第1話 ロミオと小さなジュリエット
「――長らくお待たせ致しましたジュリエット様。ついに約束の品が完成いたしました」
そう言って最近ますます毛根は死滅していき、もはや諦めなくても試合終了している我が家の大黒柱である
親父の視線は俺……ではなく、この無駄に広い一室の主にして、王者の風格すら感じる1人の少女へと注がれていた。
俺たちとローテーブルを挟んで対面するように革張りの真っ赤なソファに身を沈めていた少女のピシッ! とパンツスーツに包まれた肉づきのいい脚が目の前で組み替えられ、思わず顔がニヤけそうになる。
パンツスーツの本来のフォルムが崩れることなく着こなしているあたり、彼女がどれだけスタイルがいいか分かってもらえるだろう。
もしココに親父と彼女が居なければ、全力で小躍りしている所だろう。
さすがにコレ以上彼女の足を眺めると、表情筋が緩んでしまうので、俺は意識を足から彼女の上半身へと移した。
もう数年後したら絶世の美少女に育つだろうな確信させる彼女は――いや、モンタギュー家正統後継者であるジュリエット・フォン・モンタギュー様は品定めでもするかのように俺をまっすぐ射抜いていた。
「約束の品ということは、『彼』がそうなのか?」
「はい、そうです」
親父はポンッ! と俺の背中を優しく叩きながら、自信満々の笑みを沿えてジュリエット様にこう言った。
「彼こそ我がジュリエット工房の技術の
「さすがは世界のロボット産業を牛耳るジュリエット工房。まるで人間ソックリだ。まさか本当に作れるなんて……」
ボクが後を継ぐ会社に不可能はないようだ、と感情が
そんなジュリエット様に向かって、親父は補足説明でもするかのように、
「ただ、なにぶん試作機ですので、動作不良を起こす可能性もあります。ですので、数週間に1度、我が家に持ち帰りメンテナンスをすることになるのですが……よろしいでしょうか?」
「それくらい構わない。でも、本当に彼はロボットなのか? どう見ても人間の男の子にしか見えないが……?」
「も、もちろんロボですとも! えぇっ! むしろロボ以外ありえませんロボ!」
「……何だか嘘臭いな。もっと近くで確認する」
そう言って腹芸が出来ない親父をジュリエット様が
――ジュリエット様が座っていた場所が突如爆発した。
ボォンッ!? と鼓膜をつんざく轟音と火薬の香りが部屋中に充満する。
「うひぃっ!?」という親父の悲鳴と「チッ……またか」と冷静にイラただしそうに口をひらくジュリエット様。
そんな2人の声音を切り裂くように燃え続けるソファ。
ジュリエット様は目を丸くして動けない親父の代わりに、さっさと部屋の隅へ移動すると、そこに置いてあった消火器を手にゴゥゴゥと燃え続けるソファへと向き直る。
そのまま慣れた手つきで消火器のノズル部分をソファに向け、噴射。
さっさと炎を鎮火させてしまった。
なんて行動力のあるお嬢様なのだろう。
俺が女なら今頃お股をビショビショにして惚れているところだ。
「……きっと昨日やってきたハウスキーパーの仕業だ。こういうコトがあるからメイドも使用人も雇っていないのに……お母様も学習してほしいものだ。自分の身の周りのことくらい自分で出来るというのに。このソファを廃棄するのも楽じゃないのにな……」
ハァと無表情のまま短くため息をこぼすジュリエット様は、腰を抜かしてプルプル震えている親父の傍らでピクリとも動いていない俺を見て
「ほほぅ。今の爆発を見ても、動揺1つ顔に浮かべない……か。どうやらロボットというのは本当らしい」
そう言って、納得したように小さく頷くジュリエット様。
でも、ごめんなさいジュリエット様。あまりに突然の出来事過ぎて、つい昔のことを思い出してしまいリアクションが取れなかっただけなんです。
そう、アレは俺が中学3年生の冬休みに起きた出来事だ。
受験勉強もいよいよ大詰めの冬。
俺は物心つく前からの腐れ縁にして、小学校の卒業文集で『コイツにだけはバカと言われたくない男』№1の座に君臨した我が
『秘密基地が完成したから
と意気揚々とスマホのスピーカーから金次狼の声が聞こえてきたとき、俺は思わず片手で額を押さえた。
何故コイツは受験勉強そっちのけで秘密基地なんか作っているのだろうか? バカなのだろうか? ……バカだったわ。
どうせ行かなかったら学校でグチグチ言われるのは目に見えていたので、俺はしょうがなく金次狼の秘密基地を観に行くべく、受験勉強を一旦休止し、家を出発した。
途中同じく腐れ縁で学校の王子さまとして女子に圧倒的な人気を誇る
数分後、俺たちは金次狼に指定された河川敷へとやってきたが……いやもう、凄いぞ?
