第7話 仁の初デート

 ベランダで煙草を吸っているとポケットに入れていたスマホから着信音が鳴り響き、仁はポケットからスマホを取り出し着信通知には親父と書いてあり、溜め息を吐きながら気だるそうに電話に出た。


 「どげんしたとね?」


 『”どげんしたね”じゃなかばい!今何ばしとっとね?』


 父親は呑気そうにしている仁の耳元に響くほど大声をあげる。


 「家におるけどくさ」


 『今日は日曜っちゃけんルーシーちゃんとデートでも行ってこんね!あとちゃんと証拠写真も撮らやんばい!』


 父親はそう言いながら電話を切り、仁は肩を竦める。


 「めんどくせぇなぁ……」


 溜め息を吐きながら不満を零す。


 仁はベランダの扉をガラガラと開けながらルーシーの下へと近寄る。


 「どうしたの?具合でも悪いのかしら?」


 「違う……うちの親父から休日くらいデートに行けと言われた。んでその証拠写真も送ってくれだって……」


 「仕方ないわね、お父さんのためにもデートに行きましょうか……」


 仁は俯きながら言うとルーシーも俯き、頬を赤らめながら頷く。


 部屋へと戻った仁は外出用の服に着替える、着ていく服はリーバイスのジージャンにジーパンに中折れ棒にレイバンのサングラスを着用することにした。


 「って、ルーシーめっちゃおしゃれじゃん!別人かと思ったばい」


 ルーシーは学校にいる時よりも艶めかしく、色の薄いブラウスに紺色のスカートを穿いていた。


 「べっ、別に仁の好みに合わせてるわけじゃないんだからね」


 「分かっとるばい、ルーシーの私服初めて見たけんどげんかとば着るとか気にはなってたけんくさ」


 「ほらっ、早くデートに行きましょ!」


 ルーシーは頬を赤らめた状態で仁の手を引っ張り玄関を出た。


 マンションを出てから行き当たりばったりで街を歩いているのだが二人はデートなんて当然したこともないだろうからどこで何をすればいいかなんてわかるはずもなかった。


 仁に関しては基本男同士で遊ぶくらいしかしたことがないので女子とこうやって外に出かけて遊ぶ機会などなかったため適当に公園かその辺りで写真撮ってデートしましたアピールして終わりにしようと思っていた。


 「ルーシー、適当に写真でも撮ってこのまま帰ろうか……」


 そう言った矢先にルーシーはジト目で仁を睨む。


 「ねぇ、あなたはどうして女の子の気持ちも考えずにそんなことを口に出せるわけ?親に言われたからデートに行っているとしてもちゃんとしなくちゃ意味ないでしょ?」


 ルーシーは婚約のフリをすることに賛成していたのにここまで真剣に怒ることに理解を示せない仁はこれ以上揉め事を起こして周囲に注目されるのは面倒になると思い言い返すことなくスマホで調べ事をしていた。


 「ルーシー、確か運動得意って言ってなかった?確かこの辺りテニスだか卓球ができる施設があったみたいやけんそこ行こうばい」


 「ふ~ん、帰る気満々だったのにちゃんと調べてるんだね……」


 ルーシーは小声で頬を赤らめ感心していた。


 仁はスマホの地図を頼りにテニスや卓球などができる娯楽施設へと向かった。


 娯楽施設へと到着した際、カウンターで会員証を入場時に作り二人は財布の中に入れる。


 「仁、私テニスやってみたい……」


 ルーシーは俯きながら仁のジージャンの裾を引っ張り小声で尋ねる。


 「………んっ、ならやろっか」


 仁はあっさりと即答した。


 「テニスとか一度もやったことなかっちゃけど俺でもできるやかねぇ?」


 「私も授業でしかやったことないけど………試合ってなると少し難しいわ」


 健全な男子二人でテニスをやる、いくら仮初の婚約関係を結んでいても傍から見ればカップル成立前の恋人らしいイベントそのものだ。とは言いつつも仁は普段から煙草を喫煙しているため健全ではなく俗にいう不良、すなわちツッパリであるのだが。


 「私から先に打つわよ?」


 「よかばい」


 ルーシーはウォーミングアップをある程度済ませ、ボールを仁の方へと向ける。


 仁は最初こそ上手く打ち返せなかったが二度目はしっかりとボールをとらえ当てた。


 勢いよくラケットを振ったため、ボールが急加速でネットを超えルーシーとは反対方向へと飛んだ。


 「あちゃ~、ごめん、テニス初めてやけん違う方へ飛んじゃった……」


 仁はテヘペロしながら右手から左手へとラケットを持ち替える。


 「次はしっかりお願いね……」


 「分かった」


 ルーシーは再びボールを仁の方へ向けて打ち、仁の方へと軌道に乗ったボールを見切り打ち返した。


 左手に持ち替えたおかげで打撃率とコントロールは上がったものの威力は右手と比較すれば減衰していたがルーシーにとってもラリーしやすいため(最初から左手で打てばよかったのに……)と唖然していた。


 ボールが何度もお互いのコートを行き来し、仁は左手から右手へと持ち替えボールを打った。


 仁が打ったボールは宙を舞い、狙いを定めたルーシーは頭上に堕ちる前にボールを打ち返し、仁はボールを追いかけようとするもそれよりも遠い方向へと飛んだため打ち返すことができなかった。


