第9話 忌わしき過去
202X年 4月11日 午前11:30頃。
私の現実の意識が、少しづつ覚醒をはじめる。
次第に聴覚と嗅覚が蘇り始め、清水のさざめく音と、懐かしい畳床の匂いを感じる。誰かにゆっくりと私の身体を起こされながら、うっすらとまぶたを開けて周囲を見渡すと、そこには広くて趣のある日本庭園が。
「ここは・・・?」
私を抱いている白髪の老人は、私の父方の祖父、『越路篤人』の様だ。
「おじい・・・ちゃん??」
「奈々よ、すまなかった。手荒な事はするなと言ったんだが」
「申し訳ありません、越路博士。思わぬ邪魔が入った物で」
私の近くには、迷彩服を着た大柄の男性が立っていて、ヘリコプターから聞こえたのと同じ声の持ち主みたい。いかにも『鍛え上げました』って体格のマッチョ男だけど、どこか間が抜けていると言うか、ちょっと憎めないカンジのオーラを持った人。
「ジェイド、良くぬかす。あれではまるで大規模テロでは無いか?」
「この作戦命令はすでに発動しています。閣下も機は熟したと」
「ワタシは反対した! 若造めが先走りおって」
次第に意識と記憶がハッキリしてきた私は、祖父に尋ねる。
「・・・博士って、誰の事?? おじいちゃん・・・、私に何をしたの??」
「おお、奈々よ。おまえはもう何も心配する事は無い」
「どういう・・・事??」
そこに襖を開けて、旧日本軍の将校みたいな軍服の男性が、数人の部下を連れて入って来た。襟元や胸には沢山勲章や飾りが付いていて、なんか偉そうに着飾ったヤーなカンジのオッサンたち。
敬礼するジェイド。
「松羽目閣下!!」
その旧日本帝国将校気取りのオトコは、ジェイドを軽蔑のまなざしでニラみつける。
「ジェイド!! 事態をこれほど大袈裟にしろとは命令しておらん! 下がれ!」
「はッ!!」
ジェイドは、部下と共に悔しげな表情を見せながら、襖の奥に引き下がって行った。松羽目と呼ばれた男は、私の身体の隅々をジロジロと見回した後に、
「博士、ようやく取り戻して頂けましたな?」
「黙れ、若造! この子だけは好きにさせんぞ!」
「いくら博士のお望みとあれど、これだけはお譲り出来ません。なにしろわが軍の最高傑作ですからねぇ」
「代わりは他にも居るだろうに? なにもこの娘に限って・・・」
「博士もご覧になったでしょう? DNA検査でも、奈々が最も優秀である事は証明されているのですよ?」
「無駄だよ、松羽目。この娘の過去はすでに抹消したんだ!」
「それは、どうですかな?」
部下に目配せで合図する松羽目。私達に続々とH&K G36Cの銃口を向ける黒尽くめの男達。祖父は私を小脇に抱きかかえると、左手でポケットから一つの装置を取り出して赤いレバーを握り、
「全員動くな!! 松羽目! この装置が何だか分かるな?」
松羽目はたじろぎながら、
「そ、それは・・・、もしや小型E.M.P.爆弾!?」
「そうとも。私の左指が少しでも力を失って、この赤いレバーを放せば、コイツの爆発と共に強烈な電磁マイクロ波を5km四方に放射して、お前の施設にある電子機器のデータはすべて破壊されるんだ!」
「フッ・・・、そんな事をすれば、博士は勿論、可愛いお孫さんの将来まで道連れになる。そんなコケ脅しに私が動じるとでも?」
「良く聞け、若造! 私はお前の常軌を逸した計画などに、これ以上協力する気は無い! 奈々達まで巻き込んだのは私の一生の誤算だったが、今となってはもう・・・、もうこれしか方法が無い!!」
・・・ん~、私の意識はもうハッキリしているけど、この切迫した状況を事前説明無しに把握しろってのが、そもそも無理。だから、こんな時はテキトーにインプロバイズ(即興で演技)。
「おじいちゃん? よく分からないけど、私はおじいちゃんの言う事を信じるよ。だから、このまま、ゆっくりと、おウチに帰ろう?」
「奈々、それが出来れば一番なんだが・・・。お前は、私の一番弟子の『ター坊叔父さん』の言う事を良く聞いて、私達の信じる未来を実現してくれ!」
「ター坊叔父さん? う、うん。分かったよ、おじいちゃん!」
松羽目は、部下に目配せをする。
越路博士の後ろの襖が音も無く開き、越路博士の背中からタントーナイフで突き刺す男。同時に小型E.M.P.爆弾のレバーをナイロン・ワイヤーで結束して起爆装置を起動不可能にしてしまう。
「うッ!!」
とっさに私は、口から血を流して倒れる祖父を抱きかかえて、
「おじいちゃんっ!!」
「奈々よ・・・、 ワタシは・・・」
そこに松羽目が口をはさむ。
「クックック。 越路博士、 貴方の研究データは全てコピーさせていただきました。勿論データはE.M.P.攻撃対策済だ。貴方の悪あがきやデータ保護対策やらは、もうとっくに用無しなんですよ。ただし、奈々達は今後とも利用させて頂きますがね?」
私は、すでに息も絶え絶えな祖父を両腕で抱きかかえながら、祖父の言葉に耳を傾ける。
「奈々、すまん。ワタシはこの世の良き未来の為を思って・・・。だが、お前たちまで巻き込んだのは間違いだった。許して・・・お・・・く・・・」
『最後の一言』を言い終える前に、息絶える祖父。
それとほぼ同時に、私が生まれてからずっと共有し続けて来た、優しかった祖父の笑顔と情景が、まるで走馬灯かフラッシュバックの様に、私の意識の中を通り過ぎる。
「おじいちゃん? お・・・お・・・、」
私の手が小刻みに震え始めているのと共に、さっき、キラにナイフで襲われた時に感じた様な、もう一人のワタシが意識の中に入って来る。
男達の一人が私の腕を掴もうとした、その瞬間!
私は自分の身体のコントロールを、もうひとりのワタシに支配されて行くのを感じた! ワタシ(以降、もう一人の私って意味)が、反撃を開始する!
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