第20話 気に食わない


 カタリナは商人たちに頭を下げた。


「ま、魔晶樹はすべて差し上げます。で、ですから、い、命だけは」


 カタリナの身体も声も震えていた。

 勇気を振り絞った上での行動だったのだろう。

 その姿を見て、村人たちは跳ねるように立ち上がると、カタリナの隣で首を垂れた。


「む、村から出せるものは全部差し上げます、ど、どうか!」


 俺はただその様子を眺め、小さく舌打ちをした。

 商人たちは顔を見合わせ、そして言った。


「ばあああああか! そんなの通るわけないだろうが!

 なんでお前たちが決定権あると思ってんの? 立場わかってるかぁ?」


 当然だ。

 殺しもいとわず強奪しようとしている輩に、なんでもやるから勘弁してくれ、なんて言っても無意味に決まっている。

 交渉にもなっていない。

 平和ボケしている連中には理解できない。

 いや、理解していてもほかに手段を思いつかないのだろう。

 ひたすらに懇願する姿は見るに堪えなかった。

 カタリナは胸に手を当て、なおも食い下がった。


「あ、あたしはどうなっても構いません! だ、だから他のみんなは」

「カタリナ、だめじゃ!」


 老人たちがカタリナを止めようと肩に手を置いた。

 だがカタリナはそれを振り切って、商人に縋った。


「どうか、どうかお願いします……」


 涙ながらに訴える姿は、まともな人間であれば良心の呵責を感じるだろう。

 まともであれば。


「当然そのつもりだ」

「え? じゃ、じゃあ助けて――」

「馬鹿が。若い娘は人買いに売って老人は殺す。魔晶樹は奪う。村は焼く。そのつもりだって言ってんだよ」

「あぐっ!」


 カタリナは抵抗もできずに男たちに拘束されてしまう。

 猿ぐつわをつけられ叫ぶことさえ封じられた。

 終わりか。

 結局、何もできなかったな。

 戦う術も、抗う術も、逃げる術さえ彼らにはなかった。

 ならばこの結果も、仕方のないことなのだろう。

 男の一人が先頭の老人の前に移動した。

 そのまま剣を振りかぶった。

 そして。


「死ねよ、ジジイ!」


 凶刃は老人に振り下ろされた。

 

 ボキ。


「ボキ?」


 男は振り返った。

 男の右手は肩の後ろに捻じれていた。

 その手首には俺の小手から伸びた銀の鞭が巻き付いている。

 それを力いっぱい俺は引き付けていた。


「いっっっっぎぃッッ!!」


 絞り出すような悲鳴と共に、男は右肩に触れながらくずおれた。

 俺は鞭を小手に戻すと、小さく嘆息した。


「……どういうつもりだ?」


 低い声が商人の口腔から生まれた。

 殺意を隠そうともしない声音。


「正直、見物に徹しようかと思ったんだが、考えが変わった」

「何ぃ?」

「馬鹿な善人が騙され、殺される姿を見て、気分がよくなるかと思ったんだが違った」


 左手を真横に振ると同時に、銀の小手から鞭が生まれる。

 カタリナを拘束していた男の顔面を弾き、ほぼ同時に鞭の一部を変形させてカタリナの身体に巻き付ける。

 そしてカタリナを強引に頭上に放った。


「~~~~っ!?」


 空中で声にならない悲鳴をあげるカタリナ。

 そして、落下してきたカタリナを俺は正面で抱きかかえた。


「胸糞悪い。最低な気分だ。

 愚鈍で無知な善人には腹が立つが、下卑たクズの悪人に比べれば何百倍もマシ。

 おまえたちみたいな奴らを見逃すのは反吐が出る」


 俺はカタリナの猿ぐつわを銀の短剣で切ってやると、視線で端に行くように指示した。

 カタリナは壊れた人形のようにカクカクと何度も頷くと、他の村人たちのもとへ走っていく。


「くくく、馬鹿め! こんな村のために戦うつもりか?」

「村のためじゃない。俺自身が気に食わないだけだ。

 俺は誰かのためには戦わない。戦うのは俺のためだ」


 村人たちと商人の間に移動すると、俺は商人たちと対峙した。

 すべてが気に食わない。

 愚かな村人も、悪党の商人どもも、俺自身でさえも。

 この憤りを、どうしてやろうか。

 腹の底から湧き上がるどす黒い感情を。

 俺は激情に翻弄され、拳を握りしめた。

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