せっちゃん

ちゃちゃまる

一日目

「いらっしゃいませ!」


春彦の元気な声が、店内に響く。


「いいねー。何かイイことでもあった?」


店長の言う通りだった。厳密に言えば、これからだけど。


今日は、久しぶりのデートの日だ。バイトが終わるのが、待ち遠しい。


駅前の居酒屋は、昼過ぎにもかかわらず、大勢の客で賑わっていた。


その様子は、さながら春彦を祝っているようであった。


「色恋沙汰もいいけど、気をつけなよ? 最近物騒だからさ。」


「そうですね。気をつけます!」


「おっ? やっぱりデートか。」


「ちょっと店長! 人のこと詮索するの、やめてくださいよ!」


「ゴメンゴメン。」


まったく。店長はカンが鋭いんだから。




夜。春彦は冷えた手を、コートのポケットにつっこみ、駅前に立っていた。


後ろの方から、カツカツと急足でやってくる音が聞こえた。


「ごめん! 待ったよね?」


久しく聞いていない声だった。春彦はその懐かしさに、胸を打たれつつ、


「いや、待ってないよ。」


と振り返っ・・・た。春彦の目が見開く。


バイトのしすぎだろうか?


久しぶりに会ったアキの姿は、変わらず清楚であった。


しかし、そのアキの隣には、化け物がいた。


全身が黒いマントに覆われ、三日月の目と口の仮面をつけたその姿は、


さながら、不気味に笑うカオナシであった。


「久しぶりに会ったのに、ほんとごめん!」


アキは、その化け物に気づいていないようだった。


「・・・大丈夫。気にしないで。」


バイトの疲労が溜まっているのだろう。


アキには申し訳ないが、今日は早めに帰ろう。


「じゃ、ご飯、行きますか。」


「待って。ハルに、紹介したい人がいるの。」


「え?」


アキの方を見た。周りには誰もいなかった。


「親友の雪子っていうの。」


その瞬間、全身に鳥肌が這った。


アキが示す手のひらの先は、あの化け物だった。


「・・・。」


言葉にならなかった。


落ち着け。バイトで疲れているだけだ。休めば、きっと治る。


「・・・ど、どうも。」


黒マントは微動だにせず、顔を傾けたまま、こちらを見つめている。


「ハルって、人見知りだったっけ? まあ、いいや。行こっ! ハル。せっちゃん。」


アキは、春彦を置いて歩き出した。


せっちゃんと呼ばれた化け物は、音もなくアキの後ろについていく。


春彦は、固唾を飲み込み、恐る恐る二人の後を追った。

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