第15話 田舎者


 俺は目の前の情景に呆気にとられた。

 そこは森林内に存在する寂れた村だった。

 寂れに寂れている。

 家屋は茅屋だし、村を囲う木柵は年季が入っている。

 住まう人間は老人ばかりで、若い連中はほぼいない。

 村人の服はカタリナと同様、ボロ布だった。

 小さな畑は存在しているが、周辺は木々に囲われている。

 僻地の村。

 明らかに裕福ではないそんな村だった。


「ここが、あんたの村か?」

「は、はい。すみません……」


 謝り癖があるのか、頻繁にカタリナは謝罪してくる。

 村や服の侘しさが相乗してなんとも憐憫を誘った。

 だが、これはそう見せるためのものかもしれない。

 旅人を油断させ、食い物にしようとしている可能性もある。

 油断はしない。

 俺が決意を新たにしていると、村の老人が数人、こちらに気づいた。


「お、おお、カタリナ。中々帰ってこないから心配しておったんじゃぞ」

「ど、どうしたんじゃ。汚れておるじゃないか。何かあったのか?」


 老婆と老爺がわらわらとカタリナの周りに集まってきた。

 どうにも近寄りがたさを感じて、俺は一歩後ろに下がってしまう。


「じ、実は魔物に襲われて」

「魔物!? 大丈夫だったのか!?」


 心配そうにしている老人たちに、焦った様子で話しているカタリナ。

 俺はその様子を腕を組み眺めていた。


「こちらのグロウ様が助けてくださったから大丈夫! 魔術師様なんだよ!」


 カタリナが俺を紹介すると、老人たちが一斉に俺を見た。

 その動物的な動きが不快だったが、俺は顔をしかめるだけに留めた。


「なんと!? ま、魔術師様が!? こ、これ! 皆!」


 老爺がほかの老人に振り替えると、なぜかカタリナを除く全員が地面に跪き、額を地につけた。


「ははあ! 魔術師様! こんな辺鄙な場所にわざわざ来てくださるとは」

「ありがたき、ありがたき!」


 俺はあまりの出来事に動揺すると、カタリナに助けを求めるように視線を移した。


「す、すみません! この村に魔術師様が来るなんて初めてのことなので……都会では魔術師様はとても高貴なお方だと聞いていますし」


 確かに魔術師の地位は高い。

 希少だし、その力は一般人には到底及ばないほどのものだ。

 魔術は戦力だけでなく、生活においても欠かせない。

 魔術がなければ経済も立ち行かないし、人間は平和に暮らせもしなかっただろう。

 だがここまでへりくだられるのも珍しい。

 羨望のまなざし程度ならばありえるだろうが、これほどの敬意を示すのは国家魔術師たちにでさえあまりないだろう。


「俺は正規の魔術師じゃないがな」

「正規? 他にも魔術師様がいらっしゃるのですか?」


 首を傾げるカタリナたち。

 こいつら本当に知らないのか。


「魔術師協会に所属している魔術師が正規の魔術師だ。

 魔術を使える人間が全員正規の魔術師ってわけじゃない」

「ほぇー、そうなんですねぇ」


 村人たちは感心したように頷きあった。

 こいつらわかってないな。

 まあ、面倒だし説明する気もないが。


「普段あまり街に行くことはないのか?」

「え? ええ。基本的に自給自足をしてますので。都会……大きな街に行くことはありません。

 たまに商人が来て果実を買っていったりはしますが。

 それにここから離れすぎると魔物が多くなるので……」

「この近辺は魔物が少ないのか?」

「は、はい。私は、少し遠くに行ってしまって、魔物に見つかってしまったんですけど」


 魔物の生態に関して、俺は詳しくないから別にどうでもいい。

 つまり外界と関わりがない分、彼らは常識を知らないということか。

 彼らの中では魔術師は高貴な存在なのだろう。

 俺は首を垂れている老人たちの身体が震えていることに気づいた。

 横目でカタリナを見ると、彼女は戸惑いと不安を抱いているように見えた。


 ……敬意とは違う。これは畏怖か。

 根幹にある感情は違えど、彼らは以前の俺と似ている。

 憧憬という妄想を魔術師に抱いていた俺と。


「……魔術師なんてそんな大層なもんじゃないぞ」


 老人たちと自分に言い聞かせるように俺は言い放った。


「し、しかし魔術師様は……素晴らしい働きをしておいでと」

「そういう奴もいるだろうが、俺は金属魔術師なんでね」


 皮肉めいた、あるいは自虐的な言い方だった。

 その先の反応を予想しつつも、俺はあえてその言葉を吐いた。

 きっと彼らはこう言うだろう。

 なんだ、金属魔術師だったのかと。


「あ、あの、金属魔術というのは、どのようなものを言うので?」


 老人たちがきょとんとした様子で聞き返してくる。

 俺は予想だにしていなかった言葉に、思わず口をあんぐりと明けた。

 何を言っているんだ?

