【王太子視点】第二王子は愛が重い



俺はこの国の第一王子として生まれ、未来の王太子になるべく幼い頃より厳しい教育と剣術の鍛練が始まっていた。俺はそれを疑問に思わなかったし、寧ろ、勉強や体を鍛えることが好きだったのでそれほど苦には思わなかった。しかし、弟のアーノルドは勉強や剣術が苦手らしくよく逃げ出しては皆を困らせていた。運動を嫌い、甘いものばかりを口にするので体もどんどん弛んでいく。それを咎めようとすれば忽ち癇癪を起すので周りの侍女たちは怖がってアーノルドが望むままに食事や菓子を与えるのだ。

父や母もそれにはだいぶ頭を悩ませていた。両親が叱るとその時だけは反省しているように見せて、両親がいなくなると告げ口をされたと侍女達に当たり散らす。

兄である俺も何度か注意をしようとしたが


『何でもできる兄上に僕の気持ちなんてわからないでしょう!?』


と詰られるばかりだった。その頃の俺もまだ子供だったという事もあり、もう勝手にしろと思いそれから関わることをしなくなった。

そんな弟がある時を境に大人しくなった。食事をとることもせずに、部屋に引き籠っているらしい。


『あれは、本人が乗り越えないといけない問題だ。しばらくほっといてやれ。どうしようもなくなったら私がなんとかする』


父上なら何か知っているのではないかとお聞きしてみたらそう返されたので俺の知らない事情があるのだと思い、様子を見ることにした。

また、しばらくすると今度は人が変わったように勉学と鍛練を熱心にするようになった。どうやら、母上が元気づける為に主催した、同じ年頃の子供たちを集めたお茶会でとある令嬢に一目惚れしたらしい。しかし、その令嬢にはすでに婚約者がいたとか……。

そこで父上に直談判し、『もし今以上に勉学と鍛練に励んで父上が一人前だと認めたのなら考えてやる』となんとも父上らしい提案を受け入れたらしい。父上もアーノルドの今までの怠惰な生活からそう長くは続かないとお考えになったみたいだ。俺もその話を聞いたときに同じ考えになった。


しかし、その考えは良い意味で裏切れれることになる。


アーノルドはそれから音を上げることもなく今までの遅れを取り戻すかのように勉学に励み、毎日の鍛練を欠かさず行った。宮仕えの者達にも今までのような横柄な態度を取ることもなくなり、その変化に周りの大人たちは喜んでいた。特に母親などはアーノルドが一目惚れした令嬢の肖像画を描かせて褒美として与えたらしい。


結果としてそれが良くなかった……、いや、なるべくしてなったのかもしれない。

アーノルドはその肖像画をたいそう喜んで部屋の壁に飾り毎日のように朝起きたらに話しかけた。まあ、それだけならかわいらしい事ではないかと母親も思っていたらしいが、それからどんどんエスカレートして、その令嬢の身辺を影達を使って調べさせたりしていた。これにはさすがにやりすぎだと咎めたが『レーナ嬢を守るためには必要な情報収集です!』と言い切られたらしい。

そしてある日、騎士達を連れて城を出たかと思ったら奴隷商人達を捕らえてきた。その犯行現場が令嬢の邸のある町だったらしい……。これには両親も閉口した。とにかく、王家から犯罪者を出さないように影達には第二王子から何か行き過ぎた命令がされたら、すぐに陛下か王妃、または俺に報告するように厳命した。また、第二王子の奇行を外に漏らさないように口が堅く、第二王子の行き過ぎた行動を諫める事が出来る者を厳選して配置した。


それからは、まあ平和に過ごせていた。何やら魔術師達と結託して魔道具を作っているらしいがそれも弟が増やした私財から出資しているらしく、それとなく探らせても犯罪を起こすような物ではないらしいので放っておいた。

そんなアーノルドが学園へ入学することになった。かの令嬢も同じく入学するという事で少し釘を刺しておこうと久々に弟の部屋を訪れた。


「……相変わらず、すごい景観だな」


部屋に入るとまず目に入るのは部屋の壁の高さくらいある令嬢の肖像画だ。そして何故かドレスを着たマネキンが数体飾られている。どうやら潜り込ませた女騎士にサイズを聞き、自分でデザインして特注で作らせたらしい。


「また、ドレスが増えているな……」


「はい! レーナ嬢の似合うドレスを考えているとどんどんアイディアが浮かんできまして!! 特にこれは、最近の会心の出来になっていて、まずこのデコルテの部分が………」