河川敷に辿り着いた瞬間、思わず3人とも
なんかね、燃えてるの。
いつの間にか河川敷に建っていた小屋みたいなヤツが。
それも炎上とか生やさしいモノじゃなくてね、もう地獄の
しかも問題はその燃え盛る小屋の中から、
『うぉぉぉぉぉっ!? アッチィィィィィッ!?』
『落ち着けマイサン! とりあえず落ち着いて脱出――クソゥッ!? インテリアのつもりで置いたパパの銅像が出入り口を塞いでお外に出られねぇ!?』
『落ち着け親父! こうなったら窓をかち割って――クソゥッ!? オシャレとして窓に
『金次狼、銅像だ! 銅像を持て! コイツをどかすぞ!』
『わ、分かったよ親父っ! おりゃぁぁぁぁぁああああっ!?!?』
と、大神親子の悲鳴にも似た断末魔が聞こえてきたり、その小屋の前で両手を
もうね、傍から見るとね、中に封じ込めた魔物を焼き殺そうとする魔法少女にして見えないのよね、コレが。
俺は魔法少女こと、金次狼の妹にして大神家の長女、
というか、声をかけたくなかった。
というか、今すぐ家に帰りたかった。
しかし現実は無常というモノで、ボケっと突っ立ている俺とあーちゃんに、青子ちゃんは『……一応、行くか』と声をかけ玉藻ちゃんのもとへと歩き出す。
仕方なく俺たちも玉藻ちゃんのもとまで近づくが、その間にも、
『ふんぬぅぅぅっ!? オラ、どうした金次狼!? もっと気合を入れろ!』
『お、親父……コレはさすがに……』
『諦めんな! 腰だ、腰を使え!』
『わ、分かった、やってみる――おりぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?』
『いいぞ金次狼! 今のおまえは最高にタフガイだ!』
と、どこぞのガチムチハードコアの音声作品のような声音が鼓膜を
『クソッたれめ!? 汗で手が滑りやがる、もうヌルヌルだぁ!』
『お、親父……もうダメだ、限界だ、限界だよ……』
『諦めるな金次狼! この世に突破できない障害などない、突破出来ない俺たちが居るだけだ! 俺たちはソレをウ●娘で学んだハズだ! 思い出せ、トウカ●テ●オーの勇姿を! ゴールドシ●プのハジケぶりを! サイレ●ススズカの愛らしさを! だから諦めるな! 諦めなければ道は必ず開けるハズなんだ!』
『親父……あぁっ! その通りだな! いつだって奇跡を起こすヤツは最後まで諦めないヤツだって俺たちはツイ●ターボ師匠から学んだ! やってやるぜ!』
『その意気だ! いくぞ金次狼、丹力に力を込めろぉぉぉぉぉっ!』
『よっしゃぁぁぁぁぁっ! 確率を超えろ、奇跡を起こせぇぇぇぇぇぇぇぇっ!』
『これが諦めないってことだぁぁぁぁぁぁっ!」
『『ハァァァァァァァァッッッ!?!?』』
男たちの
そして扉の奥からターミネーターよろしく服が焼け落ち、文字通り一糸まとわぬ姿をした全裸の細マッチョ2人が『ファイトォォォォォッ!』『イッパァァァァァァァァツ!』と気炎を上げながら俺たちの前に姿を現した。
瞬間、俺たちの網膜に大神親子の極太のアレが焼きつき、あーちゃんに至っては『ふぁっ!?』と可愛らしい声をあげると同時に顔を赤らめ、そっぽを向いてしまう始末だ。
そんなカオスな現場に拍車をかけるかの如く、いつの間にか集まっていた野次馬たちが一斉に悲鳴をあげ、大神親子のアレをそよ風のごとく揺らした。
もちろんそんなコトなど露とも知らない大神親子は、全裸のまま互いの肩を叩き合い、ついでに健闘も
『ハッハッハッ、さすがは父ちゃんの息子だな!
