第33話 心地いい苛立ち

 眼前に岩の礫が迫っている。

 もう間に合わない!

 そう思った時、アイリスが流麗な呪文を唱えた。


「――アースウォール」


 アイリスが叫ぶと同時に岩壁から巨大な岩の盾が現れた。

 それは生き物のように湾曲し、俺たちの前まで伸びると、岩の礫から守ってくれた。

 アースウォールの発現した衝撃と重量で、壁に亀裂が走る。

 崩落するかと横目で確認したが、岩壁は何とか持ちこたえてくれたようだった。

 四大魔術って奴は大雑把すぎる。

 金属魔術は、金属と類されるものが対象になり、ただの岩には効果がない。

 一部の鉱石には多少干渉できるが、それでも大きな効果は期待できない。

 奴は俺が【岩に対して金属魔術を使っていなかった】ことに気づき、岩壁を攻撃したっていうのか。


 安堵をする間もなく、男メタルドライアドは再び岩壁に根を振り下ろそうとした。

 強引に出口へ向かうか?

 そう思った矢先、下の方から何かが飛んでくるのが見えた。

 それが俺たちの横を通り過ぎると岩壁に当たる。

 女メタルドライアドが根で岩壁を掴み投げてきたのだ。

 くそっ、こいつら学習してやがる。

 全員で固まっている分、動きが鈍い。

 このままだとすぐに撃墜されるだろう。


「奴が出てきた横穴へ入れ!」


 咄嗟に叫ぶと、アイリスがすぐに移動を始めた。

 十数人が固まって移動しているが、アイリスの魔術の方が圧倒的に効果が高い。

 そのため彼女の意志が移動の軸になっている。

 男メタルドライアドが出てきた穴へと向かい、飛翔する。

 轟音が上下から聞こえる。

 二度目の攻撃。

 当てれば死ぬ。

 岩の雨と砲弾が上下から襲い掛かってくる。

 風圧が肌に届く。

 歯噛みし、衝撃に備える。

 だが。

 風圧と轟音は俺たちの背後を通り過ぎただけだった。


「あ、あぶなかった」


 気の抜けた声が弟子の一人から発せられた。

 それを皮切りに移動速度が落ちる。

 アイリス以外の弟子たちが魔力を緩めていた。


「馬鹿野郎! 止まるな!」

「え?」


 素っ頓狂な声と共に弟子たちは背後を見た。

 悠長に確認している暇なんてないんだよ!

 アイリスは一人フライで移動しようとしていたが、十数人分の体重がある分、速度は遅い。

 俺は咄嗟に銀の繭を複数本の槍へと変形(メタモルフォーゼ)する。

 そして上下左右の岩壁に突き刺し、一気に縮めた。

 その反動で全員の身体一気に加速する。

 同時に、背後から衝撃が襲ってくる。


「ひぃっ!?」


 俺たちがいた場所は落石に押しつぶされていた。

 数瞬遅ければ俺たちは死んでいただろう。


「死ぬぞ! 飛べ!」


 非常事態ゆえに端的に俺は叫んだ。

 弟子たちの魔術フライがようやくまともに発動され、速度が上昇する。

 わかる。

 背後から迫る威圧感。

 身体ごと振り返ると、二体のメタルドライアドが俺たちへと迫ってきていた。

 器用に根を動かし、洞穴内を縦横無尽に駆ける。

 捕まれば死。

 止まったら死。

 金属魔術を使っても無駄だ。

 地割れに比べ、横穴は男ドライアドが通ってきた場所なためか、やや狭い。

 四方八方から飛んでくる岩を避けることは不可能。

 メタルドライアドの根の攻撃を、俺はメタル斬りで対処する。

 銀の繭は常に魔力を伝導させ、全体的に金属魔術を使う必要があるため、消費魔力が多すぎる。

 武器を使っての金属魔術であれば、振るうか攻撃を受けた瞬間に魔力を流せばいいだけなので、消費魔力は雲泥の差だ。

 互いの距離は徐々に迫りつつある。

 その上、魔力も大分使った。

 息切れが激しく、腕の動きも遅くなってきている。

 メタルドライアドの攻撃をいなし続けるのもそろそろ限界だ。

 このままだと全員死ぬ。


「ひ、光が!」


 アイリスの声が轟音の合間に聞こえた。

 俺はメタルドライアドの対処で忙しく進行方向を見れないが、出口があるのか?

 外に出れば対処のしようもある。


「はぁっはぁっ!」


 だが体力と魔力も限界。

 早く。

 早くここから脱出しろ!

 体中が悲鳴を上げている。


「ギィィィィィアアァッーー!!」

「キィィィイイィッィィッィ!!」


 メタルドライアドたちが奇声を上げた。

 同時に横に並び、そのまま走り続けた。

 一瞬の出来事だった。

 メタルドライアド二体が同時に、大量の根を伸ばしてきたのだ。

 正面からだけでなく上下左右からそれは襲ってきた。

 銀の繭を使っていない隙を狙い複数の攻撃を仕掛けてきたのか。

 銀の繭を作り出す時間はない。

 自分を守ることはできる。

 体中に触れたメタルの身体に金属魔術を使えばいいだけだ。

 だが他の連中は……。

 俺に打つ手は残されていなかった。

 眼前に根が迫る。


 ……腹が立つ。

 むかついてしょうがない。

 なんでこんなことになってるんだ。

 俺は自由に生きるって決めたはずだ。

 それなのにどうしてこんな目に合わなきゃならないんだ。

 くそ。

 くそが!

 ふざけやがって!

 いつもいつも俺は周りに振り回される。

 なんだってんだ、ちくしょう。

 なんで俺は自分のことだけ考えて生きられないんだ。

 歯噛みし、憤り、不満を抱えつつ。

 死の気配を眼前で感じ。

 それでも妙な心地よさと満足感を得ながら。

 俺は。

 アイリスに巻き付けていた銀の縄を解き。

 単身、メタルドライアドたちに突っ込んだ。

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