 金属魔術がどんなものかなんて、子供でも知っている一般常識だぞ。

 俺の生まれた田舎でさえ魔術はどんなものか誰もが知っていた。

 それを知らないだと?

 演技か?

 そうは思ったが、あまりに自然な表情に俺は何も言えなかった。

 全員が同じように首を傾げ、聞いたことがあるか? などと話し合っているのだ。

 おいおい、冗談だろ。

 まさかとは思うが。

 俺はカタリナを見た。

 カタリナも老人たちと同じような顔をしていた。

 マジだ。こいつらマジだ。

 【僻地に住んでいるせいで一般常識がない】のだ。


 魔術に関する知識もなく、何となく魔術師は高貴だ、と思っていただけ。

 だから妙にへりくだり、不安を抱いていたのだ。

 だがその知識はそこで止まっている。

 どんな魔術があるかとか。

 金属魔術師が見下されているとか。

 そんなことさえ知らないのだ。

 俺の田舎も大都市から離れた場所にあった。

 そこでさえここの村人よりも知識があったのに。

 いや、待てよ。

 果実を商人に売り、その金で商人から商品を購入し、普段の食料は自給自足しているとすれば。

 そして村には老人ばかりだということを考えれば。

 閉鎖的な村には新たな知識が入らないということもあり得る。

 そして老人は新たな知識を得たり、何かに挑戦することはあまりない。

 結果、無知な村人が生まれる、というわけか。

 いまだに跪いている村人を見て、俺は自分でも理解できない苛立ちを覚えた。

 思わず歯噛みし、口を開く。


「金属魔術師ってのは、魔術師の中でもクズ扱いされているんだよ。一般人たちもバカにして、冒険者の中でさえ荷物持ちしかさせてもらえない。そんな魔術師だ」


 全員に戸惑いが生まれた。

 別に自虐めいたことを言って困らせたかったわけじゃない。

 ただへりくだっている相手は、そうするほどの相手ではないと教えてやろうと思っただけだ。

 その後の反応を俺は期待した。

 だが。

 カタリナがおずおずと俺を見た。


「よくわからないのですが、私を助けていただいた力は金属魔術、というものですか?」

「……ああ」

「では、その……どう考えてもク……つ、使えない魔術とは思えません。私を助けてくださったあなたは素晴らしい人だと思います」


 何を言ってるんだこいつは。

 理解が及ばず、俺は言葉を失った。


「うむ。カタリナを助けてくださったのじゃ。その、金属魔術、というものがどういうものかわかりませぬが、偉大な力であることは間違いない」

「そうじゃそうじゃ。感謝こそすれ、バカにするなどとんでもない!」


 村人たちが口々にカタリナの言葉に賛同していく。

 なんだ、なんなんだこいつらは。

 俺は狼狽した。

 こんな反応は初めてだった。

 いつもはバカにされ、見下され、侮蔑されていたのに。


 ……いや。

 そうじゃない。

 俺はすぐに理解した。

 ああ、違う。勘違いするな。

 こいつらは知らないだけなんだ。

 だからこんな呑気に金属魔術を持てはやしているのだ。

 今まで何度も人に裏切られた。

 だからどんなことを言われても、されても、俺はもう人を信用すべきじゃない。

 俺は表情をより険しくすると、カタリナに対して語気を強めに言い放った。


「そんなことより報酬をもらう約束だ」

「あ、そ、そうでしたね。すみません! しょ、少々お待ちを! すぐに持ってきますので!」


 慌てて走り去るカタリナを俺は鋭い視線で見送った。

 剣呑とした空気を感じ取ったのか、村人たちは顔を見合わせて、俺に一礼するとこそこそと家へと戻っていった。

 礼を要求したことを知り、巻き込まれまいと逃げたか。

 無料だったら感謝だけはするだろうが、報酬を求められたらさっさと逃げる。

 褒めそやす言葉だけはつらつらと並べ、相手をおだてる癖に、金品や労働や対価を求めると途端に相手を非難し、逃げようとする。

 汚い人間なんてそんなものだ――そう思っていたのだが。

 数分後、目の前の情景に俺は驚愕した。

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