第11話 福海という男

 仁は福海に無理強いをされたことをルーシーの妹でもあるエミリーに報告をした。


 「……てなわけでエミリーちゃん、もし福海って男が告白したとしても無視してよかけん」


 「はい、教えてくれてありがとうございマス。仁君のおかげでルーシーが変な人と交際しなくて済んだと思っていマス」


 「いや、ルーシーはきっぱりと拒否してたから大丈夫だと思うけど……」


 「その福海って奴、確かバスケ部の次期キャプテン候補にあがってる男だよな?もしも侑にも縋りついてくるようならぶちのめすけどね」


 ヨハンは仁とエミリーの会話に混ざり、自身の彼女でもある侑に手出しをしようものならと報復を与える気満々のようだ。


 「ヨハン、この前牛沢の奴ボコった後にそれはまずかばい。今回の相手は総理大臣だか国会議員だかわけの分らんとこのボンボンっちゃけん確実に退学にさせられるばい」


 「そうなると手出しできねえなぁ……」


 仁はそんな物騒なことを考えるヨハンを制止する。


 「どちらにしても暴力はメッ!デスヨ」


 「「はい……」」


 エミリーは注意を促し、二人は肩を竦め頷く。


 次の日の放課後、仁はいつものように音楽室で部活をしていた。


 「仁、昨日福海って先輩と何かあったの?」


 「紫龍、何で知っとるとね?」


 「うちのクラスで話題になってたぜ。それにその先輩がお前を呼ぶように後輩に言ってるみたいだけど行かなくていいの?」


 「俺は何も悪いことしてないし行かなくて大丈夫でしょ」


 仁と紫龍はそんな会話をしていると部室の扉がガラガラと開いた。


 「坂本仁っている?」


 バスケ部員らしき生徒が仁を訪ねに来たようだ。


 「俺やけど大体予想はついとるばい。福海の奴に連れてこいって言われたとやろ?」


 「うん、かなり苛立っている様子だったよ。それで体育館裏に来てほしいって……」


 バスケ部員の生徒はそう言うと逃げるように踵を返し、仁は「ちょっくら行ってくるけん」と言いながら部室を出ようとした刹那、紫龍は心配そうに声をかける。


 「仁、何かあったら俺達に言ってくれないか?」


 「大丈夫って、そげん心配せんでも無事に戻ってくるけん」


 「戻ってきたら練習再開するぞ」


 悠野は仁にそう言い、仁は手を振りながら部室を出た。


 (昨日のリターンマッチでもしよってか?ルーシーの前でカッコ悪い姿見せたくないからって集団リンチかタイマン勝負で片をつけるつもりだろうなぁ……)


