第30話 神話級モンスター

「ド、ドライアド!? なぜこんな場所に!?」


 アイリスの声が地割れ内で反響する。

 神話級のモンスター、ドライアド。

 植物種の魔物の頂点に君臨している強大な魔物。

 樹木のような足に、上半身は巨大な女性のような見目をしている。

 だが目に理性はなく、それはまさしく魔物だった。

 モンスターは下級、中級、上級、最上級、神話級の五階級が存在する。

 種類にもよるが、一般的なドラゴンは上級に位置し、最上級でさえ滅多に遭遇しない。

 神話級ともなれば、書物の模写くらいでしか見たことがないレベルだ。

 魔術師が百、兵士が千単位でいようが勝てるかわからないほどの強さを誇る。

 それが地の底から這い出てきている。

 しかもメタル。

 地割れ内を満たすほどの巨躯なメタルドライアドが上ってくる。

 このままだとひき殺される。

 地上はまだ遠い。

 アイリスは俺を抱えながら、地上へと飛びあがる。


「おい、もっと早く上がれないのか!?」

「これが限界です!」


 世界最高峰の魔術師、五賢者のアイリスでも限界はある。

 左右を見ると、確かに移動速度は相当なもの。

 馬の全速力くらいは出ている。

 俺を抱えている分、速度は落ちているのだろう。


「くっ! 大気の歪み、その威容にて空を裂け!」


 アイリスがメタルドライアドに向けて右手をかざす。

 巨大な真空波が砂礫と空間を切り裂きながら、メタルドライアドを襲う。

 そして、キンっという金属音が地割れ内に反響した。

 それだけだった。

 アイリスの弟子たちも同じように、様々な魔術でメタルドライアドを攻撃している。

 白魔術師アイリスの弟子は、彼女と同様、多種類の魔術が使えるようだった。

 だがそれもメタルドライアドには効果がなかった。


「くっ! や、やはり下位魔術では……ですが上位魔術ならば!」

「おいやめろ! こんな不安定な空洞内で上位魔術なんてぶっ放してみろ、崩落するぞ!」

「で、ですが他に方法が!」

「いい。俺がやる。あんたはそのまま飛んでくれ」

「ち、力及ばず申し訳ありません」

「……たまたまだ。気にするな」


 メタルに金属魔術だけが有効なのも。

 俺がここにいたのも。

 俺が力を貸す気になったのも。

 全部、たまたまのことだ。

 だからこれは誰のせいでも、誰のためでもない。

 俺は銀の縄を生み出し、アイリスの身体に巻き付けた。

 するとアイリスはびくんと痙攣してしまう。


「ひゃっ! か、体に巻き付いて……んんっ!」

「我慢しろ」


 縄で互いの身体を結ぶと俺の身体は自由になる。

 俺は縄を動かし。メタルドライアドに向き直る。

 両手の銀の小手を、銀の長剣に変形(メタモルフォーゼ)した。

 二刀流の構えた瞬間、巨大な何かが眼前に現れる。


「しぃっ!」


 無意識の内に、剣を振るった。

 刀身がその何かに触れた瞬間、硬い感触が手に伝わる――前に俺は魔力を流す。

 剣を伝い流れた魔力が対象に伝わる。

 その『金属の根』は、バターのように溶け斬れ、綺麗に寸断された。

 よし!

 メタルドライアドレベルでも俺のメタル斬りは通じるようだ。

 だが、メタルリザードマンを倒した時とは違い、必要な魔力量が圧倒的に多かった。

 長期戦は不利だ。


「キィィァアアアアアアァァァーッッ!」


 メタルドライアドの咆哮。

 奴に痛みはない。

 だが斬られた感触はあったのだろう。

 俺を睨みつけてきた。


「な、なんという威力……今のも金属魔術なのですか?」

「ああ、武器に魔力を伝わせ、対象の『メタル』を攻撃する。メタル斬りだ」

「……こんなことができるなんて……やはりあなたしか……」


 アイリスは上空へ身体を向け、俺は地下へと身体を向けている。

 互いに背を向けている状態のため、彼女の顔は見えない。

 声も風音で半分は聞こえなかった。

 金属の貴婦人はどうやらご立腹のようで、いくつもの根を振るってきた。

 俺は二刀を構え、メタルドライアドの攻撃をすべて『斬り』返す。

 狭い空洞では鋭い金属音は無駄に響き渡る。

 鼓膜を揺らす不快な音を強引に無視し続け、俺は防御を続けた。

 そう、防御しかできない。

 無数の根が襲い掛かってくる。

 それをすべて斬り捨てることは、簡単ではなかった。


「ちっ! 数が多いな」


 いなすにも限界がある。

 しかも状況が最悪だ。

 地割れから地上へ飛び上がるには恐らくあと数分。

 金属魔術は直接触れなければ効果は薄い。

 だが、相手に近づくのは容易ではないし、クズール戦で魔力を消費したせいで、一撃で倒せるほどの魔力は残っていない。

 そもそもあれほどの巨躯の魔物を、俺の魔力量で倒し切れるかはわからない。

 それに加え、アイリスや弟子たちがいる。

 一か八かメタルドライアドに突っ込んで倒す、というのはさすがに無謀に感じた。

 せめて地上であればやりようはあるが、現状、俺の足は使えない。

 一旦、上に出ればどうにかなるかもしれない。


「も、もうすぐです! どうかお耐えください!」


 地上は見えないが、視界に入る光が徐々に強くなる。

 上に戻れば活路も見出せるはずだ。


「キィ……キィィッッ!」


 不快な音がメタルドライアドから聞こえた。

 それが何を意味するのか理解できなかったが、妙に嫌な予感がした。


「そ、空が!」


 アイリスの叫び共に、視界の光が徐々に薄まる。

 一体何が起きているのか。

 俺は攻撃の合間を縫って、咄嗟に身体をぐるんと回し、地上を見上げた。

 地上への道、それが『金属質の何か』に覆われていく。

 光は失われ、完全な暗闇が辺りを覆い始める。

 その直前で、アイリスや周りを飛んでいる弟子たちが、篝火を手のひらに浮かび上がらせる。

 『ライト』という初級火魔術だ。

 暗がりを心もとない光が照らす。

 逃げ道は塞がれ、弟子たちは必死で魔術を使っていた。


「だ、ダメだ! 魔術じゃどうしようもない!」


 様々な魔術を使うがやはりメタルには効果がないようだった。

 弟子たちは入り口付近の壁を魔術で破壊しようとしていたが、金属の根に阻まれていた。

 そのため壁を攻撃して崩落を引き起こすことも不可能だった。

 眼下のメタルドライアドは地上部分へ根を伸ばしている様子はない。

 奴の仕業ではないのか?

 では、これは一体どういう。

 轟音、地鳴り音、それが複数重なる。

 と。

 突如として壁が衝撃ではじけ飛ぶ。

 そして『壁の内側』から何かが這い出てきた。

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