第17話 いい人


 鼻腔をくすぐる美味そうな匂い。

 それに反して目の前に置かれた皿に置かれたものは質素だった。

 パンとスープ。それに果実。

 その果実は、変わった見た目をしていた。

 水晶のような見た目ながら、柔らかさもある不思議な様相。

 ヘタは植物、実は水晶に似ており、水気も含んでいる。

 食べ物というよりは飾り物の方がしっくりくる、そんな果実だった。


「おい」


 俺は思わず声を漏らした。

 それは低く、妙に威圧的だと自分でも気づいた。

 テーブルを挟み、正面に座っているカタリナが気まずそうにしている。


「す、すみません……お出しできるのはこれが精一杯で」


 俺はカタリナの言葉を無視して、果実を指さした。


「なぜこれがここにある」

「こ、これとは? 魔晶果(ましょうか)のことですか? ま、魔術師様には特に必要なものだと……」


 俺は苛立ちと疑問のせいで語気を荒げてしまう。


「特に必要だと? 必要どころか、重宝している。

 これは『世界で唯一魔力を回復できる果実』なんだぞ! 魔素の濃い場所にしか実らない果実だ。

 魔素の濃い場所は必然的に強力な魔物が生息する。当然、魔晶果の採取には危険を伴い、価値も高くなる。

 それがなぜここにあるのかと、聞いてる」

「ち、近くに生えているので」

「近くに生えている、だと? 嘘を吐くな!」


 バンとテーブルを叩き立ち上がると、カタリナは小さく悲鳴を上げた。


「ほ、ほ、本当です! 昔から村の近くの洞窟に生えているんです! ま、魔物が沢山生息していますが、ちゃんとした道順で行けば安全なんです!」


 嘘を言っているようには見えなかった。

 半泣きで、俺の表情を伺う顔はどう見ても真実を言っているようだった。

 魔晶果は一つで金貨一枚ほどの価値がある。

 魔力を回復できる唯一の食材であるため、必然的に値段も跳ね上がる。

 だが本物であるのならば、村人たちやカタリナが金を持ち合わせていないのはおかしい。

 果実を商人に売っていると言っていたが。

 まさか偽物なのか?


 俺は戸惑いながらも魔晶果を口に入れた。

 氷に近い独特の触感。

 シャクっという音が鼓膜に届く。

 独特の甘さが口の中に広がった。

 何度か咀嚼すると、体内に魔力の脈動を感じた。

 内から込みあがる力の奔流。

 間違いない。

 以前、一度だけ魔晶果を食したことがある。

 それとまったく同じだった。

 これは魔晶果だ。


「本物だな」

「そ、そうですか。よかった」


 ほっと胸をなでおろしたカタリナ。

 俺は視線をそらし、呟くように言った。


「疑って悪かった」


 俺の言葉を聞き取れなかったのか、カタリナはきょとんとしていた。

 しかし数秒後に、吹き飛びそうな勢いで何度も首を横に振った。


「い、いえ! お気になさらず!」


 恐縮したように、なぜか少し嬉しそうにカタリナは食事を始めた。

 この魔晶果が本物だとすると、村人たちはもっと裕福な生活をしているはずだ。

 だがカタリナや彼らは貧しい生活をしている。

 服装も食事も財産も侘しい。

 ということはつまり、商人が安く買いたたいているのだろう。

 果実の本当の価値をカタリナたちは知らない。

 ゆえに騙されている。

 ……だからと言って俺に助ける義理はない。

 教えてやる必要もない。

 他人を助けてどうする。

 俺にとって何の得にもならない。

 むしろ足を引っ張られ、搾取されるだけだ。

 いや、待てよ。だったら――。


「…………おい」

「は、はい! おいしくないですか?」

「明日、魔晶果の生えている場所に連れていけ」

「わかりました! 案内しますね」

「いいのか? よそ者には教えないとか言われるかと思ったが」

「普段はそうですが、グロウ様は別です! 命の恩人ですし、いい人だとわかっているので!

 みんなも許してくれると思います!」

「俺が? いい人だって? ……くくく」


 思わず笑いが込み上げてくる。

 会ったばかりの俺をいい人だと。

 金を要求した俺を、不遜な態度の俺を、他人なんてどうでもいいと思っている俺をだ。

 底抜けのお人よしだなこいつは。

 だがそれは優しいわけじゃない。

 ただ無知なだけだ。

 何も知らないから手放しで人を信じられる。

 人はいいものだと思い込める。

 それだけのことだ。

 不安げな顔をしたカタリナを無視して、俺は食事を続けた。

 おまえも現実に気づくさ。

 すぐにな。

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