 肩を竦めながら仁は煙草を口に咥えながら体育館裏に向かうとそこには仁王立ちし、額に血管を浮き立たせていた福海とルーシーがいた。


 仁は部活の練習もあってか極力穏便に済ませたいのだがいざとなれば福海をぶちのめす覚悟もあった。


 「何の用ね?」「何の御用でしょうか?」


 仁とルーシーは同時に声を発しながら福海に尋ねる。仁は煙草を吸いながらのんびとし、ルーシーの表情はかなり鋭く態度もやや冷たい。


 「……昨日は、坂本さぁとルーシーさんに大変ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした!」


 福海は悔しそうに表情を歪めたかと思えばそう言って頭を下げ、仁とルーシーは茫然と佇んでいた。


 「なぁんだ、俺はてっきり集団リンチかタイマン勝負で片をつけるのかと思ったら謝るためだけに俺とルーシーを呼んだとね?別にもう気にしとらんばい」


 呆気にとられた仁はこれで逆恨みされても困ると思い、穏便に済ませようとことを運ばせて、ルーシーに目配せをする。


 「私の方も別に気にしていませんわ」


 ルーシーは淡々とそう言い、早く帰りたそうにしていた。


 福海の方はどうやら何か納得のいかないようで、一年生に頭を下げることにプライドと自尊心を傷つけられていたようだが仁にとってはそんなことは知ったことではなかった。


 元を辿ればルーシーに強引に交際を求めたことが原因であるため自業自得だからだ。


 「…………金持ちの綾野家の友人だからって調子に乗るなよ!」


 福海は負け惜しみながら情けない雑魚キャラのように仁に対して吐き捨てながら去っていった。


 謝罪をしたかと思えば金持ちだからと調子に乗ったツケが回ったのだ。


 仁は「やれやれだぜ……」と唖然としているとルーシーは仁に尋ねる。


 「ねえ、もしかして侑に言ったの?」


 「まさか、あんな奴と二度と関わり合いになりたくないけん侑とおじさんにも言っとらんばい。言ったとしたらエミリーと昨日の会話をしていたらヨハンが割り込んでたからそれで侑の耳に入って父親に報告したとやろ……」


 ルーシーはどうして謝る気になったのか首を傾げると仁は綾野家は色々なパイプがあり、綾野家の親戚の友石家が根回ししたのだろうと仁は予測していた。





 仁はその後、部室へと戻り紫龍達に先程起こった出来事を話した。


 「あの先輩お前に謝ったかと思えば負け惜しみかよ。マジで草生えるな」


 「つかあいつの性格だと彼女出来てもハンティングに失敗するだろ」


 紫龍と悠野は笑い話に変えて部室内はゲラゲラと笑い声が響いていた。


 「それにしてもお前、ルーシーんちゃんのことが……」


 ヨハンが言おうとすると仁はヨハンの頭をゴツンと殴る。鈍い音がヨハンの頭の中に響き渡り、涙目で両手で頭を押さえる。


 「何も殴ることはないだろ……」


 「うるせぇな、俺はあいつに好意なんか寄せとらんし興味なかばい。俺が好きなのは二次元美少女だけたい」


 仁は自分が二次元オタクであることを主張するとヨハンは溜め息を吐き、(素直じゃないなぁ……)と内心思っていた。


 「つかヨハン、お前まさか福海の件侑に話したとね?」


 「その話したら侑も福海に交際を求められたそうでさ、侑のことだから『あなたのようなヤリチンと付き合う程私も暇じゃないのよ』と言ったらしいよ。それを父親に言ったかなんかで親父さんは激怒して福海んとこの親に事の経緯を話したとかなんとか……」


 ヨハンがそう言うと紫龍はおどけた表情で下ネタを混ぜる。


 「福海は粗チンだから侑とルーシーちゃんを口説けなかっただけだろ。しかも親に頼るとかマジでクソダサいんですけど」


 「金持ちのくせにその辺のマナー知らないのはマジで草だよな」


 「結論、あの軽薄男をぶちのめさずに済んだのはよかったと思うばい」


 「あんな奴殴ったとしても侑のお父さんの権力使えばいつでももみ消せただろうに……少なくともあのゲス野郎は殴ってほしかった」


 仁、紫龍、悠野、ヨハンは福海のことを酷評していた。


 「まぁあの福海って奴はどっちにしろ『坂本仁』って奴に恋路を邪魔されたとかあることないこと言って怒られたのは想像つくけどね」


 「福海の親父さんは侑のお父さん経由で聞いた話だとかなりの良識的な政治家らしい……んで、侑やルーシーちゃん以外の女の子に迫っていたバカ息子を問い詰めて仁と侑の名前が出たんじゃないのか?」


 「あ~、なるほど」


 どちらにせよ、福海は自らの意志で謝っていないことは確かだ。


 そうでなければ最後にあんなことを吐き捨てるなんてあり得ないからだ。


 父親の名前を使ってルーシーを傷つけ、その結果仁と揉めたことが福海の父親の耳に入ったのだろう。


 「これでなんとか練習できそうだな」


 「そうだな、あんなゴミなんかに負けるなよ?」


 仁はこれ以上福海の話をするのは不愉快だと思い、紫龍、悠野、ヨハンはそれに頷く。


 「何だか知らんが練習するか」


 ベースの夏木も頷き、仁達に視線を向ける。


 「ようし、あの告り魔の福海から無事帰還した仁もいることだし文化祭に向けて練習するぞ!」


 福海という学校一嫌われている告り魔の問題は無事に終了し、仁達は文化祭に向けてバンド練習を再開したのだ。


 全ては自分達の演奏を色々な人に聴いてもらうために。

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