第5話 ラーメン禁止

  仁は夕食を食べ終えた後、ヨハンの家に置いていた荷物を部屋へと入れた。


 部屋の中はギターにノートパソコン、衣服類以外は全て用意されているみたいで仁は自分好みの部屋へとアレンジした。


 シンプルだった部屋はロック好きな少年らしい部屋へと様変わりし、仁は早速ギターをハードケースから取り出しヘッドフォン端子の付いているアンプへと繋いだ。


 仁が使用しているミニアンプはアメリカで有名なバンドのギタリストが開発したヘッドフォンアンプで、音はヘッドフォンアンプの中ではそれなりにいい音がしていた。 

 入手困難であるため仁は大事に使用しているが変形ギターのランダムスターも同様だ。ヘッドフォンアンプとランダムスターは親友のジョセフから……仁にとっては丈から譲り受けたものであるため思い入れはかなり強く、友人と遊んだり学校で授業を受ける日以外はほぼ肌身離さずに持っていた。


 仁の持っている深紅のランダムスターはジョセフがオーダーメイドで購入しているため、通常のボルトオンネックではなく、ヒールレスのセットネックであるためハイポジションはかなり引きやすくなっている。


 ただし、ランダムスターのブリッジはフロイドローズになっているため弦が一本でも切れるとチューニングが狂ってしまうためかなりピーキーなものとなっている。


 仁はランダムスターを使用する前はギブソンレスポール58年ヒストリックを使用していたがジョセフがランダムスターを譲ってくれたことでレスポールはサブギター―として使用されるようになった。


 「やはり丈のようには指が動かないな……」


 親友でもあるジョセフと違い指の動きが中々速くならないことが悩みでもあり、何度も挫折しかけた原因の一つでもある。


 仁は何度もギターを辞めようかと悩み苦しんでいたがそれでも仁は辞めることができなかった。ギターに対する思いが強いあまり何度も試行錯誤しながら練習をしていた。


 速弾き至上主義であるがゆえに速弾きができないギタリストはダサいという考えがあるため仁はそんな自分自身のことを超絶ダサい奴だと思っているようだ。


 紫龍達は仁の演奏技術を褒めているのだが仁はジョセフの演奏に比べれば褒められるレベルではないと思っているため素直に喜べずにいた。


 仁のギターはいつも以上に攻撃的で、葛藤と喜びが混沌に交わり合うことで癖のあるサウンドを奏でることができていたのだ。


 演奏をしていると部屋をノックする音がしたが仁はギターを弾くことに全集中しているため聴こえるはずもなかった。


 「――と仁、お風呂入りなさい!」


 「……んっ、どげんしたとね?」


 仁はヘッドフォンを取り、間の抜けた声でルーシーに尋ねる。


 「ギターはお風呂の後にでも弾けばいいでしょ?早く入らないとお湯が冷めて風邪ひくわよ?」


 「というか別にお湯を沸かせばいいだけやないとね?湯が冷めたら冷めたで」


 「いいから入りなさい!」


 ルーシーはほぼ強引に仁を浴室へと誘導し、仁はそんなルーシーに対して溜め息を吐きながら着ていた服を脱ぎ始める。


 脱いだ衣服類を洗濯籠に入れ、浴室のドアを開けて体を洗わずいきなり浴槽に浸かる。


 「ルーシーの奴、あいつは俺のオカンかよ……それにお見合いで婚約が決まってからなんか学校にいた時よりもお節介になったというかめんどくせーというかこりゃあ今後が大変になるだろうな……」


 仁は十分以上浴槽に浸かり、体を洗うのが面倒だと思っていたがルーシーと同棲している以上体を洗わないわけにもいかなかった。


 髪の毛をシャンプーで洗い流した後にトリートメントを付け、体をボディソープで綺麗にし全てを流し終えた後に浴室を出て脱衣所で濡れた体をバスタオルで拭き取る。


 ドライヤーの風で仁の亜麻色の長い髪の毛は靡いていた。


 仁は髪を乾かし服を着た後、愛用しているレイバンのサングラスをつけた。


 「なんか腹減ったな、コンビニでラーメンとコーラでも……」


 仁は部屋に戻り財布を取りポケットに入れマンションから出ようとするとルーシーが後ろから「何処に行くの?」と声をかけた。


 「コンビニに行くだけばい」


 「ふ~ん、ラーメンとコーラを買いにコンビニに行くんだ……」


 「ダメ?」


 「うん、ダメに決まってるでしょ?ラーメンは禁止って私言ったと思うんですけど?」


 ルーシーは顔を引き攣らせながら仁に威圧をかけ、コンビニに行くことを阻止していた。


 「頼む、今日だけはコーラとラーメン買いに行かせてばい!」


 仁は手を合わせながら頭を下げるもルーシーは譲らない様子で「ダメです!」の一点張りだ。


 男は女と口げんかした際勝てる確率は低いと言われているがそれもあながち間違っていないと判断した仁は溜め息を吐いた後俯き、トボトボと歩きながら自分の部屋に戻っていた。


 「あ~あ、コーラとラーメン食べないと俺、元気が出らんとよねぇ……ルーシーが駄目って言うなら仕方ないけどさ……」


 仁は不満を口にしながら部屋の中へと入りそのままベッドへと飛び込んだ。


 新しく生活するマンションで住み慣れていない場所であるからか眠りにつくまでに時間がかかったが深呼吸をし、心を落ち着かせることで余裕が生まれていた。


 布団を頭まで被ることで安心感が湧き、そのまま不満に思っていることも嘘のように和らいだことで眠りについていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る