『ヘヘッ! そういう親父だって、最高に仕上がってるじゃねぇか! 背中に鬼神が宿ってるぜ? 範馬の血筋か?』
『いやいやマイサン! マイサンの肩にもちっちゃな重機が――んっ? おぉっ! これはこれは皆さんお揃いで! なぁに心配はいりませんよ! 自分たち普段から鍛えているんで、ちょっと火傷した程度ですよ! なっ、金次狼!』
『親父の言う通りです、ちょっと擦りむいた程度ですから別に救急車はいらな――んっ? えっ!? ちょっ、ちょっと待て!? なんで白と黒のツートンカラーの方なんだよ!? この場合白オンリーの方だろうが!? ちょっ、マジで待ってぇぇぇぇぇっ!?!?』
そう言って、いつの間にかやって来ていた白と黒の最高にファッショナブルなツートンカラーの車の中から現れた屈強な男達によって車の中へと無理やり押し込まれる金次狼。
そんな金次狼を前に、マッポに向かって『息子がまだツッコんでいる途中でしょうがぁぁぁぁぁっ!?』と今にもラーメン片手にブチ切れそうな士狼さん。
最終的には『親父ぃぃぃぃっ!?』『金次狼ぉぉぉぉぉぉっ!?』とロミオとジュリエットばりの雄叫びをあげながら、2人を乗せた車は発進して行った。
その去りゆく姿を前に、俺のこの胸に湧き起こる圧倒的なまでの感動は一体なんなのだろうか?
頭の中でドナドナが再生されながら、俺はいつまでもパトカーを見送り続けたのであった。
……そう言えば金次狼のヤツ、今頃何してんだろうなぁ?
まぁ奴のことだ、どこへ行ったとして……ロクなことはしていないだろう。
そんな昔の事を思い出していたせいでまったくノーリアクションを返してしまったが、それが逆に良かったらしく、どうやらジュリエット様は俺のことを本物のロボットだと認識してくれたらしい。
「いいかい? 今日からボクが君のマスターで、恋人で、ガールフレンドだ」
問おう、あなたが俺のマスターか? と俺が尋ねるよりも早く、そうトンデモネェことを口にするジュリエット様。
かくして生まれて18年と数カ月、俺に初めての彼女が出来た瞬間だった。
ジュリエット様は彼氏兼ロボである俺を検分するかのように、その蒼色の瞳で俺を射抜きながら冷たくこう言い放った。
「それじゃ……今日からよろしく頼むぞロミオゲリオン――はさすがに長いか。とりあえずロボットだし『ロボ』とでも呼んでおこうか」
よろしくロボ、と明らかに『よろしく』しない無表情、無感情のまま冷たくそう口にするジュリエット様。
正直彼氏に向ける瞳じゃない……。
こんなんで本当にやっていけるのだろうか?
あっ、そう言えばまだ俺の自己紹介をしてなかったっけ?
どうもぉ、『汎用ヒト型決戦執事』人造人間ロミオゲリオンこと
もうみんな薄々勘づいているとは思うけど、種族、人間族オス属性でぇ~す♪
……はいそうです、俺は人間です。
どこぞのパチモン兵器なワケでもロボットでもなく、ましてや妖怪的な人間でもなく、純粋にみんなと同じ身体に赤い電流が流れてるヒューマンでぇ~す♪
そんな人間の俺がどうして世界屈指の大富豪、モンタギュー家の御令嬢の前でロボットのフリをしながら彼女の恋人(仮)になったのかと言えば……コレにはジュリエット様の谷間よりも深いワケがあるのだ。
そう、アレは昨日のことだ。
俺は無残にも焼け焦げた高級そうなソファをぼんやりと見つめながら、事ここに至るまでの出来事を思い返していた。
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