第20話 5-1:Rain dance


「ってことで、本当に悪い、お前らで行ってきてくれ。」


慌ただしいオフィス内は昨日発生したトラブルにより、休憩を取る時間もないほど対応に追われている。


首と肩に受話器を挟んで、書類をめくり、キーボードを叩いていた平坂さんに呼びつけられた蓮見さんと俺。


受話器を置いた平坂さんが、早口で、巻きで説明を始めた。


「忽那は初対面になるな。A社の部長、手癖が悪いから女性社員は関わらせたくないんだ。だからいつもは俺が行ってるんだが、急な日程変更で明日朝イチで仙台に行ってもらいたい。この状況だ・・・俺は抜けられん・・・。打ち合わせの内容は蓮見に引き継ぐから、忽那は・・・まぁ、番犬みたいなもんだな。頼むぞ。あ、蓮見、詳細はPCにメールで送るから目を通してくれるか。」


説明も簡潔に、平坂さんは再び受話器を持ち、電話を掛けた。


ひとまず席に戻った蓮見さんと俺は、今日の仕事を打ち合わせて、明日処理予定の仕事や他社の来訪、別部署との会議の調整に入った。



「蓮見さん、日帰りでいいんですよね?」


「・・・何考えてんのよ」


「え、何ですかぁ・・・?蓮見さんのえっち・・・って!!いって!!もぅッ・・・冗談ですよぅ・・・いてぇなぁ・・・・・・」


定規でベシッ!と叩かれた手の甲をにふぅふぅと息を吹きかけさする。


今時こんな、暴力教師みたいな先輩ッ・・・


地味にジンジンして痛いし・・・!


愛のムチがリアルに痛い!!


でもそれを口にしたらまた定規が飛んできそうだから言わないけどね!


・・・ぐすん。


「お泊りですかって聞いたわけじゃないのに・・・もぅ・・・」


「うるさい、私たちは平坂さんの代理、出張なの、仕事よ。明日朝イチと、最終前には新幹線予約して。」


「はぁぁぁぁい・・・・・・」


「・・・・・・うざ。」


「・・・・・・ふん。」


蓮見さんと睨み合い、互いに顔を背けて言い合い終了。


水族館以降、俺たちにはこんなやり取りが増えて、多少の反論は許されているように感じる。


俺は自分のアパートをさっさと引き払い、社員寮として会社が借り上げているマンションの、蓮見さんの下の階に入居した。


まぁ、いわば、1つ屋根の下、みたいなもんですね!!と喜々として言えば、呆れてうんざりした蓮見さんが、俺を腐った生ごみ、もしくは、「私、イカのハラワタ取り苦手なのよね」と顔を歪めていた時のような、あ、水族館でタカアシガニを見た時と同じ、顔をして見ていた。


生ごみと同等、ハラワタと同等、タカアシガニと同等。


嫌いレベルが同じ。


それでも、なんとなく、入社した時よりも距離が近くなった気がしている。



「蓮見さん、切符取れましたよ。」


「了解。平坂さんからのメール共有するから資料纏めてくれる?」


「了解です。」



教育係の蓮見さんから独り立ちする日もそう遠くはなさそうな今日この頃。


任されたものを最終的に蓮見さんがチェックするだけ、なんてのも増えているし、いつまでもおんぶに抱っこじゃカッコ悪いからね。


出来る男の方がカッコイイに決まってる。


なんせ、蓮見さんが出来る女を地でいく人だからだ。



・・・カッコイイ・・・惚れる・・・(もう惚れている)。



それに、今回俺には重大な任務がある。


A社の部長とやらの、いかがわしい魔の手から愛しい蓮見さんを守るという重大すぎる任務がある。


俺の見立てでは、平坂さんは・・・いや、そんなヒトの気持ちを勘ぐるなんて無意味だ。


俺は、俺の任務を全うすることに最善を尽くす事だけ考えろ。


明日の蓮見さんとの旅路が楽しみだな、とふわふわ浮かれる気持ちは、蓮見さんには決して気取られてはならない。


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