第3話 どこでも同じ

 重い。

 肩も背中も足も尋常ではないほどの負荷がかけられている。

 俺は汗を拭い、四人分の荷物を必死に抱えていた。


「遅いぞ、金属魔術師!」


 元師匠のクソ野郎と同じようなセリフを吐いているこいつは、パーティのリーダーだ。

 レーベルン国の王都リベンハイン付近の平原に俺はいた。

 他には冒険者の三人。

 全員男というむさ苦しいパーティだが、そこは別に不満はない。

 俺は荷物持ちとして参加している。

 なぜなら金属魔術師は冒険者の中でも使えないとされているからだ。

 ただまったく需要がないわけでもなかった。


「ちっ、剣が欠けてやがるな。おい」

 俺は小さく嘆息しながら、リーダーの男――名前も覚えてない――に近づくと剣に触れた。

 魔力光を宿した俺の手と剣は光り始める。

 ボロボロになっていた剣は元の綺麗な剣へと修復された。

「へっ、金属魔術師ってのは使えないけどよ、装備の修繕だけは一人前だな」

「俺も直せ」

「俺もだ」


 俺は他の二人の装備も直した。

 金属魔術師の仕事なんて、荷物持ちと雑用、後は金属魔術を使った装備の修繕くらいだ。

 金属魔術は金属を扱う魔術で、直接魔力を流すという方法をとっている。

 そのため火水風土などの四属性魔術と違って呪文は必要なく、かなり異質な魔術でもある。

 しかし金属がなければなんの意味もないため、持ち歩く必要がある。

 だから俺は常に銀製の小手を身に着けているのだ。

 変形させ武器にしたり、鎖にして遠くの対象を拘束したりもできる。

 触れていれば金属を動かすことも多少は可能だから、比較的便利ではあるのだ。


 ただ魔術の中では地味な上に、魔物に対して有効だとは言えない。

 鎖を自由に動かせても、俊敏なわけでもないし、装備も別に金属魔術を使わずに普通に携帯して使えばいい。

 金属魔術でなければならない理由がない、ゆえに金属魔術は使えないと言われているのだ。

 ただ金属魔術は細工師や鍛冶師には有利な魔術だから、大体の人間はそっちの道に進むか魔術師を諦める。

 そのため俺のような金属魔術師の存在は非常に希少だ。

 希少だけど貴重ではないということは言っておく。

 前を進む三人に俺は必死で着いていった。

 冒険者になる必要も、なりたいとも思っていなかった。

 魔術師になれる道はもう閉ざされたのだから、田舎にでも帰ればいいのに。

 俺はまだ何かに期待してるのだろうか。


「そういえば聞いたか? 最近変な魔物が現れたんだってよ」

「ああ、俺も聞いた。なんか今までの魔物とまったく違うとか」

「変ってのはどう変なんだ?」

「知らねぇよ。とにかく変ってことしか聞いて……おい、いたぞ」


 剣を抜いた三人が一斉に走り出した。

 正面には魔物が二体。

 リザードマンだ。

 冒険者の仕事は、主に魔物討伐と危険な場所に存在する動植物の採取と狩猟。

 護衛や戦争関連になると傭兵が駆り出されるため、冒険者はより一般人に身近な荒事専門の職業となる。

 俺は三人が戦う姿を眺めつつ、辺りを見回した。

 別の魔物たちがいる可能性もあると考えてのことだ。

 普通は戦う前に周辺を調べるべきだが、あの三人にそんな頭はなかったようだった。


「うらあああ!」


 リーダーが一体のリザードマンを倒す。

 同時に他の二人がもう一体のリザードマンを倒した。


「だはは! どうだ!」


 勝どきを上げるリーダーを無視して、俺は辺りを見回す。

 瞬間、背後に気配を感じて、俺は荷物を下ろしつつ横跳びした。

 俺がいた場所を鋭い何かが通り過ぎる。

 矢だ。

 それがリーダーたちのもとまで向かい、地面に突き刺さる。


「うお!? な、なんだぁ!?」


 リーダーが新手の存在にようやく気付いた時には、俺の手には銀のナイフが握られていた。

 それを矢の放たれた方向に向かい投げる。

 相手は見えない。だがその方向には岩場があった。

 一本は岩に弾かれた。

 当然そうなる、なぜならば適当に投げたからだ。

 狙いは当てることじゃない。

 鋭い金属音と共に、僅かに動いたものが見えた。

 あそこか。

 俺は両手を伸ばし、銀の小手を一瞬で鋭い針に変形させた。

 魔力を帯びた銀は、真っすぐ対象に向かい伸びつつける。

 重力で曲がりそうになるが魔力によって強度を保ち、ひたすら直進すると、岩場に隠れていた何かに突き刺さった。


「ぎぃっ!」


 その影の正体が倒れた瞬間に見えた。

 残りのリザードマンだったらしい。

 やはり隠れていたか。

 俺は急ぎ近づくと死体を確認した。

 他に足跡もないし、どうやら仲間はいないようだ。

 銀の短剣を回収して小手に戻すと、丁度仲間たちが駆け寄ってきた。

 一応、敵襲を防いだんだ、多少の褒め言葉はあるだろう。

 そう思っていた。


「てめぇ、ふざけんじゃねぇぞ!! 何してんだ!」


 俺の期待は崩れ去った。


「何って…魔物を倒しただけだ」

「余計なことをしやがって! おまえは荷物を持ってりゃいいんだよ!」

「だけど魔物は弓矢を使っていた。対処が遅れれば誰か怪我してただろうし、下手すれば殺されていた可能性もある」


 俺は荷物持ちと装備の修繕で雇われた。

 だから荷物を置いて敵を倒したのは、仕事放棄と取られても仕方ないかもしれない。

 だが距離的に、俺が対処しなければ仲間がやられていた可能性もある。

 というか状況的に対処しないと俺が死んでいた。


「言い訳ばっかり言いやがって。これだから金属魔術師はいらねぇって言われるんだ」

「魔物を倒したからって偉そうにしやがって……それくらい誰でもできるぜ」

「ただ武器で魔物を倒しただけじゃないか。魔術ってほどじゃないねぇ」


 三人からの批判に、俺はただ理解した。

 そうだったな。

 金属魔術師はそういう風に見られているんだ。

 だがそこまで虐げられるほど金属魔術は使えないのか?

 武器を使うのと一緒と言われるが、しかし対処はしっかりしていたじゃないか。

 ……いや違うんだ。

 そういう話じゃないんだろう。

 こいつらは『金属魔術師は見下すもの』と認識しているのだ。

 いやこいつらだけじゃなく、クズールも他の魔術師も、世間の奴らもみんなそう思っているのだ。

 だから何をしようが、実際に結果を出そうが関係ない。

 だって『金属魔術師は使えない』のだから。

 中身を見ずにそういうものだから、そうなのだとしか思わない。

 きっと俺以外に、金属魔術師がどんなものか知っている人間なんてほとんどいないのだ。

 盲目的に努力して、周りを見ずただ走り続けた過去の自分を諫めたい。

 そんなことしても、バカどもに期待しても無駄だと。


「早く荷物を持てよ!」


 激高され、俺は無言で荷物を持った。

 そうだな。使えない金属魔術師にできることは荷物持ちくらいだ。

 俺は多分、人間に期待しすぎた。

 他人や……自分自身に。

 帰ろう。

 この仕事が終わったら田舎に戻ろう。

 俺に残された選択はそれくらいしかないんだと、ようやく俺は理解した。

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