第5話 ぽんこつアドロイドはお嬢様学校へ行く夢を見るか?

「ロミオくん、今日から一緒に学校へ行こうか?」


 週初めの月曜日、雀がチュンチュンうるさい朝チュン中の桜屋敷にて。


 ジュリエット様のお部屋でいつも通り彼女の支度を手伝い朝食を準備していたときのことだ。


 真っ白な私立セイント女学院の制服に身を包み、優雅に俺が作ったトーストの上に目玉焼きを乗っけたジブリパンを咀嚼していた『わんこ』モードのジュリエット様がそんなことをおっしゃったのは。


「エラー、エラー。内容がよく分かりません、もう1度繰り返してください」

「えっとね、今日からボクと一緒に学校へ行こうよ」

「……質問。学校とはお嬢様が通う私立セイント女学院でしょうか?」


 そうだよ、とニパッ! と笑みを深めるジュリエット様。


 その俺にだけ見せてくれる笑顔は最高に愛らしいのだが……ちょっと言っている意味が分かりませんねぇ?


 なになに、どういうコト? 一緒に学校って、俺、女装するの?


 お嬢様によって新たなフェティシズムの扉を強引にフルオープンさせられるの?


 と、内心戦々恐々としていると、そんな俺の考えを否定するようにジュリエット様は言葉を重ねた。


「ウチの学校は申請があれば1人までなら女性の使用人を連れて来ることが出来るんだ。ついこの間ね、『もしも』のときのためにロミオくんを申請に出してたんだけどね、それがようやく通ったんだよ」


 だから一緒に行こっ! と顏に桜の花を咲かせて微笑むジュリエット様。


 そりゃもう合法的に女子高に潜入出来るなら、万難ばんなんはいしてでも頷く所だが、やはり1つ疑問が残ってしまう。


「お嬢様、申し上げにくいのですが、自分は男性型アンドロイドです。女性の使用人ではありません」

「そこは大丈夫。ロミオくんは男の子だけどアンドロイドだから、特別に許可が下りたんだ! それに――」


 と言葉をつむいでいたジュリエット様を遮るように、扉が軽くコンコンッ、とノックされた。


 そして「おはようございまぁ~す」と間延びした声を出しながら入室して来たのは、ジュリエット様と同じく私立セイント女学院の制服に身を包んだ我が後輩、白雪真白だった。


 ましろんは俺の姿を視認するなり、パァッ! と迷子の子犬が飼い主を見つけたように顔をほころばせ、「センパ――ロミオさん、やっぱりココに居たぁ~っ!」と声をあげた。


 途端にお嬢様の顔から笑みが消え、いつもの無表情、無感動の『鉄仮面』モードで我が愛しの後輩をまっすぐ見据えながら、


「それにロミオを1人にしていると、またいつ『悪い虫』が寄ってくるか分からないしな」


 ナチュラルに害虫呼ばわりしていた。


 う~ん、どうやら昨晩の『レッツコンバイン未遂事件』がまだ尾を引いているようですねぇ。


 トテトテと俺の方へ行進してくるましろんに、冷たい眼差しを送るジュリエット様。


 もうね、人間を見る目じゃないの。下等生物を見る目なのよね。ドM大興奮の冷めた瞳なのよね。


 そんなジュリエット様のこなんぞ「知るか!」と言わんばかりに、俺の二の腕に抱き着くましろん。


 コッチもコッチでメンタルダイヤモンドだった。


「ロミオさん、おはようございまぁ~す♪ ……あっ、あとついでにジュリエットさんも」

「おはようございます白雪様」

「……おはよう、白雪の姫。……チッ、永遠に眠っておけばいいものを」


 爽やかな朝の挨拶。なのにおかしいな? 部屋の温度が2度ほど下がったような気がするぞぉ?


 あぁ~、お腹がキリキリするなぁ……『男の子の日』かな?


