第37話 少しだけ違う答え


「――やっぱりな」


 空洞を進むとたどり着いたのは『魔晶樹の生えている洞窟』だった。

 正確には空洞をまっすぐ進み、突き当たった場所で見上げると洞窟が見えた、という感じだ。

 見上げると、崩落した痕跡があった。

 足元は水で満たされているが、大して深くないため歩くことはできた。

 男メタルドライアドは魔晶樹の洞窟の真下にいた、という可能性が濃厚だった。

 アイリスはフライで、俺はメタルの糸で絶壁を登り、洞窟へと辿り着いた。

 祠があった部分は完全に崩壊し、湖岸の水は洞窟内へと流れてしまったらしい。

 魔晶樹も崩落に巻き込まれ、なくなっていた。


「グロウ様!」


 カタリナの声に振り向くと、衝撃に倒れそうになる。

 勢いよく抱き着いてきたらしい。

 ふんわりと甘い香りが鼻腔に届き、カタリナの髪が頬を撫でた。


「無事で……よかったです」


 カタリナの肩と声は、僅かに震えていた。


「よかった、よかったのぉ」

「よくぞご無事で……」


 村の老人たちも同じような顔をしており、俺は妙に居心地が悪くなってしまう。

 村人たちの背後にはアイリスの弟子たちが所在なさげに立っている。

 弟子たちは不安そうな、気まずそうな、あるいはアイリスを見て安堵している様子が見て取れた。

 クズールの弟子は一人も残っていない。

 全員落ちたのか、はたまた逃げたのか、俺にはわからない。

 自分でも不思議なくらいに俺の心は落ち着いていた。

 心には何の引っ掛かりもなくなっていた。


「おまえが渡してくれたマジックポーションのおかげで助かった。ありがとな」

「グロウ様……グロウざばぁ! うぇぇっ! えええぇうっ!」


 大声で泣きじゃくるカタリナ。

 しがみついてくる力が強い。

 それだけ心配をかけたということなのだろう。


「うえええっっ! えうっ! うえぇぅっ!」


 それだけ心配を……。


「うわああん! あうっ! えう! ふぇぇっ!」

「いい加減しつこい!」


 異常に力強い上に長い抱擁、それに加え、耳元で泣きじゃくられてはたまらない。

 さすがに限界とばかりに、俺はカタリナを引きはがした。


「びどいぃでずよぉ! グロウざばぁ! あだぢぃ、ずごぐじんばいじだのにぃっ!」

「おい、近づくな。まずは鼻水を拭け」


 顔中ぐちゃぐちゃなカタリナが、両手をわしわししながら俺に再度抱き着こうとしてきた。

 メタルドライアドよりもよっぽど恐ろしい。

 俺が後ずさりしていると、くすくすと笑い声がどこからともなく聞こえた。

 村人たちがなぜか嬉しそうに笑っていた。

 俺とカタリナはきょとんとしてしまい、顔を見合わせる。

 なんだか毒気を抜かれてしまい嘆息すると、なぜかカタリナは恥ずかしそうにもじもじし始めた。


「……おまえたちも無事でよかったな」


 はっと顔を上げるカタリナ。


「グロウ様……っ!」


 村人たちは目を見開き、そして何度もうんうんと頷きあっていた。

 思わず舌打ちしたくなる、妙な感覚に襲われた。

 隣を見るとアイリスがきょろきょろと俺たちの様子を見ていた。

 俺と目が合うと、何かを誤魔化すように曖昧に笑みを浮かべる。

 ……どいつこいつも一体、なんだってんだ。

 俺は嘆息しながら、洞窟に空いた巨大な穴を見下ろした。

 あれほど魔力が漂っていたのに、もうその残滓さえ感じなかった。

 全員が互いの無事を喜んでいる中、アイリスが俺の隣に並ぶ。


「しかし一体何が起こったのでしょうか?」

「……この村には言い伝えが二つある。

 この洞窟の祠に五穀豊穣の神を祭っているということ。

 この洞窟へ向かう際、魔物に遭遇しない道があるということ。これは遥か昔から言い伝えられている。そうだな、カタリナ?」

「ええ! もう数百年とか前からだと聞いてますよ!」


 いつの間にか隣に並んでいたカタリナ。

 元気に答えると、穴を覗き込み、おおっ、とか言っている。

 カタリナは少し離れたところで辺りを見回している。

 それがどうしたのかと言いたげに、アイリスは小首を傾げたが、構わず俺は続ける。


「恐らく五穀豊穣の神はドライアドのことだ。

 神話級モンスターのドライアドは強大な魔力を持ち、周辺の土地を肥沃にすると言われているからな。

 ドライアドは温厚で人を襲うことはあまりないはずだから、共存できていたんだろう。

 そしてドライアドの放つ魔力、存在そのものが他の魔物を寄せ付けなかった。

 だから村は襲われず、洞窟には魔物がおらず、そして魔物が現れない道もあった」

「ではなぜ二体のドライアドが?」

「やはりあの二体は番だったんだろうさ。女ドライアドは村の下、男ドライアドは洞窟の下。

 距離はあれど植物だからな。根とかで繋がっていたんだろう。

 だから互いの場所を繋ぐ道には魔物が出なかった」

「……魔物が出ない道は、二体のドライアドを結ぶ道だったと」

「そうなる」

「何百年も、番と繋がっていたのですね」


 目を細め感慨に耽るアイリス。

 何かしら思うところがあるのだろう。


「あのドライアドたちは最初からメタルドライアドだったのでしょうか?」


 俺は眉をピクリと動かした。


「……メタルは魔物が変化したものだという報告があるのか?」

「い、いえ。まだそれは判明してません。

 魔物がメタルに変貌したのか、あるいはメタルが魔物に似た姿をしているだけなのか。

 突如として現れ、襲ってきたという報告しかありません。

 調査するにしてもメタルに対抗する手段がないため、難航しております」

「恐らくだが、メタルは魔物が変化したものだ」

「ほ、本当ですか?」

「ドライアドの言い伝えを考えると、数百年前からドライアドが村の地下に眠っていたことはわかる。

 仮にそれほど前からメタルが存在していたなら、他にもメタルがいてもおかしくない。

 だが、メタルが現れたのは最近のことだ。

 それに突如として過剰な魔力がドライアドの眠る洞窟にあふれ、魔晶樹が生えてきたという出来事もあった。

 以上のことから『最近、魔物がメタルになった』という風に考えられる」

「も、もしもそれが正しいなら……」

「世界中の魔物がメタルになってしまう可能性があるということだ」


 顔が青ざめるアイリスを横目で見る。

 メタルとの邂逅を思い出す。

 王都へ攻めてきたメタルの大軍。

 なぜ連携を取り、王都を攻めてきたのかはまだわからない。

 だがメタルはあれですべてではない。

 第二、第三のメタルの大軍が現れても不思議はないということだ。

 アイリスの反応からして、メタル対策は順調に進んでいるようには見えなかった。

 アイリスは小ぶりな唇を引き絞り、俺に向き直った。


「グロウ様、お力をお貸しいただけませんか?」


 カタリナがちらっとこちらを見てきた。

 会話の邪魔をしないように黙っていたことはわかっていたが、どうやら聞き耳を立てていたらしい。

 目が合うとカタリナは慌てて目をそらす。

 わかりやすい奴だ。

 俺はアイリスに視線を戻す。

 そして嘆息し。


「悪いが断る」


 即座に断った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る