第2話

 このままだと何か面倒なトラブルに巻き込まれるんじゃないか、僕はそう思いながら取り出した理恵の目玉をじっと見つめた。人間のそれよりも美しく、瞳孔の奥に得体の知れない別世界が存在し、僕の住むこっちの世界から何かを見つけ出すために彼女は送られて来たのだ。そう思うと理恵の瞳の向こう側の世界が知りたくなってきた。

 僕は片目だけになっている理恵が可哀想になり取り出した眼球を戻してやることにした。美しい顔立ちの理恵が僕を見つめている。そして理恵の奥の世界と繋がるためのスイッチを入れれば僕はもう異空間と繋がることができるのだ。いったいこの美しい人工女体の目的は何なのだろうか、理恵の欲しいモノは何なのだろうか。

 僕は理恵の瞳を見つめながら美しい曲線に掌を添えた。その感触は温もりは感じないものの、滑らかで乳房の膨らみは少女から大人の女へ変化している過程のような柔らかすぎない張りの程よい弾力だ。僕はつい触れている指先を頂点の突起にあてつまんでいた。きっと生身の女なら「アっ……」と息を漏らすところだが、彼女はただじっと僕を見つめている。僕は空いているもう片方の手をヘソの下へ這わした。白い下着の中にゆっくりと指を滑らせていき微かな膨らみの向こうに柔らかな茂みを感じた。人差し指と薬指を更に奥へ進ませて脚の付け根まで到達すると茂みはちょうど僕の掌をくすぐるように生えていた。僕はゆっくりの中指を下ろして茂みの丘の向こうにある小さな突起を確認しようとしていた。彼女は僕を見つめ、僕は彼女を見つめている。僕の顔は彼女の瞳に吸い寄せられるようにだんだんと近づいていき一緒に中指も突起部分に触れそうになったその時だった、僕は自分の中にいつもとは違う感覚を覚えたのだ。

「えっ!?まさか……」

僕は慌てて理恵のカラダから手を離した。慌ててダッシュボードからジョニーウォーカーのプラチナを手に取りそのまま一気に口に含んだ。「一旦落ち着け」自身に言い聞かせリビングのソファに沈んだ。コーヒーテーブルにジョニーウォーカー置き、今度はちゃんとロックグラスと氷を用意した。琥珀の液体がグラスの半分まで注がれた時、中の氷が動きカランと音を立てた。最初に口に含んだジョニーウォーカーがカラダと熱く火照らせている。僕は今このスコッチで自分を誤魔化そうとしているのだ。

 僕は理恵のカラダを触っていた時に、自分の股間がドクドクと脈打つのを感じてしまったのだ。今まで生身の女性を前にしてもそんな感覚になったことはなかった。まして自分のカラダが反応することなんてことは初めてだったので動揺してしまったのだ。これからしばらく理恵と一緒に暮らさなくてはいけない。僕はまたあの感覚を欲してしまうのではないだろうか……彼女の瞳を見つめながら感じた股間の脈を今度は完全なものにしたいという欲求を。そして、瞳孔の向こう側へのスイッチを入れてしまうのではないか……リュカの顔が浮かんだ。

「そうだ。リュカがガールフレンドと出会ったというクラブに行って確かめてみよう」

僕はグラスの中の琥珀を一気に流し込み、タクシーで夜の繁華街へ向かった。


×××××


 店の名前はグリーン。リュカによると彼らのコミュニティでは「ブルーアイがイエローキャブを拾いたきゃグリーンへ行け」というくらい乗車率がいいらしい。しかしリュカはイエローキャブではなくトリコロールに乗車してそのまま専属ドライバーになっているようだ。

 僕が入場窓口でエントランスフィーを払い手の甲に再入場用スタンプを押されるとバウンサーが分厚い扉を開けてくれた。階段を見上げると第二の扉から場内の熱気と音が漏れている。半階分の階段を登り二枚目の扉の前に立つと二人目のバウンサーが扉を開けてくれた。僕は爆音の中へと吸い込まれて行った。

 とりあえず混み合っている店内の人をかきわけバーカウンターまで辿りつくとスコッチを注文した。ダンスフロアから少し高い位置にあるバーカウンターから店内を見渡すと、ここが日本のクラブとは思えないくらいに圧倒的にガイジンだらけだ。DJの煽りのパフォーマンスに合わせ身体を揺らしている客たちをしばらく眺めていた。

 いつもなら少し年配のがっしりした紳士を物色するのだが、今回は違う。それでもやはり同じ色好みが分かるのだろう、若いガイジン男がかわるがわる欲しそうな目つきでモーションをかけてくる。

「ごめん、今日は魅力的な女の子を探してるんだ。また今度ね」

少し勿体無いと思いながら、スコッチのおかわりを頼んだ。

 爆音がJ Soul Brothersの『RYUSEI』からAC/DCの『Thunderstrauck』に変わるとマッチョな男たちが拳を振り上げ叫び始めた。店内の熱気に拍車がかかりDJも一層激しく客を煽り続けていた。終わらない宴の第二幕が上がったようだった。僕がグラスを口元に持ってきた時だった誰かが背中にぶつかった。持っていたグラスをスタンディングテーブルに置いて振り向くと足元にペタリと人が座り込んでいた。僕はその座り込んだ酔っ払いを立ち上がらせようとしゃがんで手を差し伸べた。

「そ、そ、ソーリー」

女性だった。歳は境を超えてないアラサーだろうか、暗くてよくわからないが、多分それぐらいに見えた。

「大丈夫ですか?」

顔を覗き込みながら声をかけると

「なんだ、日本人かよ」

焦点の合わない目で僕にもたれてきた。

「おいおい、しっかりして。立てるかな」

彼女を抱えあげた時に腕に当たった胸の膨らみは理恵のものより柔らかく弾力を感じた。普通の男ならこういう場面はニンマリと鼻の下が伸びるのであろうが、僕にとっては残念ながら少し迷惑な厄介な案件でしかなかった。彼女は支えがないと一人では立っていられないほど酔っていた。彼女もガイジンを乗せたくてここにやって来たイエローキャブなのだろう。僕が日本人だと分かると少し不満そうだった。

「空気……」

呂律が怪しく駄々っ子がごねるような口調だった。

「空気が欲しい……連れてって……」

彼女をここまで酔わせているのは、もしかしたら酒だけじゃないのかもしれない。僕はそう思いながら彼女の肩を抱きかかえ爆音のグリーンを出た。静まり返った表の空気がやけに新鮮に感じた。

「空気悪かったから、深呼吸してみなよ。気持ちいいよ」

そう言って僕は大きく深呼吸をすると彼女はケラケラと笑いながら顔を近付けて来た。その目はまだ焦点が定まっておらず、呂律も相変わらずだ。

「あんた、童貞だろ……」

「えっ」

「……いや……ゲイだろ」

僕は少し動揺した。そして彼女は僕の股間を掴むと耳を甘く噛み囁いた。

「R(アール)・I(アイ)・E(イー)……私は……リエ」

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