 なんだよ『男の子の日』って? 子ども日かよ。


 なんて頭の中がゴールデンウィークに突入しかけた俺に、ましろんが鈴の音を転がしたような甘い声を出してきた。


「ヤダなぁロミオさんっ! 真白のことは気軽に『真白』って呼んでって言ってるでしょ?」


「……朝から発情期の猿のように盛っている所悪いが白雪の姫よ。朝食の邪魔だからボクとロミオの視界から消えてくれないかい? ……永遠に」


「……あれぇ? ジュリエットさん居たんですかぁ? 小さくて見えなかったですよぉ? うん、いつも通りロリロリしいですね♪」


「ボクはロリでもなければ小さくもない。そしてここはボクの屋敷、ボクの部屋だ。家主のボクが居るのは当たり前のことだろう? そんなコトも分からないようなら、小等部からやり直してきたらどうだい?」


「ふふっ、ジュリエットさんったら冗談がお上手ですね? 小等部みたいな格好をしているのはジュリエットさんの方じゃないですかぁ~♪」


「「…………」」




 ……もうヤダ、お家帰りたい。



 背後に虎と龍をエクシーズ召喚しながら2人の覇王色が部屋の中心で衝突する。


 途端に小市民の俺は意識が飛びそうなるが、キリキリと痛むお腹がソレをゆるしてくれない。


 お願い、仲良くしてっ!? 300円あげるから!


 もちろんそんな俺の祈りなど天に届くワケもなく、2人は静かに睨み合ったまま相手の様子を窺っていた。


 ……俺を挟んで。


 あの……他所よそでやってくれませんか?


「と、ところでお嬢様? お嬢様の付き人としてセイント女学院に行くのは分かりましたが、何か準備するモノなどあるのでしょうか?」

「へっ? センパ――ロミオさん、学校に来るんですか?」


 見事に俺の誘導に引っかかってくれたましろんが、お目目をパチクリさせる。


 おかげでましろんの視線からけんが取れ、部屋の空気がジュリエット様のパイパイのように柔らかいモノへと変わっていく。


 さすがはトークの錬金術師ロミオ・アンドウ、真理の扉を見なくてもここまでの事が出来るのは一重に俺の才能と言ってもいいだろう。


「肯定。今日から自分はお嬢様の付き人として私立セイント女学院に通うことになりました」

「と、いうワケだ白雪の姫よ。悪いがその事でロミオと打ち合わせをしなければならないから、席を外してもらおうか?」

「むぅ……」


 珍しく無表情ではなくしたり顔でましろんを射抜くジュリエット様。その顔からは勝者の余裕が窺えるようだ。


 一方でましろんの方が頬をぷくぅっ! と膨らませて、不満気にジュリエット様を見つめていた。


 仲間外れにされたのがそんなに不愉快だったのだろうか?


 まったく、まだまだ子どもだな。……体はオトナだけどね! 


 と、ましろんのお胸にたゆんたゆん♪ にみのっているマスクメロンから視線を外しつつ、俺は勝ち誇るジュリエット様に恐れ多くも進言してみせた。


「お嬢様。新参者とは言え、白雪様もセイント女学院の優秀な生徒です。万が一にも自分にトラブルが起きた際、対処していただく可能性がおおいにあります。出来れば白雪様にも事情の説明をして欲しいとこのロミオゲリオンめは具申ぐしん致します」


「むっ、うぅ……ハァ。分かった、いいだろう。白雪の姫よ、君も打ち合わせに混じるといい」

「やたっ! ありがとうロミオさん!」

「ッ!? お、おいっ! だからロミオにベタベタするなっ! 嫌がっているだろうがっ!」


 むぎゅ~っ! と俺の腕にましろんのデカパイが押し付けられ、幸せの感触が脳髄を駆け巡る。


 そんな俺とましろんの間に両手を滑り込ませ力づくで引き離そうとするジュリエット様。


 ほんと仲悪すぎだろこの2人……なんでこんなに仲悪いんだよ?


 結局、その日の朝はロクな打ち合わせが出来ず、終始ましろんとジュリエット様の仲を取り持つだけで終わったのであった。

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