 「いや~、やっぱルーシーは凄かばい」


 「仁だって初めてって言ってるけど出来てるじゃない」


 二人はお互い褒め合い、ラリーを再開した。


 ラリーを使用時間が来るまで打ち合い、二人はお互いに汗をかいていた。


 時間が過ぎてテニスコートを出た後、仁はルーシーの体がはっきりと凹凸しているのを肉眼で見てしまった。


 すぐに仁は視線を逸らし見ていないふりをするとルーシーはムスッとした表情で尋ねる。


 「何かついているの?」


 「……んっ、え?何もついとらんばい」


 仁は焦燥ぶりを見せながら言い訳を探す。


 「そうだ、写真ば撮らやんちゃったね!」


 「そう……だったわね」


 父親から頼まれたことを言い訳に上手く誤魔化すことができ、ルーシーのふんわりとした清涼剤と汗が入り混じり、いい香りが漂っていたことが気になっていた。


 (女の子の匂いってホントいいなぁ……そもそも俺はルーシーがこんなにいきいきしているところ見るのは初めてかもしれない)


 婚約して初日から距離は近いのか遠いのかまだよく分からないがこうやってちゃんと女子と会話するのは何年振りなのだろうか、仁は心の中で思っていた。


 仁が女子と会話するとしたら綾野侑くらいしかいないわけで、かと言って侑を恋愛対象として見ているのかと言われればそうでもなく、小学生の頃友達だった程度の認識しかないのだ。仁は色々あって女性恐怖症を患っており、女子とまともに会話すらできないコミュ障ではあるが何故か自然とルーシーと会話することができており、心のどこかで安らぎすら感じていた。


 近くに暇そうにしている大学生か専門学生のアルバイトと思われる女性従業員がいたためルーシーは声をかけた。


 「あ……あのっ……写真、撮ってもらっていいですか?」


 「ええ、いいですよ」


 女性は笑顔で快諾し、仁は女性にスマホを渡した。


 「は~い、笑って……二……一!」


 語尾を伸ばしながらシャッターを押し、写真が一枚撮れた。


 仁とルーシーは女性従業員のところへ駆け寄り、写真を確認した。


 「う~ん、失敗しました」


 「え?」


 「What?」


 仁とルーシーは何が駄目なのか困惑していると女性従業員は再びスマホを構える。


 「お二人さん、もっと楽しまなくちゃ!」


 「いえ、私は……」


 「忙しいだろうから……」


 「今私暇なので撮らせてください!」


 女性従業員はノリノリな様子で目を煌びやかにして言った。


 仁とルーシーは同時に溜め息を吐き肩を竦め公開をしていたが時すでに遅しだった。


 熱いまなざしで押し切られ二枚目の撮影へと突入していた。


 「もっと体をくっつけて、彼氏さんはサングラスを外して彼女さんの肩を、彼女さんは身を預けるように笑顔で。はい、そうそう……そんな感じです!」


 仁はサングラスを外し、ルーシーは言われるがまま女性従業員の言うことを聞き、楽しそうにしているため上手く断れずにいた。


 「あらっ、彼氏さんサングラスの下はどんな顔かと思ったら女の子みたいで可愛い顔立ちしているじゃない!私結構彼氏さんのような神秘的と言うか中性的な顔立ちの男性ってタイプなんですよ~」


 「はっ、はぁ……」


 恐る恐るルーシーの肩へと手を伸ばし触れると、ルーシーの肩は汗でいい鳥濡れており、距離が縮んだことでルーシーの匂いもより強くなっていた。


 仁は自分の体臭がルーシーを不快にさせていないだろうか心配し、躊躇いつつも女性従業員の言う通り体を密着させた。


 「いい身長差ですねぇ、彼氏さんはその可愛い顔を活かしてもっと顎を引いて笑顔で、彼女さんももっと上目遣いで自然に笑って……いいです、とても可愛らしいです!」


 「「…………」」


 仁の腕はルーシーの柔らかい豊満な胸が当たり、体を震わせていた。その際、仁とルーシーはお互い顔を赤らめていた。


 「行きますよ~」


 女性従業員は満面の笑みでシャッターを切り数枚写真を撮った。


 赤面している仁とルーシーに撮影した写真を見せる。


 「どうでしょうか?」


 「いいと思います」


 「あっ、ありやとっス!」


 二人は頷き、気恥ずかしのあまり暫く沈黙していた。


 女性従業員は上機嫌で仕事へと戻り、ルーシーは沈黙を破り仁に声をかける。


 「……本当にお父さんに送るの?」


 「と言われた以上仕方がないだろ?」


 普段は女好きのおちゃらけたスケベ親父ではあるが流石に他人に見せびらかす程モラルのないわけではないはずだ。


 仁とルーシーは再度写真を確認すると、その姿はまさにバカップルそのものだった。仁は自身の顔にコンプレックスを抱いており、女性従業員に可愛いと言われたことをすごく気にしており、「せめてカッコいいて言われるなら……」と俯いていた。


 「……サングラスをしてる理由ってもしかしてそれも関係あるのかしら?」


 「どうだろう、それよりも写真どげんするね?親父に送った後消してほしいなら――」


 「貰ってもいいかしら?これは私の写真でもあるわけで……」


 仁はルーシーと連絡先を交換していないことに気付きすぐさま交換し、写真を送った。


 (これも思い出の一つとして残るのね……)


 ルーシーは内心、どこか切なさを感じていた。仁も刹那、心の奥底で切なさを感じていた。

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