第168話 過去のおはなし(4)

「あの人一体何なの?急に私に話しかけて来たり、あなたと喧嘩になったり」


「事情があんの。こっちにも」


だいぶ感情も落ち着き、今度は冒険者ギルドを離れ、その辺にある出店を回る感じで話すことになった。ベラドンナはこれ以上詮索することなく話題を変える。


「…あなたって一人でいるのが好き?」


「好きだよ。一人だと何も考えなくていいし」


「そうなんだ。私とは真逆だな〜」


「だろうね」


ここ短期間しか見てないが、彼女は誰とでも仲良くし、コミュニケーションを取ろうとしていた。それが彼女の本質であり、好む事でもあると認識していた。その本質に気づいたかどうかに関係なく、年上の冒険者は皆彼女の周りに集まり笑顔を振りまいていた。


「…なぁ、逆に聞くけど楽しい?人とそんなに話す事は?」


「え?」


「えじゃなくて」


「楽しいかって言われると…う〜ん、私は他人の幸せそうな顔をしてほしいからなぁ。でも楽しいよ、だって面白い話がたくさんあるもん!」


「そのうち騙されそう」


「ここにいる人達はそんな事しないよ」


ベラドンナは自信があるのか笑顔でそう言い放った。心の声が聞ける魔法があれば本当かどうか分かるんだが…いまだに誰も創れていない。


「…あと、やっぱりドラゴン倒したほうがいいよ」


「…またその話?」


「今は一体だけなんだよ。いけるよ!」


彼女はムッーとした顔でこちらを見る。


「こんなことなら二体のままでいてほしかった」


「二体?」


「もともと二体いた。で今一体になっている」


その一体は約50年前に忽然と姿を消したらしい。そこにいたとされる場所に巨大な大穴を残して。消えた日には天から何か落ちていく物体が見えたらしいが真相は定かではない…


さて、出店が並ぶ大通りの端っこまで喋りながら歩いたらしい。この先は簡易的な結界の外に繋がる、いわば冒険者の魔物退治の仕事場が広がっている。


「あら、私達ここまで来ちゃってたんだ。戻ろ…」


その時だった。まるで火山の噴火のような地揺れが起きたのは。ゴゴゴと鳴るそれは出店に並んでいた商品やら飾り付けなどを通りに落としていく。


揺れが治まったころには物が散らかった通りが存在していた。


「今の揺れ…何?」


ベラドンナは何やら深刻そうに顔を歪める。その時結界外、いわば私達が引き返そうとしていた道の先から慌てた様子の男が走って来ていた。


男は何やら叫びながら通りへとやって来ていた。やがてその声は鮮明に聞こえるようになる。


「イグニールドラゴンだ!こっちに近づいてる!皆逃げろ!」


「な、なんだと!?」


「ほんとうか!?」


悲鳴と共に一斉に出店から人が消えていく。店主も客も関係なく、走って来た男と同じ方向に逃げていく。


さっきの地揺れ、察するにあいつが何かしでかした音だ。どの道とんでもない事が起きようとしている。


イグニールドラゴンが街に近づくことは稀だ。元々この街自体、魔王軍の侵略を防ぐ役割も備えているがそれとこれとでは規模が違う。


気づけば周りに人はいない。いやベラドンナはいるが、私も引き返そうとした瞬間、ベラドンナが「待って」と声を上げる。


「何!?」


「近づいてるよこの街に!」


「そんな事は分かってる!」


思わず語彙を荒げる。先程から魔力探知が反応しっぱなしだ。距離でこそ近くはないが、あのドラゴンがその気になればちょっとの時間でこの街の上を飛ぶことが可能になる。


「だから、私達がいかないと!まだ逃げ遅れてる人が!」


「正気か!?イカれてるぞ!」


「私は一人でも行く!街が破壊されるかもしれないってのに逃げることなんかできない」


「……冗談でしょ?」


「冗談じゃない」


再びの地揺れ、そして今僅かに聞こえた叫び。


ギィィィィィ!!!


低い弦楽器のような音が耳元まで聞こえた。ここまでの距離、ドラゴンはかなり自身の寝床から離れているのが分かる。


「…ごめん、行ってくる」


「あ!」


ベラドンナは私にそう言うと一人移動する。思えば走る速度と跳躍力もかなりある。


「なんで……無駄なんだよ。だって…あいつには…」


そう。あいつはベラドンナとは相性が極端に悪い。彼女は見たところ武器を持っていない。ならば冒険者として戦う方法は一つしかない。


そう…


「魔法…が効かないのに…」


絶望的なほどに、先駆者の助言通りに行けば彼女はあまりにも無謀すぎた。


彼女の姿は既に見えなくなりそうだ。私はただ立っている。心の中の葛藤、私はようやくしてその結論にたどり着いた。

____________________

「あれが…イグニールドラゴン。聞いたことある…」


ベラドンナはまずその強大さにあ然としていた。


大きさ自体は20m程度だが全体的にゴツゴツとした赤い皮膚と口から溢れでる炎、三本指の四本脚で歩くたびに陥没し、溶岩へと変化する地面を見れば、ドラゴン自体が巨大な熱の一種なのが分かる。


そのドラゴンはまず1対の羽、広げれば10mもあろうかという羽をブン!と横にふる。


その瞬間、熱気がブァッとむせ返る。足はかろうじて地面に着いているが風圧とパチパチと飛び交う熱で前がろくに見えない。


「…フッー…やるかあ!」


そう呟いた瞬間でさえもドラゴンは待ってはくれない。次に左の前足をこちらへと差し向ける。


その一挙一挙に熱が篭っており、動きが封じられる。


「…せーの!」


ザン!!!


衝撃音と共に前足が振り下ろされる。しかしそこには何もない。


彼女はドラゴンの腕伝いに宙へと舞い、そのまま腕を登り詰める。


熱気も凄まじいがそれ以前にタッタッタッと身長に見合わない速度で一気にドラゴンの顔近くまで行くと、そのまま宙に見を投げ出す。


「…発動」


そう呟いた瞬間、ドラゴンの左前足には無数の魔法陣が浮かび上がる。登りながら展開された魔法陣のそれらは段々と明瞭になっていき、遂には爆発を起こす。


「……!」


爆煙で視界が悪くなったがドラゴンの姿はくっきりとそこにあった。その左前足には傷一つない。


「…やば!」


あれだけの爆発を喰らったその左前足をドラゴンは上空へ羽ばたきながら差し向け、突き落とそうとしてくる。


なんとか左前足を避けるが、今度は無傷の右前足をドラゴンはこちらに近づき、熱気を浴びせながら掴もうとした瞬間


突然ドラゴンは下へと落ちて行く。見えない何かに無理やり上空にいることを阻まれたように。


「…え?」


正直かなり危機的な状況だった、では一体誰が…彼女を助けたのか。


地面には紫髪の少女が立っていた。地面にひれ伏せたドラゴンの前で。





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