第64話 8-7



玄関のベルが鳴ってる。


・・・出るのめんどくさいな・・・



会社からどうやって帰って来たのかわからない。


・・・覚えてない。



平坂さんの目、手、カラダ・・・香水の臭い・・・声・・・すべてがキモチ悪くて、ガキの頃の初体験の記憶が突然鮮明に甦ってきたらもう、あのままでは吐きそうだった。



ベッドに転がった俺は居留守を続けたが、しつこく鳴り続けるベルの音に、仕方なくドアを開けた。




「え・・・蓮見さん・・・」


「よかった、家には帰ってきてたのね。」


訪ねてきたのは、予想もしなかった蓮見さんだった。


「え、え・・・なんで・・・」


「ね、これ重いの。入れてくれる?」



蓮見さんは両手に持っているスーパーの買い物袋を掲げた。



「・・・はい・・・あ、でも部屋キレイじゃない・・・」


「お邪魔しまぁす。」


「・・・今日、強引ですね」


仕事帰りにそのまま来たのだろう。


蓮見さんはさっさと部屋に上がり、「え、なんにもないじゃない」と言いながらキッチンへと足を向けた。


スーパーの袋から取り出した物を冷蔵庫にしまいながら「冷蔵庫もお酒とかおつまみしかないじゃない」と文句を言いつつ、料理の準備しようとしている。


「キレイじゃないっていうか、あなたの部屋、何もないわね。」


「あんまり物置くの好きじゃないので・・・っていうか、蓮見さんどうして・・・」


今日はいろいろありすぎて、メンタルを大分削られた俺はいつものように明るく振舞ったり、余裕があるように接することは正直できそうになかった。


「・・・・・・平坂さんのこと、ごめんね。忽那くんが帰った後気になって給湯室に行ったの。そしたら・・・あの人がいて・・・」


俺は距離を取ろうとしていた蓮見さんのように、無意識に自分の身体を抱きしめていた。


蓮見さんは手にしていたものを置いて、俺の手に触れた。


「・・・手・・・冷たいね・・・」


「蓮見さん・・・嫌じゃ、ないんですか・・・?」


「・・・・・・忽那くんは、嫌じゃない・・・・・・」



俺に触れている手をきゅッと握っても、俺から目を逸らさない蓮見さんに縋るように抱きついた。



「・・・・・・すいません・・・少しだけ、このままで・・・いさせてください・・・」



頭ひとつ半くらい低い場所にある蓮見さんの頭に顔を寄せると、冷え切って鈍く痛んでいた腹の奥が、スッ・・・と温かく穏やかになっていく気がした。


俺の腰にそっと回された腕が、ゆっくりと上下に撫でて、ポンポンと叩く。


意識して深呼吸をして、キモチ悪い感覚、寒気すらする感触を忘れたくて腕に少しだけ力を込めた。


「・・・ありがとうございます」


「もう、大丈夫なの?」


蓮見さんを解放して身体を離し、なんとなく気まずくて俺は距離を取った。


「はい、なんかすいません、まさかですよね、上司がゲイで狙われてたのが俺とか・・・笑えねぇっていうか・・・はは」


ベッドに座って居心地悪く、クッションを膝に抱いてボフボフ叩く。


「・・・そういうの、無理しなくていいのよ。私に言ってくれたの忘れた?『無理してほしくないし、嫌なことは嫌でいいと思うんです。触りたくなったら勝手にさわってください。』って。」


「え、一言一句覚えてるんですか?俺・・・そんな恥ずかしいこと言いました・・・?」


「えぇ、はっきりとね。・・・嬉しかったのは覚えてるわ。」


自分に余裕がある時はそんなこっぱずかしいことも言えるのに、今の俺は、この強気な蓮見さんを真っ直ぐに見れない・・・。


突然だったとはいえ、平坂さんに好きなように触られてまともな抵抗もできなくて、蓮見さんは知ってるとはいえ自分で明かしたわけじゃなく、恋愛対象だとかを平坂さんにバラされるという・・・


「・・・あの言葉、あなたにも適用していいんじゃない?」


「え・・・?」


「嫌な事は嫌でいい、触りたくなったら触っていいっていうの。」


・・・え・・・?え・・・??それって・・・


俺の頭は本日の許容量を超えている。


平坂さんのことでいっぱいいっぱいなのに、そこへさらに、予想外すぎる蓮見さんの言動。


今まで一度も俺の部屋に来たことなんてない蓮見さんが、俺の部屋にいて、ハグを許してくれた上に、もっとしてもいいよ、ってこと・・・??



・・・そういうこと・・・??



そぉぉぉいうことなのぉぉぉぉっ?!

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