めて、外に出るというシュチュエーション。彼にとってそれは、とても特別だったに違いない。


 でも、彼はきっとこう思う。あたしにとっては、これは仕事だから、と。


 特別な日だと言うことで、彼が少しでも喜んでくれたら嬉しい。

 本当のデートでは無いけれど、せめて気分だけでも恋人でありたい。


 そう思う程には、あたしも関川サンにハマっている。



 さり気なく関川サンの腕に手を絡める。


「うふふ。大丈夫ですよ」


 未だ曖昧な笑顔でいる彼に声をかけて、彼の肩に頭を預けた。


「関川サンは解らなくていいんです」



 春の風があたしの髪を優しく撫でていく。


 上目遣いでにこにこと彼を見上げると、さっきまでの困惑の色はだいぶ薄れていた。

 その儚げで優しい笑顔に、軽い眩暈を覚える。


 真っ直ぐに向けられた好意に、あたしの中の何かがチクリと刺した。


 これは、お仕事。自分に言い聞かせる。




 やがて関川サンが案内してくれたのは、珈琲の香りが心地良く漂う、少しレトロな印象のおしゃれな喫茶店だった。

 ああ、このセンス。嫌味無く、大人なチョイス。素敵だわ。あたしはこういう雰囲気が大好きなのだ。


 やっぱり、関川サンはあたしの特別。もしかしたら感性が近いのかもしれない。




「関川サンて好きな食べ物とかありますか?」


 ほうれん草とベーコンのクリームパスタに添えられた、小さなサラダをフォークで口に運びながら、関川サンに質問してみる。


「うーん。特別に好き嫌いは、あんまりないかも」


「それは良いですね。なんでも美味しく食べられるってことですもん」


「そうかな? まあそうか」


 可愛い反応。普段は世間話なんてほとんどしないから、新鮮。


「嫌いなものが無いってことは、関川サンと付き合った女の子は食べられないモノがあったら食べて貰えるってことですよね。あたし、ご飯を残すのは勿体ないと思うんですよ」


「僕も勿体ないと思うよ。お腹に空きがあれば喜んで食べてあげるね。それを見越して少なめに頼むよ」


「うふふ。やっぱり、関川サンは優しいですね」


 あたしに一途で、紳士的な態度。お客さんの中には酷いことをする人だっているの。それは、きっと関川サンには分からないことね。

 分からなくて良いのよ。どうか、分からないでいてね。


 サラダを食べ終わり、ゆっくりとパスタを食べるあたしを、先に食べ終わった関川サンが見つめている。

 うっとりと向けられた眼差しに、あたしは思わずゾクリとしてしまった。



 ごちそうさまでしたと手を合わせたあたしに、関川サンが手を伸ばす。口端にクリームが付いていたみたいで、拭ってくれたようだ。

 だけど直ぐにはっとした顔をする。


 慌てて引っ込めようとする関川サンの手を取り、あたしはその指先をゆっくりと舐めた。

 自分の行動にゾクゾクと身体が波打っているのが分かる。


 ぺろっと舐め取る仕草をして、あたしはわざと無邪気さを装って笑った。


「関川サンがこのまま口に運んだら、間接キスでしたね」


 彼とは、キスをしたことがない。



 食事を終えて、関川サンの提案で水族館に向かう。何気ない会話をしていたけれど、内心はドキドキと気持ちの昂りを抑えるのに必死だった。




 薄ぼんやりと白い海月が闇に舞い、イワシの群れに光が散りばめられる。ゆったりと泳ぐサメとエイと、老獪そうな大きな亀があたしたちの前を通り過ぎて行った。


 あたしは水が大好きだった。子供の頃に数度だけ連れて行ってもらった海や川、湖は学生になってから自分独りでよく行った。

 土砂降りの雨の音が好き。水の流れが好き。身体で水を感じる時、全てを洗い流してくれる感覚が好き。


 晴れ女だから出かける日は降らなくてちょっと複雑だと笑ったら、関川サンも笑ってくれた。



 いつも家に呼んでくれる時は話さないような私自身を、関川サンに見せている。つい本当のデートのように錯覚してしまう。


 これは。これが、あたしの仕事なのだ。彼がそういうシュチュエーションを望んだから。



 だけど、本当にデートしているようで、複雑な嬉しさと切なさを感じていた。

 あたしにとって、特別な一日にしたいと思った。


 彼にとって、そうであるように。






 ゆっくりと水族館を巡って、デートは彼の部屋まで続く。



 汗をかいてしまったのでシャワーを浴びたいと、関川サンの手を引いて一緒に浴室に入る。


 その後は。いつものように。唇には触れない暗黙の約束。


 好奇心に任せて快楽を得るための行為を。あたしは……。



 ランチでの出来事を思い出して、いつも以上に欲情している自分が分かった。浅ましい。しかしそれがさがなのだ。


 後悔をしたことは無いが、そこに快楽以上の何かを求めたいと思っている自分に気付いた。


 気付いて、しまったのだ。




 デートの終わり。ドア口に立っていつもの挨拶。ご利用ありがとうございます、と代金のやり取りをして、帰る間際。


「関川サン、ちょっとかがんでくれますか?」


 あたしは関川サンにお願いをする。


 玄関口で一段高い彼は少し膝を折って頭を近付けてくれた。



 両腕を彼の首元から後ろへと回し、素早く引き寄せる。


 ぐっと近付いた唇に、あたしの温もりを重ねて目を閉じた。柔らく、暖かい。ピリっと痺れたような感覚に酔う。



 一瞬。そして長く。触れるだけのキスをする。


 彼に回した手を、頬を撫でるようにして離した。


 永遠かとも思うような時間は、実際にはほんの少しで、名残惜しく離した唇を軽く指先で拭う。



「今日はデートでしたからね。それでは、また。おやすみなさい」


 少しだけ、内緒で見せる本当の気持ち。


 呆然と立ち尽くす彼に、柔らかく穏やかにそう告げる。突然のことで動けないであろう彼は、何も返さず手を宙に彷徨わせていた。


 名残惜しい。だけど、この後のことなんて考えていなかった。それはあたしの我儘な衝動だった。


 何か言おうとしたのだろう彼を待たずに、あたしはドアを閉めて部屋を後にした。




 この特別な日をずっと忘れない。想い人への初キスという記念の日。




 今までのあたしじゃあ考えられない。このキモチは……。




 これから、どうすべきか、どうなっていくべきか。あたしは、どうしたいのか。






 まだ肌寒い春の夜風に抱かれながら、出ない答えを探していた。



【情熱と冷静の間にスパイスを〜唇から零れる熱〜】——END

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