【王子視点】 2話

学園の入学式の前日、俺は次の日の事を考えるとなかなか寝付けなかった。そして朝、侍女に叩き起こされるまで寝過ごしてしまった。

何故か専属の侍女達は俺に対して容赦がない。一度、文句を言ったら冷たい目で言い返された。


「ご自分の日頃の行いを思い返していただくと、おわかりになるのでは?」


まったくわからんぞ!!

以前のような我儘ではなくなったし、むしろ自分でも言うのも何だが優秀な部類の人間に入っていると思うのだが。そう口には出していないのに思っている事がバレてるらしく「そう思っているうちはお分かりにならないと思いますよ」と言われてしまった。

まあ、昔のあの侍女達のように影でこそこそ言われるよりは面と向かって言われる方がまだマシだとは思うが、あるじに対してもう少し優しく接してくれてもいいと思う。




学園の新しい制服を着て、いつものようにレーナ嬢の肖像画の前に立つ。


「やっと、本物の君に会えるね……」


最初にレーナ嬢に会ったら何と言おうか。あの時の事を覚えているだろうか。ずっと会いたかったレーナ嬢に今から会えると思うと心臓が早鐘のように打つのを感じた。

とにかく! 初めが肝心というからな、ナチュラルに、そしてレーナ嬢が好感を持てるように挨拶しなければ!!

レーナ嬢と自然に挨拶をして打ち解けるという当初の目標を胸に入学式へと俺は向かったのだった。


学園の入試テストで主席を取った俺は新入生挨拶をすることになっている。後で聞いたらレーナ嬢はなんと2位だったそうだ。クラスも同じ特級科でこれから接点も多くなるだろう。レーナ嬢の婚約者は出来が悪いらしく別の科で校舎も離れているらしい。これは俺にもチャンスは十分にあると見ていいのだろうか。


新入生挨拶の時、壇上へ上がって座っている新入生を見るとすぐにレーナ嬢を見つけることができた。


何という事だ‥‥!

あれだけ、目立たぬようにしろと言ったのにっ。

他の有象無象の中に彼女だけは光り輝いて見える。彼女に付けた女騎士を後で叱らなければならないな。いや、もしかしたら真に美しいものは隠し通せるものではないのかもしれない。

彼女への賛美歌を胸の内で捧げながら新入生挨拶を滞りなく終えた。


そしていよいよ、レーナ嬢へ挨拶するタイミングが来た。

影達の情報によると騎士団長のような凛々しい顔が好感が持てると聞いたので精一杯、顔が緩まないように引き締めてレーナ嬢の名を呼んだ。


「レ、レーナ嬢! 今日からよろしく頼む!!」


本当はもっと言いたいことがあったはずなのに、彼女を目の前にするとこんなことしか言うことが出来なかった。


「はっはぃいい、よろしくお願いします!」


子供の時に会ってから約10年。彼女の反応を見るとやはり俺の事は覚えていないようだ。確かにあの時と比べて痩せてるし背は伸びて彼女を見下ろすようになっている。

下から俺を見上げるレーナ嬢はやはり肖像画と比べ物にならないくらい美しかった。透き通るような白い肌に眼鏡で隠れているが宝石のような碧い瞳、その目には薄っすらと涙が溜まっている。そして僅かに震えている桃色のぷるんとした小さな唇に釘付けになる。


「うっ…」


不埒な事を考えてしまいそうになり慌てて首を振って妄想をかき消した。


「?」


やめてくれえ!! 首を傾げるレーナ嬢は小動物のように可愛いではないかっ。早く魔道具を作らせなければ、自制するにも限界が来そうだ。


そんなことを考えているとレーナ嬢を押しのけるようにして、次から次へと同じクラスの女子達が馴れ馴れしく挨拶をしてきた。

「今度、私の家でお茶は飲まれませんか?」とか「私には婚約者がおりませんの…」とかやたら露出度の高い服を着てすり寄ってくる。

はぁ…、王宮での舞踏会の時もこういう輩がわんさか湧いて迷惑しているのだ。それもこれも未だに俺が婚約者を決めていないからなのだが……。

舞踏会では適当にあしらうことが出来るが、学園ではレーナ嬢がいる。下手にあしらうと冷徹な人だと思わるのではないだろうか。これは少し考えなければ……。

押しのけられた彼女が何事もなかったように席に座るのを見ながら俺は思案するのだった。






数日後、名案の浮かんだ俺は男子生徒だけを学園のとある場所に集めた。


「お前達を集めた理由がわかるか?」


「いえっ、わかりません! 私達は何か殿下のお気に触るようなことしたのでしょうか?」


集めた連中は何故か異様に怯えているようだが、一人の男が俺の質問に答えた。


「いや、特にはしていないぞ。お前達を呼んだのは他でもない、今日はお前達に婚約者候補を紹介しようと思って呼んだんだ」


「婚約者…候補ですか?」


「そうだ、聞けばこの学年だけ異様に婚約している者達が少ないらしいからな、お前達の未来を案じた俺は婚約者がいない者同士を引き合わせてやろうと思ったのだが、余計なお世話だったか?」


「い、いえ! そんなことは……、しかし、恐れながら申しますが相手方の家にもそれぞれ事情があるのでは…?」


俺の様子を窺いながら恐る恐る言ってくる。


「ああ、たぶん婚約者のいない俺に娘をあてがおうという親達の思惑のことか?」


「はい… おっしゃる通りです」


「しかし、俺にはもう決めた人がいるんだ。他の娘を妻にする予定はない。ただ、まだ公にできないだけなんだ」


「そ、そうなんですね……」


「まあ、お前達の悪いようにしないから俺の話を聞いてくれないか」


俺はこうして、影達に集めさせた情報を元に相性の良さそうな奴らを婚約者候補として紹介した。もちろん、親達にも十分に納得してもらえるように話して理解を得た。これが上手くいってクラスのほとんどが婚約を結ぶことになり、俺に粉をかけてくる女もいなくなった。

……まあ、どうしようもないのもいたがそれは田舎へと引っ込んでもらうように仕向けた。


そしてこのことに感謝した奴らは何故か俺がレーナ嬢を懸想していることを知っているらしく事あるごとに接点を持てるように仕向けてくれた。


なんていい奴らなんだ!


それからは楽しい日々だった。生徒会の手伝いをレーナ嬢と二人ですることになり、そして2年生になり俺が生徒会長になってレーナ嬢を副生徒会長に任命した。

彼女が入れてくれる紅茶は格別のものだったし、彼女が授業で作ってきたというクッキーを食べた時は幸せすぎてどうにかなりそうだった。そんな幸せな日々が続くと思っていた。




だが、俺達が3年生になった時に男爵令嬢が転入してきたことで、大きく事態は動き始めたのだった。



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