「あーあー、わかったわかったから! お前が話し出すと長くなるから手短に用件だけ言うぞ」


実際に話し出すと半日は経つだろう。これで何人もの商人らがノイローゼになってしまったという経緯がある。それからは極力、かの令嬢についてはあまり触れないようにとの暗黙の了解がなされていた。


「まずは学園を首席で入学おめでとう」


「はっ、ありがとうございます」


「オルコット嬢は次点で入学らしいな」


「そうなんです! 淑女教育も素晴らしく、王家の一員になっても問題ないと潜り込ませた女騎士が言っておりました」


「うむ、それはいいのだが、まだ大事な問題があるだろう? 彼女には婚約者がいるのだ。お前が学園に入学して彼女に横恋慕していると皆に知れたら彼女の立場を貶めることになるかもしれない。その事はわかっているな?」


「わかっています! レーナ嬢とは適切な距離、適切な関係を築きたいと思っています。ただ、あの婚約者はあまりいい噂を聞きません。……もし、奴が不貞を行っているとしたらそれを理由に婚約を解消させ、改めて俺の気持ちを彼女に伝えるつもりです」


「そうか……、ならお前を信じることにしよう。ただし、彼女の気持ちを無下にするようなことはするな。しっかりと話し合うのだぞ」


「勿論です!」


やや不安が残るがあとは影達が何とかしてくれるだろう。

学園へ通いだしてからは心配していたような事はあまりなかった。ただ、入学直後に急にアーノルドの学年の同級生らが一気に婚約をしていったり、あとは前々から少し黒い噂のあった貴族らのちょっとした不正が暴かれ田舎へと更迭されたりしたが、概ね平和に過ごせていた。


しかし、アーノルド達が三年に上がった時に、影達が忙しそうにしているのを見て問いただすと、どうやら転入してきた男爵令嬢とオルコット嬢の婚約者が不貞を行っているらしい。その証拠集めと同時に新たに魔術師達が作り出した魔道具を使って何やら実験をおこなっていると報告された。

なんだかひと波乱起こりそうな予感に溜息を吐きつつ、何かあればすぐに俺に報告するように言った。

そして、アーノルドは俺と父上に男爵令嬢とオルコット嬢の婚約者の不貞の証拠を見せて婚約解消の同意を求めた。これだけの証拠が揃っていると否とは言えない。弟は嬉々として両家の父親を呼び出したのだった。

そんなことがあった次の日が卒業式という事で、やはり何か嫌な予感がして護衛騎士と一緒に学園へと向かったのだが、案の定、アーノルドは盛大に自爆してしまったようだ。


固まっている弟をはたいて騎士に担がせて、その場で戸惑っているオルコット嬢に一言詫びて会場を後にした。弟には後で説教をしたがまだ諦めきれないようだった。






「父上! 俺、いや、私は王位継承権の返上をします!!」


オルコット嬢へお見舞いに行ったはずのアーノルドが突然帰ってきてそう宣言した。


「はぁ? お前は自分が言っている意味が分かっているのか?」


父上と一緒に執務室にいた俺もその言葉に目を点にする。


「わかっています! オルコット家は子供がレーナ嬢しかおりません。レーナ嬢が申すには婿に来てくれる者なら結婚しても良いと言ってくれたのです! 兄上はすでに王太子ですし長男もいるので、私がオルコット家に婿入りしても問題ないでしょう?」


「いや、しかし……」


「アーノルド。実は先月の隣国との舞踏会でそこの王女がお前に一目惚れしたそうだ。婚姻を結ばないかと書簡が今日、届いてな……」


「へえ……、ではその国ごと無くなればそんな話は無かったことになりますね! 1部隊だけ貸していただけますか? すぐに終わらせてきます」


「まてまてまて!! 早まるな!!」


険呑な目つきのまますぐにでも出て行こうとするのを慌てて父上が止めた。


「父上…、いえ、陛下。認めてやりましょう。このままだと最悪な事態になりかねません」


国同士の結びつきは大事な事だが、このままだと本当に一つの国を消しかねない。そうなると他の国々とのバランスも悪くなり、一気に世界大戦になりかねない。


「はあ…、ここまで来たらお前の熱意には負るわ。うむ、王位継承権の返上は承認しよう。どこにでも行ってしまえ」


「ありがとうございます!」



そして、アーノルドの初恋は成就した。

兄としてはこれからも末永く弟夫婦が幸せに暮らすように願うばかりだ。





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お待たせしました、残りの1話は結婚後のアーノルド達の話です。

もう少しだけお付き合いください。

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